【APH/海賊パラレル】海賊王と東洋の秘宝・1【セカ菊・朝菊
海の上で桂冠葉が描かれた旗を見たならば、即ち「死」を意味していた。
海賊旗としては珍しいデザインであるそれは、西の海賊王―キャプテン・カークランドが率いる海賊船のシンボルであるからだ。ただし、一部で「Tea Leaves Flag―茶っ葉旗」と揶揄されている事実もあるが、これはまた別の余談である。
「…アントーニョめ……」
その「茶っ葉旗船」の船長は、船内の自室に据え置かれたデスクの前で、低く唸っていた。卓上に飾られた地球儀の脇に、湯気をくゆらせる紅茶が注がれたティーカップとソーサーのセットが置かれている。
「畜生」
と毒づく唇が、おもむろに持ち上げたティーカップに付けられる。琥珀色の液体を静かに飲み下すと、また入れ違いに舌打ちを漏らした。
「あのヤリ●ンが」
口に出す言葉は至極下品だが、船長が着ているシャツは上等なシルクで、ベルト、ピアスなど身に着けている全ての装飾品が上質なものであり、尚且つ貴族がそうするように不自然なく着こなしていた。
「ラテン野郎!とっとと性病で死ね!」
口に出す言葉は鼻を垂らした悪童と同レベルだが、男は自国の法律で定めるところの「成人」である。成長しきる前のしなやかな筋肉のラインが若々しい肢体と長身、金髪と紺碧の瞳は、まるで青天の下で揺れる稲穂の海―一枚の風景画を彷彿とさせる色調のコントラストが美しい。
「―いや、そんな馬鹿な理由で死んでもらっても困るか…俺が殺るんだからな」
思考が餓鬼大将と大差が無いが、見目だけは麗しい男だった。だがこの性格のおかげで、せっかく近寄ってきた女に全て逃げられてきた―というのもまた別の余談である。
「荒れてるねぇアーサー。今日の海はすこぶる穏やかだというのにさ」
そこへ、両手にトレイを持った男がやってきた。この船の料理長兼洗濯係をしているフランシス。この世界でキャプテン・カークランドを「アーサー」と呼ぶことができる数少ない人間の一人だ。肩ほどまでに伸ばした絹糸のような金髪を青いリボンで後ろに留めているが、顎に薄く延ばした髭の存在と長身が、女々しい印象を取り除く事に貢献していた。
「でも逆に考えるんだぞ、アーサー?」
続いて男がもう一人、大判の地図を手にやってきた。この男もまた、前述の男と同じ。名前はアルフレッド。キャプテン・カークランドに軽口を叩ける数少ない人間の一人だ。顔の中央で自己主張する銀縁の眼鏡が一見、真面目そうな印象を与える。だが明け透けな性格と快活な口調、眩しい金髪と朝の湖面のように明るい水色の瞳が、彼は堅物ではないことを明確に表していた。
「逆に探しやすくなったじゃないか!」
「お前は単純でいいな」
「ポジティブって言ってくれ!」
アルフレッドのあっけらかんとした返しに、
「俺がネガティブって言いてぇのか」
とキャプテンが反発すれば、
「おや。分かってるじゃないの」
フランシスがニヒルな笑みを浮かべる。
「……うるせぇ」
そんな二人の言葉に応えるキャプテン―アーサーも、悪い気がしないようで、相変わらず口汚いが反して口元は綻んでいた。三人は幼馴染なのである。
「アントーニョは東に向かっているみたいだぞ」
シングルベッドほどの大きさがあるデスクいっぱいに、アルフレッドが海図を広げた。フランシスが手際よくティーカップを退けて、今持ってきた茶菓子とともにサイドテーブルに避難させる。
「東に?」
アーサーは首をかしげた。
「だって奴は「アレ」を手に入れたんだろ?何で東に向かう必要がある」
「さあ、分からないな。もっと他にも宝があるって事かもしれないぞ」
「―ふむ」
アルフレッドが指差す海域を見つめ、アーサーはしばし口を噤む。無意識に人差し指で軽く唇を叩く。深く考え事をする時の癖だ。指の動きが止まると同時に「よし」と呟き、アーサーは航海士をしているアルフレッドを見上げた。
「お前の言う通り、単純な話だな。アントーニョの船を追え」
「アイ・サー♪」
笑顔と共に二本指で敬礼。アルフレッドは地図を丸めて部屋を出て行った。
「『東洋の秘宝』かぁ。どんなに美しい宝石だろうね」
サイドテーブルからティーカップと茶菓子をテーブルに戻しながら、フランシスが微笑む。少々ナルシストの気がある彼は、美しいもの、綺麗なものが好きだ。
「そいつの価値は美しさじゃない。「力」だ」
引き出しの中からアーサーは一冊の書物を取り出す。世界中の稀品を記した目録で、実質上、海賊達のお宝争奪戦の目録と化している。この書物自体が稀覯書であり、アーサーが他の海賊から奪い取った戦利品の一つだ。
その中に記されている宝の中でも更にレア物にランク付けされている品の中に「東洋の秘宝」と呼ばれるものがある。森羅万象を支配する即ち神に近い力を得ることができるという宝。海賊だけではない、冒険者や商人ら、果ては一国の王、世界を手中にしようと願う者どもが狙っている。それを「南の海賊王」と謳われるキャプテン・アントーニョ・カリエドが手に入れたという情報が入ったのだ。
「あんなチ●カス野郎には勿体ねぇ」
再びアーサーの口がアントーニョへの罵詈を呟いた。西の海賊王・アーサーにとって、南の海賊王・アントーニョは宿敵。宝探しや戦果の数を競い合ってきた。直接対決の数も少なくない。それに加え、アーサーにとって「東洋の秘宝」を必要とする理由がもう一つあった。
「アレがあれば…ブリテンを強く、大きくできるんだ」
「………」
波に打たれた船体の軋音に紛れたアーサーの言葉を、フランシスは部屋の掃除をしながら神妙な色で聞いていた。
ブリテンは、中央大陸から西に外れた最西端に浮かぶ島国。公言はしていないが、キャプテン・アーサー・カークランドはこの国の第一王子であり、王座の第一継承者である。
何故一国の王子が海賊の真似事をしているのか。理由はブリテンが海軍・海運国である事に他ならない。周辺国と海で隔てられているこの国にとって、海事は国の生命線であり、強い海軍は必携の武器・防具である。故にこの「海賊あそび」は実施訓練の一環として黙認され、代々の王位継承者は誰もが一度は経験しているのだ。アーサーの父、現国王も若い頃は随分な「やんちゃ者」であったらしく、跡継ぎのアーサーはそれに輪をかけた暴れん坊で「西の海賊王」の冠もアーサーが自身で勝ち取ったものだった。
一部から「危険だ」との批判もあるが、それで命を落とすなら所詮はそこまでの器なのだ―それがブリテン王家の男児たる者の覚悟。アーサーにとって「海賊あそび」は遊びではない。
世界情勢は今、世界総面積の半分以上を占める中央大陸に鎮座する大国たちが、国を盗りあう総当たり戦時代。日進月歩で地図が書き換わっていると言っても過言ではなく、武力・国力の無い小国は次々と強国に飲み込まれていた。
ことに東側の所謂「東洋」の国々は西の大国にとって植民対象でしかなく、不平等、理不尽な条約という名の侵略を次々と課せられ圧制されている。
「奴らの興味が東に向いてるうちがチャンスだ」
海賊旗としては珍しいデザインであるそれは、西の海賊王―キャプテン・カークランドが率いる海賊船のシンボルであるからだ。ただし、一部で「Tea Leaves Flag―茶っ葉旗」と揶揄されている事実もあるが、これはまた別の余談である。
「…アントーニョめ……」
その「茶っ葉旗船」の船長は、船内の自室に据え置かれたデスクの前で、低く唸っていた。卓上に飾られた地球儀の脇に、湯気をくゆらせる紅茶が注がれたティーカップとソーサーのセットが置かれている。
「畜生」
と毒づく唇が、おもむろに持ち上げたティーカップに付けられる。琥珀色の液体を静かに飲み下すと、また入れ違いに舌打ちを漏らした。
「あのヤリ●ンが」
口に出す言葉は至極下品だが、船長が着ているシャツは上等なシルクで、ベルト、ピアスなど身に着けている全ての装飾品が上質なものであり、尚且つ貴族がそうするように不自然なく着こなしていた。
「ラテン野郎!とっとと性病で死ね!」
口に出す言葉は鼻を垂らした悪童と同レベルだが、男は自国の法律で定めるところの「成人」である。成長しきる前のしなやかな筋肉のラインが若々しい肢体と長身、金髪と紺碧の瞳は、まるで青天の下で揺れる稲穂の海―一枚の風景画を彷彿とさせる色調のコントラストが美しい。
「―いや、そんな馬鹿な理由で死んでもらっても困るか…俺が殺るんだからな」
思考が餓鬼大将と大差が無いが、見目だけは麗しい男だった。だがこの性格のおかげで、せっかく近寄ってきた女に全て逃げられてきた―というのもまた別の余談である。
「荒れてるねぇアーサー。今日の海はすこぶる穏やかだというのにさ」
そこへ、両手にトレイを持った男がやってきた。この船の料理長兼洗濯係をしているフランシス。この世界でキャプテン・カークランドを「アーサー」と呼ぶことができる数少ない人間の一人だ。肩ほどまでに伸ばした絹糸のような金髪を青いリボンで後ろに留めているが、顎に薄く延ばした髭の存在と長身が、女々しい印象を取り除く事に貢献していた。
「でも逆に考えるんだぞ、アーサー?」
続いて男がもう一人、大判の地図を手にやってきた。この男もまた、前述の男と同じ。名前はアルフレッド。キャプテン・カークランドに軽口を叩ける数少ない人間の一人だ。顔の中央で自己主張する銀縁の眼鏡が一見、真面目そうな印象を与える。だが明け透けな性格と快活な口調、眩しい金髪と朝の湖面のように明るい水色の瞳が、彼は堅物ではないことを明確に表していた。
「逆に探しやすくなったじゃないか!」
「お前は単純でいいな」
「ポジティブって言ってくれ!」
アルフレッドのあっけらかんとした返しに、
「俺がネガティブって言いてぇのか」
とキャプテンが反発すれば、
「おや。分かってるじゃないの」
フランシスがニヒルな笑みを浮かべる。
「……うるせぇ」
そんな二人の言葉に応えるキャプテン―アーサーも、悪い気がしないようで、相変わらず口汚いが反して口元は綻んでいた。三人は幼馴染なのである。
「アントーニョは東に向かっているみたいだぞ」
シングルベッドほどの大きさがあるデスクいっぱいに、アルフレッドが海図を広げた。フランシスが手際よくティーカップを退けて、今持ってきた茶菓子とともにサイドテーブルに避難させる。
「東に?」
アーサーは首をかしげた。
「だって奴は「アレ」を手に入れたんだろ?何で東に向かう必要がある」
「さあ、分からないな。もっと他にも宝があるって事かもしれないぞ」
「―ふむ」
アルフレッドが指差す海域を見つめ、アーサーはしばし口を噤む。無意識に人差し指で軽く唇を叩く。深く考え事をする時の癖だ。指の動きが止まると同時に「よし」と呟き、アーサーは航海士をしているアルフレッドを見上げた。
「お前の言う通り、単純な話だな。アントーニョの船を追え」
「アイ・サー♪」
笑顔と共に二本指で敬礼。アルフレッドは地図を丸めて部屋を出て行った。
「『東洋の秘宝』かぁ。どんなに美しい宝石だろうね」
サイドテーブルからティーカップと茶菓子をテーブルに戻しながら、フランシスが微笑む。少々ナルシストの気がある彼は、美しいもの、綺麗なものが好きだ。
「そいつの価値は美しさじゃない。「力」だ」
引き出しの中からアーサーは一冊の書物を取り出す。世界中の稀品を記した目録で、実質上、海賊達のお宝争奪戦の目録と化している。この書物自体が稀覯書であり、アーサーが他の海賊から奪い取った戦利品の一つだ。
その中に記されている宝の中でも更にレア物にランク付けされている品の中に「東洋の秘宝」と呼ばれるものがある。森羅万象を支配する即ち神に近い力を得ることができるという宝。海賊だけではない、冒険者や商人ら、果ては一国の王、世界を手中にしようと願う者どもが狙っている。それを「南の海賊王」と謳われるキャプテン・アントーニョ・カリエドが手に入れたという情報が入ったのだ。
「あんなチ●カス野郎には勿体ねぇ」
再びアーサーの口がアントーニョへの罵詈を呟いた。西の海賊王・アーサーにとって、南の海賊王・アントーニョは宿敵。宝探しや戦果の数を競い合ってきた。直接対決の数も少なくない。それに加え、アーサーにとって「東洋の秘宝」を必要とする理由がもう一つあった。
「アレがあれば…ブリテンを強く、大きくできるんだ」
「………」
波に打たれた船体の軋音に紛れたアーサーの言葉を、フランシスは部屋の掃除をしながら神妙な色で聞いていた。
ブリテンは、中央大陸から西に外れた最西端に浮かぶ島国。公言はしていないが、キャプテン・アーサー・カークランドはこの国の第一王子であり、王座の第一継承者である。
何故一国の王子が海賊の真似事をしているのか。理由はブリテンが海軍・海運国である事に他ならない。周辺国と海で隔てられているこの国にとって、海事は国の生命線であり、強い海軍は必携の武器・防具である。故にこの「海賊あそび」は実施訓練の一環として黙認され、代々の王位継承者は誰もが一度は経験しているのだ。アーサーの父、現国王も若い頃は随分な「やんちゃ者」であったらしく、跡継ぎのアーサーはそれに輪をかけた暴れん坊で「西の海賊王」の冠もアーサーが自身で勝ち取ったものだった。
一部から「危険だ」との批判もあるが、それで命を落とすなら所詮はそこまでの器なのだ―それがブリテン王家の男児たる者の覚悟。アーサーにとって「海賊あそび」は遊びではない。
世界情勢は今、世界総面積の半分以上を占める中央大陸に鎮座する大国たちが、国を盗りあう総当たり戦時代。日進月歩で地図が書き換わっていると言っても過言ではなく、武力・国力の無い小国は次々と強国に飲み込まれていた。
ことに東側の所謂「東洋」の国々は西の大国にとって植民対象でしかなく、不平等、理不尽な条約という名の侵略を次々と課せられ圧制されている。
「奴らの興味が東に向いてるうちがチャンスだ」
作品名:【APH/海賊パラレル】海賊王と東洋の秘宝・1【セカ菊・朝菊 作家名:北野ふゆ子