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北野ふゆ子
北野ふゆ子
novelistID. 17748
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【APH/海賊パラレル】海賊王と東洋の秘宝(2)【セカ菊・朝

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 ノックももどかしく、医務室のドアを蹴破って中に入る。デスクで転寝していた初老の船医が文字通り飛び起きた。
「ど、どうしなさった??」
 アーサーが答える以前に、その腕の中にいる子供の様子から一目で状況を判断する。フランシスから、東洋人の子供が食事を拒否しているという話は既に聞いていた。
「まる三日も!?」
 改めて状況を聞いて船医は仰天する。食欲旺盛な年頃の子供が、食料と水を目の前にしながら意識を失うまで抵抗するとは。
「どうすればいい!?」
「そこに寝かせて下され」
「あ、ああ」
 船医の指示に従い、小さな体を寝台に横たえた。慌しい医務室の空気にも、騒がしい声にも、子供は一切の反応を示さない。
 船医はガーゼを取り出すと、そこに水を滴るほどしみ込ませ、子供の乾いた唇を拭いた。
「っ…ふ……」
 ガーゼから垂れた水の雫が口の中へ零れ落ちる。こくり、と嚥下音が聞こえた。
「―飲んだ…のか?」
「よしよし」
 船医はガーゼをゴミ箱に放り、代わりに飲み水を入れた吸い飲みを取る。吸い口を小さな唇に当ててやると、食いつかんばかりに水を飲み始めた。意識は無い。生きる本能がそうさせているのだ。
「けほっ、こふ…」
 嚥下しきれず口から水が零れても、もっととせがんでいる。
「何か食べるものを。柔らかいもので」
「わ、分かった!」
 アーサーは病室を飛び出して厨房に向かう。フランシスが忙しそうに船員らの朝食を作っている最中だった。慌てて飛び込んできたアーサーの注文を聞いて、すぐさまレシピを脳裏にめぐらせる。
「これなら良いと思う!」
 三十秒で用意されたのは、ミルク粥。ちょうどスープの調理用に沸騰させていたミルクに千切ったパンを浸し、砂糖とシナモンで味を調えた簡単なもの。
「すまん!あっつ!」
「あー、ほら、トレイに載せて!スプーンもいるでしょ!」
 フランシスが手際よく用意を済ませ、一緒に医務室へ向かう。子供は目を覚ましていて、船医の手に支えられてベッドに腰掛けて俯いていた。
「黒猫ちゃん!」
「……」
 甘い匂いに気づいて、子供は顔を上げた。黒い双眸が、ぼんやりと前を見る。
「今度こそ食えよ」
 まだ暑い皿を取って、アーサーはミルクを掬ったスプーンを子供の口元へと近づける。子犬のように、子供はすんすんと鼻を動かした。薄く開いた唇の間に、そっとスプーンを差し入れてやると、戸惑いながら液体を嚥下した。
「……!」
 眠たそうな瞳が、ゆっくりと見開く。
「よし、飲んだな、次…」
 二口目を掬うアーサー。スプーンを持つ手に、子供の手が重なった。
「お」
 と驚く間もなく、アーサーの手からスプーンが奪われ。
「はふ…、っ」
 スイッチが入ったようにミルク粥を貪りはじめた。舌を焼いたか、ときどき目端を歪めながら、何度もスプーンに掬ったミルクに息を吹きかける。口の周りが、着ている装束の胸元が、甘いミルクに塗れた。
「ふっ…ぅむ…」
 五分と経たないうちに、ミルクは飲み干される。
「やった!完食!」
「―食った……」
 一滴も残っていない皿を見て、アーサーは不思議な安堵を覚えた。船医も「おぉ」と胸を撫で下ろす。
「ぅ…」
 カラリと床にスプーンが落ちた。
「黒猫ちゃん?」
 フランシスが首を傾げる。
「ぅう……ぁ…」
 子供の膝上に乗せられた皿の上に、雫が二滴、三滴と落ちた。
「…?」
 アーサーは訝しげに目を細める。俯いた子供の肩が細かく震えだした。腹の中から搾り出すような声が漏れて嗚咽になり、
「ぁあああああ…」
 泣き声へと変わった。
「ああああああぁあん」
「ど、どうしたの黒猫ちゃん??口に合わなかったのかな?」
「腹が膨れて安心したんでしょうな」
 泣いている子供の様子に慌てるフランシスと、落ち着いている船医。
「ぅぁあああああん」
 子供は何度もしゃくりあげながら、声を上げて泣き続けた。次から次へと流れ出る涙を、小さな手で拭いながら。
(…違う)
 アーサーは奥歯を噛み締めた。
 この子供が泣いているのは、ミルク粥が美味かったからではない。
 空腹が満たされて安心したからではない。
「……悔しいのか」
 呟かれたアーサーの声は、子供の泣き声にかき消されてフランシス達の耳には届かなかった。
(敵の施しを受けてしまった事が、悔しかったんだろ)
 なんて気位の高い子供だ。
(とんだお姫様だな)
 赤ん坊のように大泣きする子供の姿の中に、何か計り知れないモノが存在している。
「よしよし、泣かないでよ~黒猫ちゃん」
「水を飲むかね」
「……」
 すっかり幼い子供をあやすのに夢中なフランシスと船医の様子を、アーサーは無言で眺めていた。