聖夜に彼がほしいもの
暖炉からは薪が弾ける音が聞こえ、今朝方ルカがアロイスに支えてもらっててっぺんに金色の星をつけたもみの木はあたためられて香しい薫りを放っている。その弟は一日中はしゃぎまわっていたおかげで、ベッドに入るまではあれほどむずがっていたくせにいざ横になるとあっさりと寝息を立てはじめ、一日中相手をしていたせいで流石に疲れていたアロイスを安堵させた。もっとも、ルカが大騒ぎするのも無理からぬことだとアロイスには分かっていたし、現に自分でもわくわくして眠れない、などというばかげた気分に囚われていた。
(クリスマス、だしな)
幸い、こうして暖炉がまだ消されていないとなれば赴くべき当てはある。夕食の時間にはたしかまだ根元を露出させていたツリーの下にいつの間にか積まれた数々のプレゼントをひととおり矯めつ眇めつして内容を推測したあとは、また居住部のある二階に舞い戻った。目的の執務室は、主人たちの呼び声にいち早く答えられるように、と兄弟の居室のすぐそばに決められている。念のためドアの隙間から明かりが漏れているのだけ確認すると、我が意を得たりとばかりに狡猾そうな笑みを浮かべ中に滑り込んだ。するとまだきっちりと燕尾服を着込んだままの執事がそこにいて、ただ名前を呼んでもよかったのだけれど、すこしいたずら心を起こした少年は、
「こんばんわ、ミスターサンタクロース」
後ろから黒い背中に飛びついて、というよりも首にかじりついて、耳元へと囁いた。
「そろそろプレゼントを配りはじめるころかな」
「旦那さま」
咎めるような目つきにアロイスはすこしだけひるんだものの、そのまま視線をあらぬ方向に逸らす。
「あんまり面白い冗談じゃあなかったかもしれないけどさあ、それを言ったらクリスマスを祝う悪魔って意味不明だと思うよ」
「旦那様のほうこそ信じていらっしゃらないでしょう」
「そりゃあそうだけど。……ほら、イベントって大切じゃない?」
「ならば私が答える必要もないかと」
(あ、それずるい)
ふくれはしたものの返す言葉もしばらくは思いつきそうになかったから、せめて言いくるめられた際の間抜けなな表情は消していったん身体は離し、都合よくそこらに置かれていた椅子を引き寄せて隣に座ると悪魔の手許を覗き込んだ。机の片端にはもう先ほどリビングで見たような柄のラッピングペーパーやらりぼんの切れ端やらがかき集められていて、つまり今まさに包まれている小さな箱が最後のひとつであるらしい。ブルーのペーパーにあっという間に包まれたあとに幅広の白と細い銀の二種のりぼんが結ばれる。あまりにもすばやい動きだったので、アロイスにはそれがクロードの手のしたこと、というよりも紙とりぼんがもとよりそのように形を変えるのだと医師を持って動いているように見えた。
やがてテーブルに置かれたかつての白い小箱はすっかり「プレゼント」の様相をなしており、アロイスは自然と手を伸ばして滑らかな青に触れた。折り目にすら完璧さをにじませる表面を戯れに爪でひっかいてやる。
「あんまりそれっぽくないよね、これ」
もみの木の根元に並べられた、すがすがしいほどあからさまな赤と緑と金の色を思い浮かべながらつぶやいた。今まではまだ触れる段階にとどまっていたのが、応えを得られないせいでつつき、転がし、自らの手許に引き寄せる動きに変わっていく。
そして不意に取り上げられ、差し出される、箱。
何が起こったのか分からないで咄嗟に手を引っ込めたまま押し黙ってしまったアロイスは袖から手首を掴まれてのひらを上向きにさせられ、最後に箱が問答無用で乗せられる。
アロイスの手の大きさに丁度収まるくらいの小さな箱であった。どこかで見たことのある大きさだ、とは思うものの、肝心かなめの記憶は出てこないでまじまじと見つめてしまう。同時に、何か言わなければと頭だけは空転していたから、沈黙はもうすこし続くことになった。
「えぇと」
と咳払いをするアロイス。
「もうクリスマスになってたっけ?」
「クリスマスプレゼントではなくて、個人的なものだと考えていただければ」
「おれとしては、ルカより先に受け取るのは気が引けるんだけど」
「今すぐ開封しなくてもよいものです」
「……クロードがそう言うんなら、おれに異存はないけどさ」
思わず頷いて、気になる中身を確かめるためにも開けようとした矢先、はっとして少年が目を見張り、今は向き合っている金色の瞳をまじまじと覗き込んだ。
「『個人的に』?」
そもそもクロードはひとじゃなくて悪魔なんじゃとか個人的なものならおれは受け取っていいのかとかこればかりは執事の台詞じゃないことくらいおれにだって分かるとかお前のその口ぶりだと逆に開けるのが怖くなるんだけどとか、どれもこれも口には絶対出したくない雑念の数々が一瞬にして脳内を駆け巡り、のち。
「おれは何も用意してないんだけど」
楽しげな色が浮かんだのが憎たらしくて睨みつけたものの、こぼれた声はやたらと頼りなげだったし、台詞もまた頭を抱えたくなるようなものだった。
「プレゼント交換をなさりたかったので?」
「ときどき本気でおめでたいよね、クロードって」
クロードは分かってるんだろうか、と思う。
あちら側での出来事はリセットなんかされていない。アロイスは自分の行動、気持ち全てをはっきりと記憶しているし、もう一度繰り返したとしてもなお同じ選択をするに決まっている。だからあの日、アロイスが最後に叫んだ言葉だって未だに残ったままで、どこかで枷となって感情を縛り付けたままだ。
彼岸の日々は穏やかに過ぎる。クロードは執事で、アロイスがその主。元に戻ったかのように見えるパーツ。けれどもう形は変わってしまって、だから上手くは嵌らない。なのに新しく収める場所も容易くは見つからないで、そのズレがこうして表に出ると、心がこすれて軋んだ音を上げる。
(クロードにはそれが分からないのかな)
「旦那さま」
「……なに」
そんな中でかけられた言葉に、気の抜けた返事だけよこす。
「では、来年からに期待してもよろしいでしょうか?」
けれど冷静なままの、いやいっそ穏やかなほどの声がアロイスに顔を上げさせた。
「これからがあるのですから」
目の前にあるのはいつもより冴え冴えとしているようにすら見えるクロードの無表情。そのくせ信じられないことにアロイスをまっすぐ見つめている双眸にはなにやら和やかな(!)色が宿っている。沈んでいた思念が思念だったものだから、しばらくの間はその日常と同じ装いをした言葉の意味が取れないできょとんとしていると、いつの間にか投げ出していたらしい小箱の包装を何のためらいもなく破り捨て、白い小箱の中からさらに箱を取り出した執事がそれを押し付けてきた。勿論実際は先ほどと同じようにそっと手に乗せただけなのだが。
何か言ってやらなければ、と飲み込んだ息は咳き込む形で吐き出された。箱とクロードを何度も見比べて、それでも呼吸は静まらないままだった。やがて最後に言葉が飛び出したのと同時に、
「クロード、お前、あとでおしおきするから」
なぜか、頬が自然と緩んでいき、
(クリスマス、だしな)
幸い、こうして暖炉がまだ消されていないとなれば赴くべき当てはある。夕食の時間にはたしかまだ根元を露出させていたツリーの下にいつの間にか積まれた数々のプレゼントをひととおり矯めつ眇めつして内容を推測したあとは、また居住部のある二階に舞い戻った。目的の執務室は、主人たちの呼び声にいち早く答えられるように、と兄弟の居室のすぐそばに決められている。念のためドアの隙間から明かりが漏れているのだけ確認すると、我が意を得たりとばかりに狡猾そうな笑みを浮かべ中に滑り込んだ。するとまだきっちりと燕尾服を着込んだままの執事がそこにいて、ただ名前を呼んでもよかったのだけれど、すこしいたずら心を起こした少年は、
「こんばんわ、ミスターサンタクロース」
後ろから黒い背中に飛びついて、というよりも首にかじりついて、耳元へと囁いた。
「そろそろプレゼントを配りはじめるころかな」
「旦那さま」
咎めるような目つきにアロイスはすこしだけひるんだものの、そのまま視線をあらぬ方向に逸らす。
「あんまり面白い冗談じゃあなかったかもしれないけどさあ、それを言ったらクリスマスを祝う悪魔って意味不明だと思うよ」
「旦那様のほうこそ信じていらっしゃらないでしょう」
「そりゃあそうだけど。……ほら、イベントって大切じゃない?」
「ならば私が答える必要もないかと」
(あ、それずるい)
ふくれはしたものの返す言葉もしばらくは思いつきそうになかったから、せめて言いくるめられた際の間抜けなな表情は消していったん身体は離し、都合よくそこらに置かれていた椅子を引き寄せて隣に座ると悪魔の手許を覗き込んだ。机の片端にはもう先ほどリビングで見たような柄のラッピングペーパーやらりぼんの切れ端やらがかき集められていて、つまり今まさに包まれている小さな箱が最後のひとつであるらしい。ブルーのペーパーにあっという間に包まれたあとに幅広の白と細い銀の二種のりぼんが結ばれる。あまりにもすばやい動きだったので、アロイスにはそれがクロードの手のしたこと、というよりも紙とりぼんがもとよりそのように形を変えるのだと医師を持って動いているように見えた。
やがてテーブルに置かれたかつての白い小箱はすっかり「プレゼント」の様相をなしており、アロイスは自然と手を伸ばして滑らかな青に触れた。折り目にすら完璧さをにじませる表面を戯れに爪でひっかいてやる。
「あんまりそれっぽくないよね、これ」
もみの木の根元に並べられた、すがすがしいほどあからさまな赤と緑と金の色を思い浮かべながらつぶやいた。今まではまだ触れる段階にとどまっていたのが、応えを得られないせいでつつき、転がし、自らの手許に引き寄せる動きに変わっていく。
そして不意に取り上げられ、差し出される、箱。
何が起こったのか分からないで咄嗟に手を引っ込めたまま押し黙ってしまったアロイスは袖から手首を掴まれてのひらを上向きにさせられ、最後に箱が問答無用で乗せられる。
アロイスの手の大きさに丁度収まるくらいの小さな箱であった。どこかで見たことのある大きさだ、とは思うものの、肝心かなめの記憶は出てこないでまじまじと見つめてしまう。同時に、何か言わなければと頭だけは空転していたから、沈黙はもうすこし続くことになった。
「えぇと」
と咳払いをするアロイス。
「もうクリスマスになってたっけ?」
「クリスマスプレゼントではなくて、個人的なものだと考えていただければ」
「おれとしては、ルカより先に受け取るのは気が引けるんだけど」
「今すぐ開封しなくてもよいものです」
「……クロードがそう言うんなら、おれに異存はないけどさ」
思わず頷いて、気になる中身を確かめるためにも開けようとした矢先、はっとして少年が目を見張り、今は向き合っている金色の瞳をまじまじと覗き込んだ。
「『個人的に』?」
そもそもクロードはひとじゃなくて悪魔なんじゃとか個人的なものならおれは受け取っていいのかとかこればかりは執事の台詞じゃないことくらいおれにだって分かるとかお前のその口ぶりだと逆に開けるのが怖くなるんだけどとか、どれもこれも口には絶対出したくない雑念の数々が一瞬にして脳内を駆け巡り、のち。
「おれは何も用意してないんだけど」
楽しげな色が浮かんだのが憎たらしくて睨みつけたものの、こぼれた声はやたらと頼りなげだったし、台詞もまた頭を抱えたくなるようなものだった。
「プレゼント交換をなさりたかったので?」
「ときどき本気でおめでたいよね、クロードって」
クロードは分かってるんだろうか、と思う。
あちら側での出来事はリセットなんかされていない。アロイスは自分の行動、気持ち全てをはっきりと記憶しているし、もう一度繰り返したとしてもなお同じ選択をするに決まっている。だからあの日、アロイスが最後に叫んだ言葉だって未だに残ったままで、どこかで枷となって感情を縛り付けたままだ。
彼岸の日々は穏やかに過ぎる。クロードは執事で、アロイスがその主。元に戻ったかのように見えるパーツ。けれどもう形は変わってしまって、だから上手くは嵌らない。なのに新しく収める場所も容易くは見つからないで、そのズレがこうして表に出ると、心がこすれて軋んだ音を上げる。
(クロードにはそれが分からないのかな)
「旦那さま」
「……なに」
そんな中でかけられた言葉に、気の抜けた返事だけよこす。
「では、来年からに期待してもよろしいでしょうか?」
けれど冷静なままの、いやいっそ穏やかなほどの声がアロイスに顔を上げさせた。
「これからがあるのですから」
目の前にあるのはいつもより冴え冴えとしているようにすら見えるクロードの無表情。そのくせ信じられないことにアロイスをまっすぐ見つめている双眸にはなにやら和やかな(!)色が宿っている。沈んでいた思念が思念だったものだから、しばらくの間はその日常と同じ装いをした言葉の意味が取れないできょとんとしていると、いつの間にか投げ出していたらしい小箱の包装を何のためらいもなく破り捨て、白い小箱の中からさらに箱を取り出した執事がそれを押し付けてきた。勿論実際は先ほどと同じようにそっと手に乗せただけなのだが。
何か言ってやらなければ、と飲み込んだ息は咳き込む形で吐き出された。箱とクロードを何度も見比べて、それでも呼吸は静まらないままだった。やがて最後に言葉が飛び出したのと同時に、
「クロード、お前、あとでおしおきするから」
なぜか、頬が自然と緩んでいき、
作品名:聖夜に彼がほしいもの 作家名:しもてぃ