聖なる夜に口づけを
ツナヨシは疲れ果てていた。
それはもう、ドロドロのグチャグチャに。
《聖なる夜に口づけを》
サワダツナヨシ。
薄茶色の目と髪をした、平凡な顔立ちの小柄な東洋人。成人したにも関わらず、未だティーンエイジャーに間違われる、驚異の童顔の持ち主。この気弱で、お人好しの、いささかトロくて鈍い青年こそが、ドン・ボンゴレ――――つまりマフィア界にその名を轟かすボンゴレ・ファミリーの十代目ボスだったりする。
そんな彼は毎日大変に忙しい。
今日も今日とて、執務室に出勤したツナヨシを待っていたのは、山と積まれた大量の決済書類だ。もはや嫌がらせかと疑うほどに上がってくる、頭の痛い報告書に陳情書、請求書の数々。それらを相手にひたすら格闘の一日である。
だが、それも終わった。いや、なんとか終わらせた。
(ふふふ・・・どっかの暴走部隊の後始末で、こんな時間までなったけどね・・・)
手元の時計に目をやれば時刻は既に日付変更間際。貴重な睡眠時間を削ってくれた礼をどうしようかと、ありとあらゆる制裁(という名の嫌がらせ)を思いめぐらせながら、虚ろな目をして乾いた笑みを浮かべるツナヨシだった。
けれどそれも、シャワーを浴びてホコホコと温もった今となっては、どうでもいい話だ。
目下の最優先事項は、睡眠である。
思考回路はシャットダウン寸前、意識もずぶずぶと溶けていく、目に、肩に、全身にズーンとのしかかる疲労感に、指先ひとつ持ち上げるのも億劫で。
髪を乾かすのもそこそこに、何とか最後の気力を振り絞ってパジャマを着ると、ツナヨシはバタリとベッドへ倒れ込んだ。流石は彼の家庭教師ご推薦だけあって、超一級品のキングベッドはキシリとも音をたてず、静かに彼を受け止め、やさしく沈む。
やわらかい感触、なめらかなシーツの肌触りに、はふぅと満足げなため息を一つつくと、そこでツナヨシは意識を失った。
―――――だから、今日が『何月何日』なのか認識する余裕はなかったし。
ましてや、『何の日』なのかなど、気付くはずもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深夜、ツナヨシはふと意識を覚ました。
誰かがやさしく頭をなでている。
(だれ?・・・母さん?)
ちゃんと乾かさなかった自分の頭は、きっといつもにましてクシャクシャなのだろう。鳥の巣の如くからまった髪をやさしく梳いては、撫でている。その幼子をあやすような手つきに、久しく会っていない母の姿を浮かべたが、母にしてはその手は少々大きく、骨張っていて――――どうやら成人男性のものだ。
(・・・まさか父さん?)
脳裏に浮かんだポジティブ&ゴーイングマイウェイな父の姿に、ツナヨシは無意識に顔をしかめる。その仕草に、ツナヨシの意識が目覚めたことに気付いたのか、男が微かに笑う気配がした。
(違う、父さんじゃない・・・)
その気配に、血は父ではないと告げる。では一体、誰なのか。
確かめようにも瞼は重くて、重くて、1ミリたりとて開かない。けれど、ドロドロに疲れて夢さえ見ない、深い深い眠りの中で、彼の『気配』がツナヨシの感覚に引っかかる。
敵意も殺意も感じない。危険はない。
むしろ身に馴染んだ、とても懐かしい感覚だ。
(誰だ・・・)
いまだ眠りにしがみつくツナヨシに、男は仕方ねぇなと肩をすくめる。そして悪戯心でも催したのか、男の手がゆっくりと髪から額、頬をなぞるように下りていき、そっと長い指が唇をくすぐって、首筋を愛しむように撫でてゆく。
プツン、プツンとボタンのはずれる音がして、夜の冷気が肌に触れ、寒さにツナヨシは身をすくめた。
(何だよ、やめてよ、寒いだろ・・・)
ぼんやりと文句を思い浮かべている内に、大きな手はスルスルとパジャマの中に。
そして細い首筋から鎖骨、薄い胸をたどり、へその辺りをくすぐる。その何やら意味深な手つきに、さすがのツナヨシもギョッとした。
(ん?!って、ちょっと待て!何、して、んだ!この手は)
ここにきてやっと怪しい雰囲気を察知したツナヨシは、一気に意識を押し上げる。
「ん、う・・・」
そうして何とか睡魔をおしやって開いた視界に写ったのは、艶やかな黒髪、白磁の肌、黒曜石の双眸、そして口元にはおなじみの微笑。しなやかな体躯をいつものダークスーツではなく、この季節恒例の赤と白の衣装で包んだ、親愛なる家庭教師様だった。
「チャオっす。ダメツナ」
「リ・・ボーン?お前何やってんだよ?」
しかも、サンタクロースの格好で。首を持ち上げよく見ればリボーンはベッドに横たわるツナヨシの太股に跨り、上半身をこちらに傾けていて、見目麗しい顔がすぐ目の前にある。
何というか、非常に落ち着かない体勢だ。もぞもぞと身動きするツナヨシに、対するリボーンはいたって上機嫌で。
「この格好見てわかんねぇか?愛と夢を届けるという名目に、堂々と不法侵入する愉快犯だぞ」
「ヤな言い方すんなよな!」
純真な子どもたちの夢を木っ端微塵に粉砕する発言である。相変わらずのリボーン節だ。
それに、問いただしたいのは服装(それ)ではない。自分の貴重な睡眠時間を削って、しかも勝手に服を剥いて、何してくれてんだ、ということだ。
ジト目で睨むツナヨシに、リボーンはニヤリと口角を上げると言葉を続ける。
「ツナ、今日が何の日か知ってるか?」
「えーと、確か12月2・・・」
書類にサインした日付を思い出せば、24日だ。実際には日付をまたいで25日になっているだろうが。つまりは聖誕前夜、クリスマス・イブだったのだ。
――――けれど、それが何だというのか?
確かにクリスマス、街はにぎわっている。夜を彩るイルミネーションも、風に流れる聖なる音色も大変美しい。だが、連日執務室に書類と缶詰めの自分にはまったく関係のないイベントだ。それとも、マフィアの世界では何か別の意味があるのだろうか?
キョトンと首をかしげたツナヨシに、リボーンはやれやれと首をふる。
「やっぱダメツナだな。クリスマスといえば」
「いえば?」
「恋人同士の一大イベント、全世界公認の盛大にイチャつく記念日だろうが」
「はぁ!?」
「まあ、押し倒す度胸もないお前のことだから、こうしてオレの方から、わざわざ来てやったんだ。さあ、この優しいセンセイに盛大にイチャついてかまわねぇぞ」
「んな、こと、しねぇよ!!」
ツナヨシは全力でもってツッコミを入れる。
だいたい、仮にもイタリア人、カトリックの国民がそんな適当な解釈でいいのか、とか。リボーンとオレがいつ恋人同士になったのだ。とか、いろいろとツッコミ所は満載だ。
「なんで、そうなるんだよ!」
「ん?オレの決定に何か不服か?」
ガチャリと、これまた耳に馴染んだ懐かしい音。
いつの間に取り出したのか、ツナヨシの額に銃口を突きつけ、リボーンはニッコリと微笑んだ。
―――――イエ、滅相モゴザイマセン。
昔から、リボーンにはとことん弱いツナヨシだ。加えて、彼が『黒』と言えば、どんなに清廉な『白』であっても『黒』に墜ちる。あらゆる意味で最強の存在なのだ。
そんな相手に、もはや抵抗など無意味で。
さらには、のしかかられて巧みな体さばきで押さえ込まれ、両腕はリボーンの右手に軽々と拘束されている、となればダメ押しだ。
それはもう、ドロドロのグチャグチャに。
《聖なる夜に口づけを》
サワダツナヨシ。
薄茶色の目と髪をした、平凡な顔立ちの小柄な東洋人。成人したにも関わらず、未だティーンエイジャーに間違われる、驚異の童顔の持ち主。この気弱で、お人好しの、いささかトロくて鈍い青年こそが、ドン・ボンゴレ――――つまりマフィア界にその名を轟かすボンゴレ・ファミリーの十代目ボスだったりする。
そんな彼は毎日大変に忙しい。
今日も今日とて、執務室に出勤したツナヨシを待っていたのは、山と積まれた大量の決済書類だ。もはや嫌がらせかと疑うほどに上がってくる、頭の痛い報告書に陳情書、請求書の数々。それらを相手にひたすら格闘の一日である。
だが、それも終わった。いや、なんとか終わらせた。
(ふふふ・・・どっかの暴走部隊の後始末で、こんな時間までなったけどね・・・)
手元の時計に目をやれば時刻は既に日付変更間際。貴重な睡眠時間を削ってくれた礼をどうしようかと、ありとあらゆる制裁(という名の嫌がらせ)を思いめぐらせながら、虚ろな目をして乾いた笑みを浮かべるツナヨシだった。
けれどそれも、シャワーを浴びてホコホコと温もった今となっては、どうでもいい話だ。
目下の最優先事項は、睡眠である。
思考回路はシャットダウン寸前、意識もずぶずぶと溶けていく、目に、肩に、全身にズーンとのしかかる疲労感に、指先ひとつ持ち上げるのも億劫で。
髪を乾かすのもそこそこに、何とか最後の気力を振り絞ってパジャマを着ると、ツナヨシはバタリとベッドへ倒れ込んだ。流石は彼の家庭教師ご推薦だけあって、超一級品のキングベッドはキシリとも音をたてず、静かに彼を受け止め、やさしく沈む。
やわらかい感触、なめらかなシーツの肌触りに、はふぅと満足げなため息を一つつくと、そこでツナヨシは意識を失った。
―――――だから、今日が『何月何日』なのか認識する余裕はなかったし。
ましてや、『何の日』なのかなど、気付くはずもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深夜、ツナヨシはふと意識を覚ました。
誰かがやさしく頭をなでている。
(だれ?・・・母さん?)
ちゃんと乾かさなかった自分の頭は、きっといつもにましてクシャクシャなのだろう。鳥の巣の如くからまった髪をやさしく梳いては、撫でている。その幼子をあやすような手つきに、久しく会っていない母の姿を浮かべたが、母にしてはその手は少々大きく、骨張っていて――――どうやら成人男性のものだ。
(・・・まさか父さん?)
脳裏に浮かんだポジティブ&ゴーイングマイウェイな父の姿に、ツナヨシは無意識に顔をしかめる。その仕草に、ツナヨシの意識が目覚めたことに気付いたのか、男が微かに笑う気配がした。
(違う、父さんじゃない・・・)
その気配に、血は父ではないと告げる。では一体、誰なのか。
確かめようにも瞼は重くて、重くて、1ミリたりとて開かない。けれど、ドロドロに疲れて夢さえ見ない、深い深い眠りの中で、彼の『気配』がツナヨシの感覚に引っかかる。
敵意も殺意も感じない。危険はない。
むしろ身に馴染んだ、とても懐かしい感覚だ。
(誰だ・・・)
いまだ眠りにしがみつくツナヨシに、男は仕方ねぇなと肩をすくめる。そして悪戯心でも催したのか、男の手がゆっくりと髪から額、頬をなぞるように下りていき、そっと長い指が唇をくすぐって、首筋を愛しむように撫でてゆく。
プツン、プツンとボタンのはずれる音がして、夜の冷気が肌に触れ、寒さにツナヨシは身をすくめた。
(何だよ、やめてよ、寒いだろ・・・)
ぼんやりと文句を思い浮かべている内に、大きな手はスルスルとパジャマの中に。
そして細い首筋から鎖骨、薄い胸をたどり、へその辺りをくすぐる。その何やら意味深な手つきに、さすがのツナヨシもギョッとした。
(ん?!って、ちょっと待て!何、して、んだ!この手は)
ここにきてやっと怪しい雰囲気を察知したツナヨシは、一気に意識を押し上げる。
「ん、う・・・」
そうして何とか睡魔をおしやって開いた視界に写ったのは、艶やかな黒髪、白磁の肌、黒曜石の双眸、そして口元にはおなじみの微笑。しなやかな体躯をいつものダークスーツではなく、この季節恒例の赤と白の衣装で包んだ、親愛なる家庭教師様だった。
「チャオっす。ダメツナ」
「リ・・ボーン?お前何やってんだよ?」
しかも、サンタクロースの格好で。首を持ち上げよく見ればリボーンはベッドに横たわるツナヨシの太股に跨り、上半身をこちらに傾けていて、見目麗しい顔がすぐ目の前にある。
何というか、非常に落ち着かない体勢だ。もぞもぞと身動きするツナヨシに、対するリボーンはいたって上機嫌で。
「この格好見てわかんねぇか?愛と夢を届けるという名目に、堂々と不法侵入する愉快犯だぞ」
「ヤな言い方すんなよな!」
純真な子どもたちの夢を木っ端微塵に粉砕する発言である。相変わらずのリボーン節だ。
それに、問いただしたいのは服装(それ)ではない。自分の貴重な睡眠時間を削って、しかも勝手に服を剥いて、何してくれてんだ、ということだ。
ジト目で睨むツナヨシに、リボーンはニヤリと口角を上げると言葉を続ける。
「ツナ、今日が何の日か知ってるか?」
「えーと、確か12月2・・・」
書類にサインした日付を思い出せば、24日だ。実際には日付をまたいで25日になっているだろうが。つまりは聖誕前夜、クリスマス・イブだったのだ。
――――けれど、それが何だというのか?
確かにクリスマス、街はにぎわっている。夜を彩るイルミネーションも、風に流れる聖なる音色も大変美しい。だが、連日執務室に書類と缶詰めの自分にはまったく関係のないイベントだ。それとも、マフィアの世界では何か別の意味があるのだろうか?
キョトンと首をかしげたツナヨシに、リボーンはやれやれと首をふる。
「やっぱダメツナだな。クリスマスといえば」
「いえば?」
「恋人同士の一大イベント、全世界公認の盛大にイチャつく記念日だろうが」
「はぁ!?」
「まあ、押し倒す度胸もないお前のことだから、こうしてオレの方から、わざわざ来てやったんだ。さあ、この優しいセンセイに盛大にイチャついてかまわねぇぞ」
「んな、こと、しねぇよ!!」
ツナヨシは全力でもってツッコミを入れる。
だいたい、仮にもイタリア人、カトリックの国民がそんな適当な解釈でいいのか、とか。リボーンとオレがいつ恋人同士になったのだ。とか、いろいろとツッコミ所は満載だ。
「なんで、そうなるんだよ!」
「ん?オレの決定に何か不服か?」
ガチャリと、これまた耳に馴染んだ懐かしい音。
いつの間に取り出したのか、ツナヨシの額に銃口を突きつけ、リボーンはニッコリと微笑んだ。
―――――イエ、滅相モゴザイマセン。
昔から、リボーンにはとことん弱いツナヨシだ。加えて、彼が『黒』と言えば、どんなに清廉な『白』であっても『黒』に墜ちる。あらゆる意味で最強の存在なのだ。
そんな相手に、もはや抵抗など無意味で。
さらには、のしかかられて巧みな体さばきで押さえ込まれ、両腕はリボーンの右手に軽々と拘束されている、となればダメ押しだ。