君の知らない名前
今年も暑いな。
そうぼんやり去年の今頃を思いながら鬼道は道の脇に立つ木に出来た影に日差しから逃げるように入った。あの頃は、というよりここ数年はずっと一人だった、この日ここに来るときは。
例年父が一緒に行こうかと声をかけてくれたが、大丈夫ですと断っていた。いつかは……と思っていたが、もう自分にとってこれは一人で向かう事が当たり前であり特別何か考える事でもなかった。
「お兄ちゃん!」
待った?と小走りで鬼道と同じ影の中に入ってきたのは妹の春奈、手には小さな花束が2つ。今日の待ち合わせ場所や時間を決める際に鬼道が持ってこようと言ったが春奈が私に任せて!と断ったのだ。嬉しそうに言うものだから首は縦にしか触れず、言葉通り鬼道は妹に全てを任せた。
さっき来たばかりだ、と答えながら春奈の持っていた花束を自分の方へ引き寄せ無事手の中に収める。いいのに、と口に出しそうになったが優しさに甘えようとありがとうの変わりにそっと春奈は微笑んだ。その微笑を見たのか見ていないのか解らなかったが鬼道は目的の場所へと歩き出した。その道筋は例年と同じ変わらない道筋で、変わらない人通り変わらない蝉の泣き声に、じりじりと照らす太陽にじっとりと汗ばむ額、どれも去年と同じだ。違うのは隣に自分と同じ歩で進む妹がいることだ。
今日も暑いね、ちゃんと水分とってる?部活中には聞けない自分だけを気遣う言葉にだらしなく笑ってしまいそうで奥歯にグッと力を込めて、あぁ大丈夫だ、なんて少し素っ気無いかもしれない返事を返しながらなるべく影のある道を歩く。帝国学園から雷門中に転校し、確かに二人で一緒にいる時間は各段に増えた。しかしそれは部活中だけのことであり、部活以外の時にそうそう会う事は無かった。鬼道には鬼道としての時間があり、音無には音無としての時間があり、今までそうやってきた時間の方が長かったから自分が雷門に転校したからといってその時間が変わることは無かったしお互い変えようとも変えたいとも思っていなかった。きっと今まで離れすぎていた分、部活で顔をあわせる位が調度いいと思っていたかもしれない。いや、そう考えるようにしようと思っただけでお互いの時間を狂わせるのが怖かったのかもしれない。もしくはそう深く考える間も無いほどに、部活に打ち込みサッカーに追い追われる日々だったからか。二人っきりでしかもサッカーを抜きにして会うのは本当に久しぶりのことだった。
「こうやって二人でお墓参りなんて何年ぶりかな?」
うーんと、手をアゴにやりながら考えるようなそぶりをした春奈に、そうだなと呟やいたが、鬼道はすぐにその時の記憶を思い出せた。二人が鬼道、音無と別々に引き取られる数日前に嫌がる春奈を鬼道が宥め引きずるような形で墓石の前に立ったのが最後だった。あの時はまだ春奈も小さく墓の意味も理解できず両親の死も素直に受け止められていなかったし、ここに来てしまったら最後兄との別れを受け入れられずにはいられないと思っていたのだろう。そうぼんやりとした幼少の頃の記憶を奥底から掘り出すように思い出していると、言い出した本人は思い出す事を諦めたのか自己解決しており、でも久しぶりに二人で行くからきっと驚くだろうね!と嬉しそうな笑顔で言うものだからこれから俺たちは本当に墓参りに行くのかと少し笑えたが確かに手に持っていた小菊の白さともう眼に見える墓園を確認し、いつかまた二人で父と母に会いに行きたいと思っていた願いを今叶えられるなと暑く照らす太陽を疎むように空を見上げた。
久しぶりに来たその場所は思ったより綺麗にされており飾ってある花も枯れてはいるがそうそう前のものではなかった。鬼道はサッカー部としてまた鬼道財閥の息子として雷門でもそれなりに忙しい日々を送っていたし、毎年ここには二人の命日と今日のような盆休みの日、2回しか来ていない。墓参りにくるような親しい親戚もいないし不思議に思っていると、春奈が生えかけてきた雑草を抜きながら実はねと少し照れくさそうに口を開く。
「ちょっと前に来たの。前までは命日とお盆位しか来なかったんだけどね、お兄ちゃんが雷門に来てくれて前みたいな兄妹に戻れて……それを一番喜んでくれるのってお父さんとお母さんだと思うから」
だから報告に来たの、照れ笑いをしながら軽く墓石の周りの掃除を済ませるとてきぱきと鬼道の持っていた花を供えていた。綺麗になった墓石を見つめ、よしっと満足そうにつぶやくと肩にかけていた小降りのバックからライターやろうそく、線香等が入った箱を取り出す。それを鬼道がさっと受け取り春奈が口を出す暇もなく火をつけ出す。兄の自分のことを思っての行動と解りながらもその手際よさに呆気にとられていると、しゃがんで誰の前でも頑なに外さないゴーグルをあっさりと外しだした兄の久しぶりの眼をみて慌てて自分も隣にしゃがみ、手を合わせ、眼を瞑る。
じゃり、と砂と石が擦りあう音がして鬼道が立ち上がったのが解る。春奈も眼をあけて立ち上がるが二人とも視線は墓石のままだった。
あら、ご苦労様ねぇ。とおばあさんが墓参りを終えたのだろう枯れた花を手にし、にこにこしながら二人の横を通り過ぎていく。盆のこの時期に墓参りに行くのがこの国の恒例行事だ、墓園とあらばすれ違う人も多い。特に年配の方の眼には、小さな子供が二人だけでお墓参りなんて偉いわねぇとそう映るので声もかけられやすいのかもしれない。二人はお疲れ様です、と軽く頭を下げる。春奈は軽く下げた頭をあげながら去年はちょこちょこ人が通っていったのに今年はあのお婆さんが一人目だと春奈は思い出した。去年なんて人の通りもっとあったのに珍しいなぁと不思議にも思ったが久しぶりにお兄ちゃんと二人だから邪魔しないようにしてくれたのね、と勝手な答えを導き出し嬉しくなって隣をみるともうトレードマークであるゴーグルはしっかりとつけられており、印象的なあの赤い眼はまた見れなくなっていた。もう少し見たかったなと残念に思いながら、でもまたきっと見れるだろうと勝手な期待を抱きながら墓石の前の火を消した。
「それじゃ行こっか」
そう声をかけたが鬼道はもう少しここにいるからと春奈一人で帰るように促した。春奈はてっきり帰り道も二人で並んで歩くものだと楽しみに思っていたので、返事に少し間が空いたが解ったとうなづいた。物分りの良い妹に少し苦笑しながら送ってやれなくて悪いな、と肩にぽんと手を置く。
「もう!そんな心配しなくていいから!じゃまた部活でね」
部活ではあまり見せない、はにかむような笑顔で春奈はきた道を戻っていた。その背中を小さくなるまで見つめてまた墓石をまっすぐ見つめる。今までここに立つときは穏やかな気持ちだったことはない。いつも言いもしれない使命感と焦燥感に包まれていた。それでも毎年命日と盆にここにきたのは苗字も住む家も違う妹との共通点だったからだ。すこし遅れてここに来て新しい花が供えられているのを確認し、新しい生活に慣れても両親の事を忘れずにいてくれるなら俺の事も忘れないでいてくれているだろうと淡い希望を抱き、必ず妹を引き取り妹の傍に立ちいつかは二人で両親の前に立とうと決めていた。
そうぼんやり去年の今頃を思いながら鬼道は道の脇に立つ木に出来た影に日差しから逃げるように入った。あの頃は、というよりここ数年はずっと一人だった、この日ここに来るときは。
例年父が一緒に行こうかと声をかけてくれたが、大丈夫ですと断っていた。いつかは……と思っていたが、もう自分にとってこれは一人で向かう事が当たり前であり特別何か考える事でもなかった。
「お兄ちゃん!」
待った?と小走りで鬼道と同じ影の中に入ってきたのは妹の春奈、手には小さな花束が2つ。今日の待ち合わせ場所や時間を決める際に鬼道が持ってこようと言ったが春奈が私に任せて!と断ったのだ。嬉しそうに言うものだから首は縦にしか触れず、言葉通り鬼道は妹に全てを任せた。
さっき来たばかりだ、と答えながら春奈の持っていた花束を自分の方へ引き寄せ無事手の中に収める。いいのに、と口に出しそうになったが優しさに甘えようとありがとうの変わりにそっと春奈は微笑んだ。その微笑を見たのか見ていないのか解らなかったが鬼道は目的の場所へと歩き出した。その道筋は例年と同じ変わらない道筋で、変わらない人通り変わらない蝉の泣き声に、じりじりと照らす太陽にじっとりと汗ばむ額、どれも去年と同じだ。違うのは隣に自分と同じ歩で進む妹がいることだ。
今日も暑いね、ちゃんと水分とってる?部活中には聞けない自分だけを気遣う言葉にだらしなく笑ってしまいそうで奥歯にグッと力を込めて、あぁ大丈夫だ、なんて少し素っ気無いかもしれない返事を返しながらなるべく影のある道を歩く。帝国学園から雷門中に転校し、確かに二人で一緒にいる時間は各段に増えた。しかしそれは部活中だけのことであり、部活以外の時にそうそう会う事は無かった。鬼道には鬼道としての時間があり、音無には音無としての時間があり、今までそうやってきた時間の方が長かったから自分が雷門に転校したからといってその時間が変わることは無かったしお互い変えようとも変えたいとも思っていなかった。きっと今まで離れすぎていた分、部活で顔をあわせる位が調度いいと思っていたかもしれない。いや、そう考えるようにしようと思っただけでお互いの時間を狂わせるのが怖かったのかもしれない。もしくはそう深く考える間も無いほどに、部活に打ち込みサッカーに追い追われる日々だったからか。二人っきりでしかもサッカーを抜きにして会うのは本当に久しぶりのことだった。
「こうやって二人でお墓参りなんて何年ぶりかな?」
うーんと、手をアゴにやりながら考えるようなそぶりをした春奈に、そうだなと呟やいたが、鬼道はすぐにその時の記憶を思い出せた。二人が鬼道、音無と別々に引き取られる数日前に嫌がる春奈を鬼道が宥め引きずるような形で墓石の前に立ったのが最後だった。あの時はまだ春奈も小さく墓の意味も理解できず両親の死も素直に受け止められていなかったし、ここに来てしまったら最後兄との別れを受け入れられずにはいられないと思っていたのだろう。そうぼんやりとした幼少の頃の記憶を奥底から掘り出すように思い出していると、言い出した本人は思い出す事を諦めたのか自己解決しており、でも久しぶりに二人で行くからきっと驚くだろうね!と嬉しそうな笑顔で言うものだからこれから俺たちは本当に墓参りに行くのかと少し笑えたが確かに手に持っていた小菊の白さともう眼に見える墓園を確認し、いつかまた二人で父と母に会いに行きたいと思っていた願いを今叶えられるなと暑く照らす太陽を疎むように空を見上げた。
久しぶりに来たその場所は思ったより綺麗にされており飾ってある花も枯れてはいるがそうそう前のものではなかった。鬼道はサッカー部としてまた鬼道財閥の息子として雷門でもそれなりに忙しい日々を送っていたし、毎年ここには二人の命日と今日のような盆休みの日、2回しか来ていない。墓参りにくるような親しい親戚もいないし不思議に思っていると、春奈が生えかけてきた雑草を抜きながら実はねと少し照れくさそうに口を開く。
「ちょっと前に来たの。前までは命日とお盆位しか来なかったんだけどね、お兄ちゃんが雷門に来てくれて前みたいな兄妹に戻れて……それを一番喜んでくれるのってお父さんとお母さんだと思うから」
だから報告に来たの、照れ笑いをしながら軽く墓石の周りの掃除を済ませるとてきぱきと鬼道の持っていた花を供えていた。綺麗になった墓石を見つめ、よしっと満足そうにつぶやくと肩にかけていた小降りのバックからライターやろうそく、線香等が入った箱を取り出す。それを鬼道がさっと受け取り春奈が口を出す暇もなく火をつけ出す。兄の自分のことを思っての行動と解りながらもその手際よさに呆気にとられていると、しゃがんで誰の前でも頑なに外さないゴーグルをあっさりと外しだした兄の久しぶりの眼をみて慌てて自分も隣にしゃがみ、手を合わせ、眼を瞑る。
じゃり、と砂と石が擦りあう音がして鬼道が立ち上がったのが解る。春奈も眼をあけて立ち上がるが二人とも視線は墓石のままだった。
あら、ご苦労様ねぇ。とおばあさんが墓参りを終えたのだろう枯れた花を手にし、にこにこしながら二人の横を通り過ぎていく。盆のこの時期に墓参りに行くのがこの国の恒例行事だ、墓園とあらばすれ違う人も多い。特に年配の方の眼には、小さな子供が二人だけでお墓参りなんて偉いわねぇとそう映るので声もかけられやすいのかもしれない。二人はお疲れ様です、と軽く頭を下げる。春奈は軽く下げた頭をあげながら去年はちょこちょこ人が通っていったのに今年はあのお婆さんが一人目だと春奈は思い出した。去年なんて人の通りもっとあったのに珍しいなぁと不思議にも思ったが久しぶりにお兄ちゃんと二人だから邪魔しないようにしてくれたのね、と勝手な答えを導き出し嬉しくなって隣をみるともうトレードマークであるゴーグルはしっかりとつけられており、印象的なあの赤い眼はまた見れなくなっていた。もう少し見たかったなと残念に思いながら、でもまたきっと見れるだろうと勝手な期待を抱きながら墓石の前の火を消した。
「それじゃ行こっか」
そう声をかけたが鬼道はもう少しここにいるからと春奈一人で帰るように促した。春奈はてっきり帰り道も二人で並んで歩くものだと楽しみに思っていたので、返事に少し間が空いたが解ったとうなづいた。物分りの良い妹に少し苦笑しながら送ってやれなくて悪いな、と肩にぽんと手を置く。
「もう!そんな心配しなくていいから!じゃまた部活でね」
部活ではあまり見せない、はにかむような笑顔で春奈はきた道を戻っていた。その背中を小さくなるまで見つめてまた墓石をまっすぐ見つめる。今までここに立つときは穏やかな気持ちだったことはない。いつも言いもしれない使命感と焦燥感に包まれていた。それでも毎年命日と盆にここにきたのは苗字も住む家も違う妹との共通点だったからだ。すこし遅れてここに来て新しい花が供えられているのを確認し、新しい生活に慣れても両親の事を忘れずにいてくれるなら俺の事も忘れないでいてくれているだろうと淡い希望を抱き、必ず妹を引き取り妹の傍に立ちいつかは二人で両親の前に立とうと決めていた。