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揺り篭 第一部

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ep.1



 温い風がざぁっと音を立てて頬を撫ぜていく。
 だがそれは乾いていてけして不快な風ではない。
 温もりとともにふわりと広がる嗅ぎ慣れたコロンの薫り。
 そして。
 そして、頬を悪戯に擽る風に煽られた柔らかな金糸と。
「−−」
 耳元間近で響く低い詠唱の声。
 生まれ育った母国の言葉とは響きが異なるそれは未だ切れ切れの単語の意味しか拾えない。しかしとても心地よい調べ。
 一際、高らかに宣告された『死』の詞が放たれる瞬間はいつでも身構える。身構えた所でその不可思議な背筋を駆け上がる快感にも似た感覚と、そしてそれが齎す嫌悪の感情は慣れる事はない。
 …一瞬、ぎゅっと強く抱き止められる、その温もりの感触にも。

 しんと静まり返った辺りはいつものことながら淡々としたものだ。
 俺達のように血肉を持たないそれらは灰燼に帰す。
 さらさらと俺達を中心に起きていた風の名残に飛ばされて形を消していく。
 極稀に形あるものを誤って切り裂いた時はそれは悲惨なものだ。
 剣はそこそこに扱えるから別に返り血を恐れるようなことはないが、穢れた身を清める為の術が少ないこの環境下では次の逗留地の宿まで臭いに耐えられなくて辟易した。
 ふう、というどちらともつかない溜息とともに体から緊張が解ける。
 が。
「……おい、クソヒゲ…」
 喉の奥からわざと低い声を絞り出して静かに怒りを表現する。
 なのに、だ。その腕は空気を読んで解かれる事もなく…なんか微妙に蠢いている。
 脳の奥のあまり強度には自信がない血管がさっそく臨界点を迎えた。
「だぁっっっっっ、いい加減離せ! いつまでくっついてんだ、このド変態がぁぁぁぁぁっっ」
 振り解けば案外あっさりと解放されたが、そいつは非常に腹立たしいによによ笑いを浮かべて俺を上から−−ほとんど身長は変わらない筈なのにどうしたことか俺を見下ろしている。
「なぁに、坊ちゃん。感じちゃった?」
 …このセクハラ万年発情変態魔導師が!
 わざと厭らしく耳元に寄せて囁こうとした顎をアッパーで捉える。
 それなりにいい音がして変な擬音を立てながら吹っ飛んだフランシスだが、ぎりぎりのところで芯を外したのは気がついた。
 避けないところがまたむかつく。
「いたぁい、んもう、VDはんたぁーい!!」
「だまれ」
 なにがDVだ。てか、なに勝手になし崩し的にドメスティックな関係にしてんだ。
 大して痛くもない癖に大袈裟に顎を摩りながら立ち上がる馬鹿にくるりと背を向けて歩き出す。耳が少し熱い。
「ちょっと、アーティ?」
 振り返るつもりはない。
「しょーがないでしょーが。あれだけの数、俺達だけで一気に片付けるにはこれしかないんだから」
 菊とアルは調達物資が遅れているとかでさっき出た街で一度別れた。次の目的地点を知っている二人は後発部隊のルートヴィッヒたちと合流してほどなく追い着くことだろう。
 この辺りはまださほど荒れていないというのは情報屋のロヴィーノの言だ。まさか幻魔の団体様に遭遇するなんて、あいつぜってえ今度遭ったら絞めてやる。
「アーサー、待ってったら一人でどんどん歩いてったら危ないよー?」
 息を軽く切らしたフランシスが大股で横に並ぶ。
 顔なんか見ない。
「…ねえ、坊ちゃん。揶揄ったのは謝るからいい加減慣れてよ」
 一転変わって大人びた落ち着いた口調で溜息交じりに言われて唇を噛む。
「…あんなに密着する必要なんかない」
「んーん、だって坊ちゃん、出力弱いんだもん」
 フランシスは魔導師だが普通の魔導師じゃない。彼自身の持つ魔力はほとんど素養のないアルフレッドやルートヴィッヒクラスだ。戦闘向きではないとは言えまだまだ眠った部分の多いフェリシアーノはともかく、自分には才能がないと言って諦めたというロヴィーノにすら及ばない。
 彼の魔法は寄生によって発動する。
 そう他者の魔力を媒介にして発動するタイプのものだ。
 物知りな菊に寄ると大変珍しい能力であり、広い世界にもほとんど例がないそうだ。
 彼らはそれをロストロジックと呼んだ。
 太古に失われた魔法群。
 何の為に生み出され、何の為に滅んでいったのか解らないその魔法は都合がよかった。そう、俺のように不具の身を傍に置くには。
 俺には本来あるべき魔力を放出する器官がない。生まれてすぐ人為的に切除されたその名残が背中に残るだけだ。醜く引き攣れた裂傷と、内腿に刻まれた、その異形の姿からヒトと交わらず隠匿して一生を過ごす種族の紋章だけが俺が今持っている自分の出自の全てだ。
 この世で一番神の近くに座す奇蹟の一族と呼ばれたカークランド。
 どんな経緯で遺棄されたのか解らない。
 ただ唯一解っていることは喪われても支障のない存在、それが俺だったということだ。




 −−今でも時折夢に見る。
 傷だらけの小さな体。途切れそうに弱く打つだけの鼓動。さっきまでは熱を帯びて必死に繰り返されていた呼吸が段々弱くなっていく。少し喘ぐ様に開かれた唇からそれが途絶えないように必死に見守った。
 人の子ではないのは見て解ったが、本来あるべき一番顕著な特徴がない。
 傷だらけで血の滲む全身の中でもそこが一番出血が酷かった。
 無残にへし折られた背にあるべき二対の翼の痕。
 体の小ささからしてまだほんの生まれたての幼生なのだろう。きっと大人の手のひら程度しかなかっただろうそれを力ずくでもぐのはきっと容易い。
 ああ、これはもう−−。
 生きられないな、唇の中で呟いた。
 万に一つ命だけは生き永らえたとしても脚を折った馬が生きられないように不具の人生が待っている。
 憐れだが一思いに楽にしてやるのが情けかもしれないと俺は静かに思った。
「…悪く思うなよ」
 心は少し痛む。
 弱く最期の時を迎えるだけを待っていた口元にそっと手を覆いかけようとした。
 その時、微かに小さな掌が動いて俺の長い衣服の裾を緩く掴んだ。
「あ…」
 きつく閉ざされていた瞼がうっすらと開く。
 透明な綺麗な瞳に光が差し込む。それは父の持つどんな宝玉でも見たことのない曇りのない翠玉。
 そこはけして光を失ってなんか居なかった。
 まだ生きていたい。
 本能が持つ強い意思がまだ残っている。
 果たしてこうして覗き込む俺の姿をきちんと映し出せているのかすら怪しいけれど、確かにその双眸ははっきりと自分にこんな仕打ちをした世界を諦めてなんていなかった。
 伸ばそうとしていた腕は目的を逸れて、まだ小さな俺の手でも易々と包めるほど小さな頭をそっと抱き締める。決断は迷う莫れ。父の教えだ。
「解った。絶対、助けてやるからな」
 きちんと聞こえていないだろう俺の言葉は届いたのか、ほんの少しその天使のような存在は微笑んだようにも見えた。

 そう、思えばあの時、もう俺は恋に落ちていたのだ。





 天と地がひっくり返った衝撃は自分が覚醒したことすら認識から吹っ飛ばした。
「え、なに、なにっ!? 地震?!」
作品名:揺り篭 第一部 作家名:天野禊