【APH/海賊パラレル】海賊王と東洋の秘宝(2)【セカ菊・朝
さめざめと涙を流す子供を前に、大人の男どもはどうして良いのか判断がつかなかった。
「……っく……ひっく…」
動かなくなったアントーニョの傍に座り込んで丸くなる小さな背中が、嗚咽の度にしゃくり上げて震える。それを、アーサーは無言で見下ろしていた。甲板からの喧騒は完全に沈静化している。戦いは終わったのだ。
「…あの、アーサー…」
重たい静寂の中、遠慮がちなフランシスの声。立ち尽くす海賊らの間を抜けて、幼馴染船長の斜め後ろに立った。
「―その子、は？」
フランシスの「その」でその場にいる全員の目が、アントーニョの体に寄り添う小さな影に向く。「わかんねぇ」と短く投げやりな応えを受けて、ドアの近くにいたアルフレッドが動いた。
「やっぱりその子が「東洋の秘宝」らしいぞ」
「え？」
「あっちの奴らに聞いた」
アントーニョの船の乗組員の事だ。中海で幅を利かせていた海賊を襲った際に、船内の牢に閉じ込められていたのをアントーニョが保護したと言う。その海賊も、東洋の秘宝の噂を辿り別の海賊船を襲撃してみれば、見つかったのは東洋人の子供―ただの子供なら迷わず奴隷商人か娼館に売り渡すところだが、秘宝の噂を背負っている以上は無碍にできず、扱いに困っていたようだ。
（俺だって困る……）
アーサーはわざとらしい溜め息を、子供の頭上に落とした。
「おーい。そこの黒猫ちゃん」
後ろから、フランシスが声をかける。子供の視線の高さに合わせて腰を屈めて、声色も変えていた。だが自分の事を呼んでいると気付かない子供は、反応を示さない。
「何だそれ」
アーサーが毒づく。猫ちゃん、はフランシスが陸で女を口説く時によく使う言葉だ。
「小さな黒い子猫ちゃーん」
もう一度、呼んでみる。今度は少し簡単な言い方で。
「………」
恐る恐るに小さな頭がこちらを振り向いた。黒い真珠貝のような瞳から、大粒の花珠みたいな涙を零して。
「あら可愛い……」
真正面から子供の顔を見たフランシスが思わず呟く。
「本当だ、可愛いんだぞ！」
アルフレッドがフランシスの隣に並んだ。
「ほらほら、見てみなよアーサー！東洋人の子供って子犬みたいだぞ？」
「俺はガキは嫌いだ」
とりつく島もなく吐き捨て、アーサーは子供に手を伸ばした。
「―あっ…！」
細い腕を取って無理やり持ち上げると、子供はようやく抵抗を見せる。言葉にならない、悲鳴に近い声を上げてアーサーから逃れようと腕を突っ張った。
「ちっ。大人しくしろよ！」
力まかせに引っ張り、子供の顔を自分に向かせた。至近距離から睨み付ける。なるほど、幼馴染二人が言うように、子供の顔は思っていたより整っている。真っ直ぐな艶やかな黒髪、深淵を思わせる黒い瞳、質の良いチーズのような色の肌―全てが相まって一つの骨董品のような美を感じる。
「や…トーニョ！」
子供は、自由な片手を懸命にアントーニョへ伸ばす。
「………」
無性に腹が立った。体の中で臓腑が瞬間的に沸騰するのを、アーサーは自覚していた。
「そいつは死んだ」
自分以外の存在―しかも宿敵の―へ必死で縋る事が許せない。
「おとなしく俺に従え」
低声で命令を吐き出し、子供の腕を掴む掌へアーサーは更に力を込めた。
「ぃっ…ぁ…！」
肉と骨が軋む痛みに子供が泣き顔を歪ませる。フランシスの「アーサー！」と諌める声がしたが、無視した。背けられた小さな顔をこちらに無理やり向かせる。
「ガキはなるべく殺りたくねぇんだよ。後味が悪いからな」
新しい涙が黒い瞳から溢れ出ていたが、アーサーは手を緩めなかった。何でも良い、命乞いでも何でも、自分に懇願する素振りを見せれば離してやるつもりだった。だが、
「トーニョ…、トーニョ…っ」
子供はアーサーから顔を背け、空いた手を尚も遺骸に向けて必死に伸ばす。
「ぇぅ…、うー…っ、―ニョ…！」
嗚咽に変わった声はそれでも、アントーニョを求め続けていた。
「………」
力ずくでも、どうにもならない。
小さな子供の、だが純粋な反抗が、アーサーにそれを知らしめる。
（アーサー…）
フランシスの目に、幼馴染の横顔に焦げ付いたような黒い影が落ちるのが見えた。
「来い」
子供の腕を掴んだまま、アーサーはアントーニョから踵を返した。
「ま、待って、これ」
咄嗟にフランシスはアントーニョの首からスカーフを外し、伸ばされた子供の手に掴ませた。
「………！」
瞬間、黒い瞳が和らぐ。しっかりと小さな手に紅いスカーフを握りこんで、途端おとなしくなった黒髪の子供は、アーサーに引っ張られて船長室を出て行った。
「キク…」
「キク！」
甲板に出ると、一箇所に集められたアントーニョの部下の生き残り達が、一斉に子供を見た。その手に握られているスカーフから、自分達のボスが辿った運命を察知したようだ。
「キャプテン・カークランド！」
一人が、立ち上がる。痩せた初老の男だった。アーサーも何度か目にしたことがある、アントーニョの世話係。
「大人しくしてりゃもう殺さねぇよ。だが貰うもんは貰っていくぜ」
目を合わせず、アーサーは敗者らの脇を通り過ぎようとする。アーサー・カークランドは、戦意を喪失した敵を弄る事はしない。最寄の港町にたどり着けるだけの食料、燃料、そして金を残してやる。目的を逸した行為はただの野蛮な殺戮だ。
「アントーニョ様の願いを叶えてくだされ！」
「……」
老兵の叫びに思わず、アーサーは足を止めた。後悔した。
「キク元気でな！」
「キクを苛めんじゃねぇぞ！」
若い部下達が次々に声を上げる。
「貴様ら静かにしろ！」
アーサーの部下達が諌めようとするが、聞かない。
（何だこれは）
奇妙な空気にアーサーは戸惑う。彼らは、この東洋人の子供をまるでアントーニョの忘れ形見として見ている。アントーニョ自身も、最期の願いはこの子供の事。
（よっぽど「可愛がって」たんだな）
部屋に突入した時、アントーニョが子供に見せていた優しげな表情を思い出し、アーサーは苦笑する。南の海賊王・アントーニョが恋の浮名が多いことでも有名な事を、今さら思い出した。
「どうしようと俺の勝手だろ」
天邪鬼な返ししか思いつかない。今度は乗組員達に向かって手を伸ばす子供の腕を強く引き、アーサーは小さな体を片手に抱え挙げた。船と船を渡す梯子の上で暴れられては困る。
「悪魔！」
「変態！」
「うるせぇ！あいつと一緒にすんな！ガキにゃ菓子でも食わせときゃいいんだろ！！」
鬱陶しい野次へ怒鳴り返せば、何故か更に「人でなし！」と罵られた。彼らの脳裏に「菓子＝炭状のスコーン」が浮かんでいた事は言うまでもなく。
「キャプテン、そのガキは？」
「どうすんスか「それ」」
自分の船に凱旋するや否や、船員たちの好奇心がアーサーの腕の中に納まっている存在へ集中する。それら全てを「後で説明する」と受け流し、アーサーは抱えた「モノ」と共に自室へ向かった。自分の趣味ではない、フランシスが勝手に発注した天蓋付のベッドへ、「それ」を放り投げる。
「そこで大人しくしていろ」
いいな、と言い残し、子供がどんな顔をしていたのか確認せずに部屋を出た。鍵を閉める。ドアの向こうから物音は聞こえてこなかった。
「……っく……ひっく…」
動かなくなったアントーニョの傍に座り込んで丸くなる小さな背中が、嗚咽の度にしゃくり上げて震える。それを、アーサーは無言で見下ろしていた。甲板からの喧騒は完全に沈静化している。戦いは終わったのだ。
「…あの、アーサー…」
重たい静寂の中、遠慮がちなフランシスの声。立ち尽くす海賊らの間を抜けて、幼馴染船長の斜め後ろに立った。
「―その子、は？」
フランシスの「その」でその場にいる全員の目が、アントーニョの体に寄り添う小さな影に向く。「わかんねぇ」と短く投げやりな応えを受けて、ドアの近くにいたアルフレッドが動いた。
「やっぱりその子が「東洋の秘宝」らしいぞ」
「え？」
「あっちの奴らに聞いた」
アントーニョの船の乗組員の事だ。中海で幅を利かせていた海賊を襲った際に、船内の牢に閉じ込められていたのをアントーニョが保護したと言う。その海賊も、東洋の秘宝の噂を辿り別の海賊船を襲撃してみれば、見つかったのは東洋人の子供―ただの子供なら迷わず奴隷商人か娼館に売り渡すところだが、秘宝の噂を背負っている以上は無碍にできず、扱いに困っていたようだ。
（俺だって困る……）
アーサーはわざとらしい溜め息を、子供の頭上に落とした。
「おーい。そこの黒猫ちゃん」
後ろから、フランシスが声をかける。子供の視線の高さに合わせて腰を屈めて、声色も変えていた。だが自分の事を呼んでいると気付かない子供は、反応を示さない。
「何だそれ」
アーサーが毒づく。猫ちゃん、はフランシスが陸で女を口説く時によく使う言葉だ。
「小さな黒い子猫ちゃーん」
もう一度、呼んでみる。今度は少し簡単な言い方で。
「………」
恐る恐るに小さな頭がこちらを振り向いた。黒い真珠貝のような瞳から、大粒の花珠みたいな涙を零して。
「あら可愛い……」
真正面から子供の顔を見たフランシスが思わず呟く。
「本当だ、可愛いんだぞ！」
アルフレッドがフランシスの隣に並んだ。
「ほらほら、見てみなよアーサー！東洋人の子供って子犬みたいだぞ？」
「俺はガキは嫌いだ」
とりつく島もなく吐き捨て、アーサーは子供に手を伸ばした。
「―あっ…！」
細い腕を取って無理やり持ち上げると、子供はようやく抵抗を見せる。言葉にならない、悲鳴に近い声を上げてアーサーから逃れようと腕を突っ張った。
「ちっ。大人しくしろよ！」
力まかせに引っ張り、子供の顔を自分に向かせた。至近距離から睨み付ける。なるほど、幼馴染二人が言うように、子供の顔は思っていたより整っている。真っ直ぐな艶やかな黒髪、深淵を思わせる黒い瞳、質の良いチーズのような色の肌―全てが相まって一つの骨董品のような美を感じる。
「や…トーニョ！」
子供は、自由な片手を懸命にアントーニョへ伸ばす。
「………」
無性に腹が立った。体の中で臓腑が瞬間的に沸騰するのを、アーサーは自覚していた。
「そいつは死んだ」
自分以外の存在―しかも宿敵の―へ必死で縋る事が許せない。
「おとなしく俺に従え」
低声で命令を吐き出し、子供の腕を掴む掌へアーサーは更に力を込めた。
「ぃっ…ぁ…！」
肉と骨が軋む痛みに子供が泣き顔を歪ませる。フランシスの「アーサー！」と諌める声がしたが、無視した。背けられた小さな顔をこちらに無理やり向かせる。
「ガキはなるべく殺りたくねぇんだよ。後味が悪いからな」
新しい涙が黒い瞳から溢れ出ていたが、アーサーは手を緩めなかった。何でも良い、命乞いでも何でも、自分に懇願する素振りを見せれば離してやるつもりだった。だが、
「トーニョ…、トーニョ…っ」
子供はアーサーから顔を背け、空いた手を尚も遺骸に向けて必死に伸ばす。
「ぇぅ…、うー…っ、―ニョ…！」
嗚咽に変わった声はそれでも、アントーニョを求め続けていた。
「………」
力ずくでも、どうにもならない。
小さな子供の、だが純粋な反抗が、アーサーにそれを知らしめる。
（アーサー…）
フランシスの目に、幼馴染の横顔に焦げ付いたような黒い影が落ちるのが見えた。
「来い」
子供の腕を掴んだまま、アーサーはアントーニョから踵を返した。
「ま、待って、これ」
咄嗟にフランシスはアントーニョの首からスカーフを外し、伸ばされた子供の手に掴ませた。
「………！」
瞬間、黒い瞳が和らぐ。しっかりと小さな手に紅いスカーフを握りこんで、途端おとなしくなった黒髪の子供は、アーサーに引っ張られて船長室を出て行った。
「キク…」
「キク！」
甲板に出ると、一箇所に集められたアントーニョの部下の生き残り達が、一斉に子供を見た。その手に握られているスカーフから、自分達のボスが辿った運命を察知したようだ。
「キャプテン・カークランド！」
一人が、立ち上がる。痩せた初老の男だった。アーサーも何度か目にしたことがある、アントーニョの世話係。
「大人しくしてりゃもう殺さねぇよ。だが貰うもんは貰っていくぜ」
目を合わせず、アーサーは敗者らの脇を通り過ぎようとする。アーサー・カークランドは、戦意を喪失した敵を弄る事はしない。最寄の港町にたどり着けるだけの食料、燃料、そして金を残してやる。目的を逸した行為はただの野蛮な殺戮だ。
「アントーニョ様の願いを叶えてくだされ！」
「……」
老兵の叫びに思わず、アーサーは足を止めた。後悔した。
「キク元気でな！」
「キクを苛めんじゃねぇぞ！」
若い部下達が次々に声を上げる。
「貴様ら静かにしろ！」
アーサーの部下達が諌めようとするが、聞かない。
（何だこれは）
奇妙な空気にアーサーは戸惑う。彼らは、この東洋人の子供をまるでアントーニョの忘れ形見として見ている。アントーニョ自身も、最期の願いはこの子供の事。
（よっぽど「可愛がって」たんだな）
部屋に突入した時、アントーニョが子供に見せていた優しげな表情を思い出し、アーサーは苦笑する。南の海賊王・アントーニョが恋の浮名が多いことでも有名な事を、今さら思い出した。
「どうしようと俺の勝手だろ」
天邪鬼な返ししか思いつかない。今度は乗組員達に向かって手を伸ばす子供の腕を強く引き、アーサーは小さな体を片手に抱え挙げた。船と船を渡す梯子の上で暴れられては困る。
「悪魔！」
「変態！」
「うるせぇ！あいつと一緒にすんな！ガキにゃ菓子でも食わせときゃいいんだろ！！」
鬱陶しい野次へ怒鳴り返せば、何故か更に「人でなし！」と罵られた。彼らの脳裏に「菓子＝炭状のスコーン」が浮かんでいた事は言うまでもなく。
「キャプテン、そのガキは？」
「どうすんスか「それ」」
自分の船に凱旋するや否や、船員たちの好奇心がアーサーの腕の中に納まっている存在へ集中する。それら全てを「後で説明する」と受け流し、アーサーは抱えた「モノ」と共に自室へ向かった。自分の趣味ではない、フランシスが勝手に発注した天蓋付のベッドへ、「それ」を放り投げる。
「そこで大人しくしていろ」
いいな、と言い残し、子供がどんな顔をしていたのか確認せずに部屋を出た。鍵を閉める。ドアの向こうから物音は聞こえてこなかった。
作品名：【APH/海賊パラレル】海賊王と東洋の秘宝(2)【セカ菊・朝 作家名：北野ふゆ子