【APH/海賊パラレル】海賊王と東洋の秘宝・1【セカ菊・朝菊
西端で強固な防衛線を張り続けているブリテンが傍観者でいられるのも時間の問題で、東をむさぼり尽くした強国の舌がこちらを向けば、強力な海軍を有するとは言えブリテンもいつまで永らえるか分からないのだ。
海賊行為は全て、ブリテンのため。
だからキャプテン・アーサー・カークランド海賊団は強い。
幼馴染のフランシスとアルフレッドには、それが痛いほど理解できた。
「キャプテン・カリエドの船だ!」
甲板からの声に、全員が瞠目し、刮目した。船長室からアーサーが飛び出すと、遥か頭上の見張り台から「南東方向です!」と声。言われるままに手すりから身を乗り出し、近くにいた船員から双眼鏡を引っ手繰ってレンズを覗く。潮煙の中、陽炎のように揺れる船影が、まるで小島のように霞んで見えた。何千何万と船を見てきたアーサーの目は、それが宿敵の持ち物だと瞬時に判別する。
「よし…っ!」
武者震いする口許をかみ締め、アーサーは足元に叫んだ。
「一発挨拶してやれ!」
「アイ、サー!」
大砲部屋から威勢の良い声が返る。ニス塗りの板を伝って慌しく船員が動き回る足音が震動する。「一発挨拶」これが戦闘準備の号令。アーサーは奇襲をしない。必ず安全な距離から空砲を打ってこちらの存在を相手に知らせ、正面からの勝負を挑む。これは宣戦布告でもあるのだ。
「紳士的だろ」
と彼は言うが、相手を逃がすことは決して無いのでフランシスいわく「どっちらけ」だ。
「梯子!!」
無理やり船を横付けさせて、梯子をかける。揚々と船旗を掲げたマストの傍に立ち部下達へ号令を送る。
「カークランドだ!」
旗とアーサーの姿を見止めた敵船の乗組員達が、声を上げた。
「ティーカップ野郎だ!」
「ティー・リーブス(茶っ葉)だ!!―っは…!」
相手のミスに思わず突っ込んでしまった直後、アーサーは海よりも深く後悔する。
「…気にしてたんだ」
「完全な墓穴だぞ…」
近くでフランシスとアーサーが顔を見合わせて苦笑していたとかしなかったとか。
「うるせぇ!茶の何が悪い!!」
「うげっ!逆ギレしやがった!!」
完全に脳天を噴火させた状態のアーサーが前線の先頭に躍り出る。片手に剣、片手に拳銃を持ち、敵船の持ち主である宿敵の姿を探す。
「アントーニョ!出て来い!」
「アーサー!」
「!?」
呼ばれて振り向けば、船橋に立つ褐色の頭髪を持つ男の姿。まさに探していた宿敵、キャプテン・アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。燃え盛る太陽の船旗に似つかわしい、情熱の男だ。首と腰に、金で縁を飾ったワイン色のビロードのスカーフを巻きつけており、アーサーとは異なる華やさだ。
「出たなアントーニョ!」
一方のアーサーは黒地に金糸で桂冠葉を幾重にも刺繍した帽子をかぶり、紅地に同じく金糸の刺繍が施されレースがあしらわれたコートを纏っている。これがキャプテン・カークランドの舞台衣装という名の戦闘服なのだ。
「『東洋の秘宝』とやら、もらいに来たぜ!」
刃が湾曲した刀の切っ先をアントーニョに突きつける。これに対し、アントーニョも刀を引き抜き「はいどうぞ、って言うわけないやろ!」と応戦する―はずだった。いつものアントーニョならば。
「……アーサー」
この日は、違った。
「?」
珍しく歯切れの悪い口調の宿敵に、アーサーは思わず目を丸くして動きを止める。思えばアントーニョの船を発見した時から、ずっと逃げ腰だった。
「今回だけは引いてくれんやろうか」
しかも、南の海賊王とは思えない懇願を口にする。
「…何言ってんだお前」
さすがにアーサーも戸惑いを隠せなかった。
「『東洋の秘宝』…か。言うとくがあれは、お前らが思うとるような金銀宝石やない」
「貴様が持ってるんだろ?それが何だろうと俺はお前からそれを勝ち獲るだけだ」
「アーサー、頼む」
アーサーの挑発を気に留めず、アントーニョはただ懇願のみを続けた。
「気安く呼ぶんじゃねぇよ!」
自らに一瞬生まれた躊躇をなぎ払う為に、アーサーは鋭く怒鳴る。
「そんなに渡したくねぇんなら、俺から守ってみろ!!」
握っていた剣を更にアントーニョへ向けて突き出すと、アントーニョは口を閉じた。何かを考えるように目を伏せたのは一瞬の事で、再びその褐色の目がアーサーを向いた時には、燃える太陽のように熱い瞳がそこにあった。
「せやな!てめぇらかかれ!!」
キャプテンの声に呼応して、太陽旗を掲げる船の乗組員達は武器を振り上げる。
「行くぞ!」
応えるようにアーサーも武器を手に自ら敵の真っ只中に躍り出た。
「またあいつ飛び出して!おーい!後ろ後ろ!」
「しょーがないなぁ。背中ががら空きなんだぞ」
戦闘時は後方から声を張り上げるフランシス。そしてアルフレッドは船橋から銃撃で狙撃兵としてアーサーをサポートする。
「アントーニョォ!」
脇目も振らずアーサーが狙うのは、ボスのみ。
「くっ!」
飛びかかるアーサーの剣をアントーニョが刃で受け止め、力ずくで押し返し反撃する。刃先が紅コートの金糸をかすって、ボタンが一つ首のように落ちた。アーサーが持つそれより一回り大きく重い剣を、アントーニョは片手で難なく振り回す。パワー型だが動きは軽やかで戦術も雑ではない。自覚は無いが、アーサーはこの宿敵との対決が嫌いではなかった。
「はっ…!」
剣戟のさ中、アントーニョの目がアーサーの部下達の動きを捉える。戦いの衝突を避けた動きの早い数名が、船長室方面へと向かうのが見えた。
「くそっ!」
アーサーとの対決を放り出すように、アントーニョが突如、踵を返した。
「―え!?」
驚いたのはアーサーで、これまで決して無かった―自分に背中を見せるアントーニョの行動に動揺を隠せない。
「待ちやがれ!」
後を追おうとするも、
「行かせねぇぜ!」
アントーニョの部下が立ちふさがる。
「な……っ」
アーサーは歯軋りする。一対一の勝負を無碍にされた事など、これまであり得なかったのに。驚きと戸惑い、同時に怒りと一縷の寂しさ、様々な感情が同時に湧き上がる。
「どけ!!」
感情に任せてアーサーは武器を振るった。
「アントーニョ!!」
手こずりながらもアルフレッドの援護を受けて敵をなぎ払い、船長室へと消えた宿敵の影を追う。船橋の扉を開けると、廊下に自分の部下達が倒れていた。船長室に向かおうとしたところをアントーニョにやられたようだ。
「キャプテン!」
すぐ後ろから追いすがる部下達を引き連れ、
「どこだアントーニョ!」
アーサーは廊下の奥の扉を蹴破った。
「!」
「!?」
大抵の船の造りが、またアーサーの船もそうであるように、そこははやり船長室だった。この船で最も広く、豪奢な内装の部屋。一面の壁は地図で埋め尽くされ、また一面の壁はアントーニョの趣味だろうか、宝剣や仮面等の装飾品が飾られている。
入り口から対角線上の隅に、大人二人が悠に眠れそうな大きなベッドが置かれていて、その前にアントーニョはいた。そしてその長身の影に隠れるように、もう一人。
「アーサー…」
聞き手の左手で剣を構え、右手は「誰か」を後ろに庇っていた。アントーニョの胸元ほどしか身の丈が無いその人影は、
(…ガキ?)
作品名:【APH/海賊パラレル】海賊王と東洋の秘宝・1【セカ菊・朝菊 作家名:北野ふゆ子