君の知らない名前
それが今あっさりと叶ったのだ。いや正しくは妹を引き取ったわけではないから全てが思い通り叶ったわけではない。だが二人で手探りながら今一番いいお互いの距離を導き出し、二人はそれに十分満足している。わけのわからない焦燥感もなく満ち足りた気持ちで再び両親の前に二人で来ることができた。こんな穏やかな気持ちで墓石の前で手を合わせたのはきっと初めてだろうと鬼道はそっと笑った。雷門に転校してから初めてここに立った。そういえば両親に報告していないことばっかりだったなぁとまたしゃがみこむ。
結局帝国学園で三連覇はできなかったこと、そして春奈をひきとれなかったこと、それでも春奈はいいんだと許してくれたこと、雷門に転校したこと、サッカーを誰の為でもない自分のサッカーをしていること、それが心底楽しい事、全てを預けられる仲間がいること。
思えばここ最近の自分はめまぐるしく変わってばかりだ、それもこれもあのサッカーバカのせいだな、と円堂を思い出して自然に笑みがこぼれる。
父の残していった一冊の本、それにしがみ付く様に始めたサッカーだったが今は本当にサッカーに出会えてよかったと思っている。サッカーをしていたからこそ円堂とも出会えた。鬼道が円堂に対して普通ではない気持ちを抱いている事は鬼道自身痛いほど解っている。勿論気持ちを伝えようとは思っていない、今は不器用な円堂の傍で自分のできる限りの最大限の事をするつもりでいる。円堂が例えばマネージャーの誰かと付き合うことになったとしても笑って祝福できる、そう自負している。円堂の幸せを邪魔するようなことは更々ないのだから。普通というカテゴリーには収まらない気持ちを抱いている事を両親に申し訳ないと思いつつも、この気持ちを恋や何だと確定し名付けるにはまだ早い事と、例えそう名付けたとしても絶対に実らないから、今だけ今この一瞬だけ許して欲しいと、今はもういない冷たい石の中で眠る両親に願いつつ、また近いうちに落ち着いたら近況報告に来ようと立ち上がった、その時だった。
「あれ?もしかして本当に鬼道?」
え、と驚いて振り向くと正しく先ほどまで思い描いた円堂本人だった。鳩が豆鉄砲をくらうとはこういうことか、と思いもしない場所で出くわした事に驚いた。まるで緑川が言いそうな台詞だなと、となぜか第三者のように冷静に分析なんかもしてしまった。円堂の姿はいつものジャージ姿にいつものようにサッカーボールを抱えて、墓園とは似つかわしくない格好だった。
いつものあの笑顔で傍によってくるものだがら、こちらも自然と笑顔になりこっちこそ驚いた、と嬉しくなりすぎる気持ちをぐっとこらえるように握った手に力をこめた。
「そっか、鬼道も墓参りきてたんだな。でもこんなとこでバッタリ会うとは思わなかったけどなー!」
ここの墓園は稲妻町で一番大きい。だから同じ墓園でも驚く事はないが、何しろ敷地面積が広い分いくつもブロック分けしてあり、道筋もいくつもある。鬼道自身今まで知り合いと出会うことはなかった。
未だに驚きを隠せない鬼道を尻目に円堂はいつもの調子だ。
「俺も祖父ちゃんの墓参りでさ。祖父ちゃんの墓、この道あがってちょっと行ったとこにあるんだ。」
なるほど大介さんの墓か、と納得したが円堂の父と母が見当たらず一人なのか、とたずねた。
「あぁ、来る時は一緒だったんだけどさー。ほらここ最近色々あっただろ?あの7人しかいなかったサッカー部が11人集まってさ、無敗の帝国に練習試合挑まれて、祖父ちゃんのゴットハンドが使えるようになって、サッカーフロンティアに出場できるようなって、祖父ちゃんが監督してたあの伝説のイナズマイレブンと練習試合したりとか!とにかく一杯祖父ちゃんに話したい事があったから、父ちゃんと母ちゃんには先帰っててもらったんだ」
すこし興奮気味で嬉しそうに話す円堂に、鬼道も嬉しくなった。まるで自分と一緒じゃないかと。めまぐるしく周りが変わったのは円堂も一緒だったのだ。確かに最初こそ一緒じゃないが最後に言った伝説のイナズマイレブンとの練習試合の中に自分も含まれている。それだけで何か無性に嬉しかった。
そうか、と呟いて俺もここ最近色々あったから近況報告をし終わったところだ、と円堂を見つめていた目線をまた墓石に戻す。
「一緒だな」
そうニカッと笑う円堂も鬼道の目線を追い、向かい合うように立っていた場所からスッと自分の横にきた。さっきまでいた春奈と同じ場所だ。まだ線香の火はついており白い煙が小さくユラユラとゆれているのを見つめる。
何を思ったか円堂がスッとしゃがみこんだ。そして眼を瞑り手を合わせる。行き成りの予想もしないことにさっき円堂に声をかけたれた時よりも驚いた。
円堂は鬼道が心底驚いた事を気づいているのか気づいていないのか、開いた眼はまだまっすぐ墓石を捉えていた。
「これが、鬼道の本当の苗字なんだな」
本当の苗字、確かに本当の苗字かもしれないがこの苗字で呼ばれていた頃よりも鬼道で呼ばれている今のほうが随分長い。鬼道、と呼ばれる方がきっと素直に反応できるだろう。
「でも鬼道って苗字も嘘じゃない本当の苗字だよな!」
さっきの真剣な顔とは違った何か頼もしい顔を見せながら見上げてくる円堂にまた胸をぐっと何かでつかまれた気がした。
「よっし!っじゃ河川敷に行こうぜ!」
そう声を張り上げながら飛び上がるようにして立ち上がって、ぐっと鬼道の左手首をつかみ走り出した。
一日に何度驚かされればいいんだ、何で俺の答えを聞かず無理やり引っ張っていくんだと、突っ込みたい点は多々あったが半ば呆れた。やっぱり円堂に関わるとめまぐるしく一日がかけていくなと思いながらそれが嫌なじゃない、むしろ嬉しく感じてしまう自分に失笑しながらこのままやられっぱなしでは癪だなと、つかまれた左手首をすこしもったいないなと思いつつ払いのけ、いくぞと小さく呟き全速力で走り出した。
「ちょ!おい待てって!!」
後ろで聞こえる円堂の声に、ああ何て円堂らしいんだろうと見えないよう鬼道は大きく笑った。