はじめてのクリスマス
少し誇張して門田がそう言うと、静雄は、そうかそりゃよかった、と嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、門田の頭の中にあるひとつの考えが浮かんだ。前から考えていたことではあるのだが、なんとなく勇気が出せず今まで実行に移せなかったものだ。だが、今の静雄の笑顔を見て、門田は心を決める。お返しというわけではないが、自分も静雄に何かできたらと思ったのだ。
「なあ静雄、これのお返しってわけじゃないんだが…」
そこまで言って、いややっぱりこの流れではおかしいか、と門田は一瞬躊躇する。だが、もう言い出してしまったしと、そのまま言葉を続けた。
「まあその、なんだ…お前、よくうちに来るだろ。今日みたいに外で待っててくれることもよくあるよな」
「なんだよ急に。まああるけど、なんつーか居心地いいんだよなあこの部屋…飯食わせてくれたりもするしな。あ、いや別にお前にたかろうと思って来てるんじゃねえけどな」
「わかってる、俺もひとりで食うより楽しいからそれは大歓迎なんだが、その…」
「なんだよ」
「いや、鍵を、な…」
「鍵?」
静雄が不思議そうな顔をして門田を見つめている。門田は背中が熱くなるのを感じながら、一息に言葉の続きを吐きだした。
「ああ、鍵。もうお前に合鍵渡した方がいろいろいいんじゃないかと思ってな、ほら、お前も仕事で疲れてんのに今日みたいに外で待っててもらうのも悪いし、鍵があれば俺がいなくても部屋に入れるだろ、俺もその方がいいっていうか」
「お、おう」
「だからな、これ、持っててくれ」
自分で言いだしておきながら途中で照れくさくなって、終わりの方は何を言っているのかよくわからなくなっていたが、門田はなんとか心を落ち着けて静雄に鍵を差し出した。静雄は鍵と門田の顔を交互に見比べると、ありがとな、と笑って鍵を受け取った。
「じゃあ鍵、遠慮なく使わせてもらっていいんだな」
「ああ、俺がいなかったら部屋に入って待っていてくれ、部屋にあるものは好きなように使ってもらっていい」
「そうか。なんか悪いな」
「いや、こっちこそいつも外で待たせてすまん」
静雄が鍵を受け取ってくれたことに安心して、門田はほっと一息ついた。こんなきっかけがなければ行動を起こせなかった俺はこの方面に関しては相当奥手だな、と反省しながら、何気なく静雄に渡った鍵に視線を向ける。すると静雄はちょうどその鍵を、大切なものを扱うようにして、そっと握り込んだところだった。
その静雄の動作を見て、門田は自分の心も同じように握られたようだ、と思った。嬉しさのあまり思わず、鍵を握っている静雄の手を上からぎゅっと握り込む。静雄の手はとてもあたたかくて、門田は余計に嬉しい気持ちになった。
「なっなんだよ門田」
静雄は驚いたように手をびくつかせたが、門田の手を振りほどくようなことはなかった。それがまた嬉しくて、門田はふっと笑う。
「何笑ってんだよ、おい門田」
「いや…すまん、今日はいい日だなと思って」
「はあ?なんだよ突然」
「いや別に」
自分にとって最高のクリスマスだと言ってもいいかもしれない、と門田は思った。もっと積極的になれたらなおよかったのだろうが、今の自分にはこれが精一杯だ。
どうか、来年のクリスマスも一緒にいられますように。
静雄も同じことを思ってくれていたらいいと願いながら、門田は静雄の手をいつまでも握っていた。
照れが限界にきた静雄が、ケーキが食えないと騒ぎ出すまでの、僅かな時間ではあったけれど。
作品名:はじめてのクリスマス 作家名:ルーク