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北野ふゆ子
北野ふゆ子
novelistID. 17748
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【APH/海賊パラレル】海賊王と東洋の秘宝・1【セカ菊・朝菊

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 小さな子供だった。アーサーが戸惑った理由は、その子供の服装と髪の色にある。一見して見慣れない白い装束と、その対比となる艶やかな黒髪が目に入ったのだ。恐らくは、東洋人の子供。西の人間にとって、まだ未知の色が濃い、東の人間―しかも子供。
「……ぅー…」
 唖然が生み出した一瞬の静寂に、小さな声が漏れる。東洋人の子供が、後ろからアントーニョのシャツの裾をしっかりと握って震えていた。
「大丈夫や、大丈夫…」
 アーサーの存在、自分が命の淵に立たされている事など余所に、アントーニョは子供に語りかける。優しく、愛おしそうに。
「何が大丈夫なんだてめぇ!なんだそのガキは!」
 我に返ったアーサーは下げかけていた剣を再び構えなおす。
「……」
 アントーニョの背後から、黒い双眸がアーサーを見た。飲み込まれそうな闇色が、真っ直ぐこちらを向いている。
「!」
 巣穴から出てきたばかりの子熊のような丸い目に、突如「憎悪」が宿った。子熊から一変、子供を守る為に牙をむく母狼のように鋭く険しく釣り上がる。
「ぅわっ!」
 頭上でランプが爆発した。アーサーの背後で部下の誰かが情けない悲鳴を上げる。続いて卓上に置かれたランプ、壁にかかるランプ、全ての「火」が連続して花火のように大小の爆発を起こした。膨張した炎が空気を伝って、鬼火のように踊り狂う。
「―熱っ」
 前髪がヂリッと音をたてて焦げた。
 危険だ。
 この存在は、危険。
「あかんキク!力を使うな!」
 アントーニョが叫ぶ。
「何なんだそのガキ!」
 本能的に危険を察知したアーサーの手が懐へ動いた。ベルトの間に挟んでいた銃を引き抜き、銃口を目の前の宿敵ではなく、その背後の存在へ―
「やめっ、―!」

 銃声

「!」
 アーサーではない誰かが息を呑んだ。
「っち…!」
 続いてアーサーの舌打ち。弾は標的ではなく、標的に覆いかぶさった長身に当たっていた。
「―が、はっ…」
 くぐもった呻き声と共に、アントーニョの体が横に崩れ落ちた。
「……」
 それを、東洋人の子供は呆然と見下ろす。頬が血で汚れ、ガラス球のような目を更に見開かせて。
「…ふん……」
 硝煙を上げる銃身を一振りしてから、アーサーは愛銃を再びベルトの間に押し込んだ。
「ざまぁねぇな。アントーニョ」
 低く呟く。同情や哀れみの感情は無い。自分との対決を放り出した、これは報いなのだ。南の海賊王と謳われた男が、冷たい木の床に突っ伏して動かない様は「呆気無ぇ」の一言しかない。
「ったく」
 アーサーは、改めて目の前に立つ東洋人の子供を見た。もう鬼火は消えていて、爆発を起こしたランプも全て消えていた。
「もしかして「これ」が「東洋の秘宝」とやらの正体か?」
 誰にともなく声にしながら、アーサーは東洋人の子供に近づく。子供は、ただ動かないアントーニョを見つめている。
「ただの東洋人のガキじゃねぇか」
 仕方ねぇな、と溜め息を吐き出し、アーサーは子供の腕を取った。
「奴隷商人にでも売り飛ばすか」
 抵抗する素振りを見せない子供の腕を、自らに引き寄せる。が、
「―あ」
 まるで上質なシルクが滑り落ちるように、掴んでいたはずの子供の袖が、するりとアーサーの手からすり抜けた。
「え?」
 疑問に思い思わず掌を握り感触を確かめるアーサーの足元、倒れるアントーニョの傍に子供が膝をつく。
「…とーにょ…」
 か細い声がその名を呼び、小枝のように細い手の先についた椛のような小さな手が、動かない体に縋った。
「トーニョ、トーニョ…」
 何度か、繰り返す。外の喧騒がやけに遠くに聞こえた。
「トーニョ、トーニョ」
 猟師に撃たれて死んだ母親の側を離れない、子狐のよう。そんな光景を、アーサーをはじめ部下たちも所在なく眺めているだけだった。外から聞こえてくる銃声や怒声がいつの間にか止んでいる事にも、気づかぬまま。
「おーい、アーサー…」
 心配して様子を見に来たフランシスの声がドアを開けて、
「って…アントーニョ…?」
 目に入った光景に驚いて足を止めたらしい気配がした。後ろから続いてやってきたアルフレッドの騒がしい声を「シッ!」と諌めている。
「とー…」
「―キク……」
 ようやく東洋人の子供に、応える声。
「まだ生きてたか」
 呟いたのはアーサー。見れば、血で汚れたアントーニョの手が、少しずつ木の床から持ち上げられようとしていた。覚束ない指先が向かうのは、東洋人の子供。頬まで持ち上げる事が叶わず落ちかけた手を、子供の小さな手が掴んだ。ぎこちない動きで、自分の丸い頬へアントーニョの手を沿わせた。
「……キク」
 ふっ、とほどけるように、吐血で汚れたアントーニョの唇が微笑んだ。彼の目には、もう目の前の子供しか映っていない。
「…初めて、名前…呼んでくれた…な」
 言葉を理解しているのか、していないのか、東洋人の子供はアントーニョが搾り出す微かな声にただ、頷いていた。ふっ、と小さく笑ったアントーニョの目が、
「……アー…サー…」
 ようやく、宿敵を向いた。
「……気安く呼ぶんじゃねぇよ…」
 嫌な予感がして、アーサーは顔を逸らして舌打ちする。このシチュエーションでは、アントーニョが何を言わんとしているのかが、明らかすぎて。
「『頼む』…」
 消え入りそうな声が、アーサーにとって決定的な言葉を発した。
「ちっ…」
 これを聞いた以上、アーサーはアントーニョの言葉を聞かねばならぬのだ。
 海賊の間には、海賊同士のルールがある。
 海賊にとって「敗北」はすなわち「死」。
 海賊達は、自分が殺した相手を哀れまない。自分を殺した相手を恨まない。
 そんな海賊達の間だからこそ生まれた、もう一つの不文律的な約束ごとがあった。
 それは―

 倒した相手の「最期の言葉」を聞いてやり、それを叶えてやること

 その多くが、家族や愛しい者への遺言や、届け物である場合が多い。
「なんだよ…」
 アーサーは逸らしていた視線を、アントーニョへ戻した。光が消えかけている、褐色の瞳がそこにある。
「こいつ、を…」
 沈みかけた太陽を宿す瞳が、宿敵から東洋人の子供へ戻った。
「キクを…」
 キク?
(ガキの名前か?)
 アーサーは黙ってアントーニョの言葉を待つ。
「元いた場所へ…還してやって…くれ…」
 語尾はほとんど聞き取れなかった。
「………」
 アーサーは、動かなかった。表情を変えないアーサーと、静かに立ちつくすしかないフランシスとアルフレッド、そして部下たち。宿敵が見守る中、アントーニョの手がゆるりと動く。縋る東洋人の子供の小さな頭を抱え込み、抱き寄せて、
「トー…」
 大粒の涙で濡れた小さな唇に、雫を掬い取るように触れるだけのキスをした。
 お別れのキス。
 微笑みを象った唇が離れ、手が解け、
「トーニョ…!」
 悲痛な声を置きざりに、トーニョの体は再び木の床に崩れ、そして―二度と動かなかった。