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揺り篭 番外集

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37.0




 甘すぎるミルク粥の匂い。暖かな湿度に満たされた空気。意識の端に潜り込む消して不快でないささやかなざわめきは恐らくいつもは朗らかに姦しいメイドたちの笑う声。
小さく途切れ途切れに紡がれるメロディと触れればひやりと熱を奪っていくのにどうにも温かな掌がゆったりと眠りに誘う。
 −−ほら、こうしていれば目を閉じてもちゃんと居るって解るだろ?
 瞳を閉じると暗闇の中から不安が這い上がってきてなかなか眠ろうとしない俺に小さく笑いながら彼が言う。
 温もりに包まれて守られて眠る特別なその時間が好きだった。
 もう頭は痛いし体は重いし最悪な気分だったけど、閉鎖した思考の中にただ愛されてるって実感だけが残った。




「−−…なんだ、フランシスか」
 いつの間に目を覚ましたのか、掠れた声が唐突に失礼なくらい残念そうに呟く。不満そうな宙の青。
こいつはどっかの坊ちゃんと違って血圧が安定しているからか目醒めがいい。
「悪かったね、お兄さんで」
 解熱剤が効いたのか多少の消耗は見えるものの意識ははっきりしているし、元々の体力だって十分備わっているのだからどうせすぐに腹が減ったと喚き出すだろう。
「全く馬鹿は風邪を引かないと言うけれど、いい年して風邪引くまで水遊びに夢中になるなんてお前は馬鹿だねえ」
「うるさい、馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ」
 乾燥と熱で荒れた喉をまだ不快そうに気にしているアルフレッドの為にチューブに入れられた電解水を投げて席を立つ。食事を準備する前にすっかりぐにゃぐにゃになった氷嚢を取り替えてきてくれるように仲のいいメイドに預け、唇を尖らせるアルにはあーはいはいと生返事を返した。
「とりあえず寝てろよ。抜け出してんの見つかったら煩いぞ」
「何処行ったんだい、あの人」
 あの人とか言ってやんなよ。また泣くでしょうが。
「どうしてもお前のご飯を作るんだと言って聞かなかったので菊ちゃんに協力戴いてお買い物になんとか追い出しました」
「…それは有難うなんだぞ」
 いえいえどういたしまして。
「なに、アルちゃんはお兄さんよりオニイチャンが恋しかったの?」
 揶揄するようにによによ笑いで覗き込めば熱の為ではない赤に染まった首筋を隠すように枕に顔を埋めてくぐもった声でなにやら言っている。
 ま、素直に言える子だったらお兄さん真っ先に潰してますけど。
 随分と生意気に育ってしまった−−主に育ての親が悪かったと思われる年の離れた従弟のまだまだ可愛らしい反応にほくそ笑んで乱暴に寝癖のついた髪を掻き混ぜる。
 抵抗されるかと思えば大人しく撫でられてるアルフは口をへの字に曲げて視線を落とした。
「アーサーかと思ったんだ。手の温度が似てたから」
「お兄さん、あんなに手冷たくないけど」
「小さい頃も熱を出すと…まあ滅多にないことだったけど、熱出して寝込んでるとこうしてずっと頭を撫でてくれるんだ」
 無意識に唇から零れる微かな子守唄のリズムで規則正しく−−。
 −−同じ歌を口ずさんでやれば驚いたようにこちらを見上げる。
「アーサーの小さい頃はそりゃーもう不安定で不安定ですぐに熱を出す子供でね」
 普段は懐かない野生の生き物みたいで常に回りを棘で警戒して噛み付くのに、そんな時だけ不安そうな目で見るの。あの大きなペリドットを涙で緩ませて。
 母さんが病気をすると気持ちも弱くなっちゃうのねと笑ってた。
「だからその子守唄は俺が坊ちゃんに教えたの」
「…忘れてないんだ」
 どうなのかは解らない。
「体が覚えていることもあるのかもね」


 暗闇の中でたった一つ繋ぎ止めてくれる優しい手の温度。


「……キミ本当にむかつくよ」
「ドウモアリガトー」
「っち、くたばれ」
 もう少し眠るよとアルは目を閉じた。ご飯は?と尋ねれば何故かハンバーガーと返ってきた。お前病人でしょうが。お前の胃はよくても坊ちゃんが卒倒しちゃうよ。
「起きたら…食べるよ…アーサーが帰って…」
 キミとアーサーと菊と皆で食べるんだ。一人で病人みたいにベッドで食べるなんてごめんなんだぞ。
そんなようなことをむにゃむにゃと呟きながら病人は眠りの国へ帰っていった。



作品名:揺り篭 番外集 作家名:天野禊