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無邪気と無自覚(ミラクル☆トレイン新宿×汐留)

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思わせぶりな視線が突き刺さっていることはわかっていた。
 六本木から乗ってきた乗客の少女―愛梨が都庁の奴を父親呼ばわりした瞬間から、なんとなくイヤな予感はしていたんだ。
 その都庁は、六本木と豊島園先輩と共に、少女をつれて遊園地で遊んでいる最中……。
自分も行きたいとわめいていた汐留だったが、そこに自分の出番は無いとわかるや大人しくなり、車内待機となった今は、俺のほうをちらちら伺っている。
 その視線をスルーすべきか否か。少しばかり悩んでいた俺だったが……。
「ねーねー新宿さん。子供ってかわいいよねえ。僕も欲しいなあ」
 とうとう、しびれを切らしたのか向こうから声をかけてきた。
「そうか? ガキはうるさいだけだろ。まあ、かわいい女の子なら歓迎だけどな」
 そう切り返すと、汐留の奴はむうっと頬を膨らませ、
「……新宿さんて、ひょっとしてロリコン?」
 と不貞腐れた。ちょっと待て。
「ロリコンっておまえね……そういう意味では興味は無い。俺は、キレイなお姉さん専門なの」
 子供とどうこうなるなんて考えたこともない。だいたい、犯罪だろ、犯罪。
「えー? でも、愛梨ちゃんのこと、結構本気で口説いていたように見えたけど?」
 こうなると汐留がしつこいことはこれまでの経験で解りきっていた。だから俺は、
「なんだお前、妬いてるのか?」
 と、奴がうろたえそうな切り返しをしたんだ。
「そ、そんなことないよぉ!」
 すると案の定、顔を赤くして否定する。目が泳いでばつが悪そうにしている姿は、結構可愛いと俺も思う。
「ひどいなぁ、もう……」
 俺の何が酷いのかよくわからないが、汐留はぶつぶついいながら俺の横にちょこんと座った。
「ねえ、新宿さん」
「ん、なんだ?」
 少し下の位置から見上げられ、俺は不覚にもドキっとしてしまう。上目遣いは反則じゃないか?
「僕、新宿さんとの間に子供が欲しいな」
 ぼそ、と呟いた言葉に、俺は何も飲んでいないのにむせ返りそうになった。何、言ってんだ!?
「僕がキレイなお姉さんだったら、新宿さんの子供、産めるのに……」
 ぎゅ、と膝の上で握りこぶしを作っている。本気で悔しがっているのか、もしかして……?
「汐留」
 俺は、月島と両国がまったく別の方向を向いていることを確認してから、
「子供を作るにはどうしたらいいか、お前みたいなオコチャマが知ってるのか?」
 ぼそぼそと、耳元に囁きかけた。
「ちょっと、馬鹿にしないでよね。知ってるよそれくらい」
 彼女もいない童貞でも、いっちょまえに性の知識はあるってか……。
「じゃあ、ためしにしてみるか?」
 子作りに必要な手順、ってやつを。
 むすっとしていた汐留は、俺のその言葉にぱぁっと表情を明るくして、
「本当に?」
 目を輝かせた。頬には朱が差しているが、それは照れているというよりも、喜びから来ているように見える。
「ああ、今度な―」
 どこか、二人きりになれる場所を作って―と、考えていたのだが。
「今しよ?」
「はぁ?」
 汐留は、俺の身体にのっかりそうな勢いで身を乗り出して、
「新宿さん、約束忘れたフリしそうだもん。だから、今、して?」
 犬のようにじゃれついた。正気か……ていうか、何気に失礼なこと言ってないか、こいつ……。
「あーあー、おしっこしたくなっちゃったなぁー。トイレ、いってくるねー」
 汐留は、突然大声でそんなことを言って、車掌室とは反対側の車両に向けて駆け出した。おい、待てって。俺はまだここでするなんて……。
「あー……俺も、してくっ……かな……」
 月島は何だか自分の世界に浸っちまってるし、両国はいつの間にか大好きな時代劇のDVDに没頭していて、こちらを気にしている様子すらない。あかりは、姿が見えないから隣の車両か……。抜け出すなら、確かに今しかなさそうだ。
 奴らの視線を浴びることなく、俺は少し遅れて汐留の後を追った。
 もう、どうにでもなれという半ばなげやりな気持ちで。

 ミラクルトレインの中は基本的に通常の大江戸線と同じつくりになっているが、車掌の計らいで簡易トイレが八両目についている。俺たちは駅なのだからそんなものは必要ないとは思いつつ、この電車、何が起こるかわからないからな……。
 汐留を追って車両の移動を繰り返していると、八両目のところに奴が待っていた。
「新宿さんっ」
 奴は待っていましたとばかりに見えない尻尾をぶんぶん振り回しながら俺に抱きついてきた。ガキのくせに妙に積極的なのは何故かと思ったが、愛梨が都庁の奴に抱きついていたのを見て思いついたのかもしれない。俺は、父親じゃないぞ。
「キスして?」
 抱きついていた汐留が、上を向いて口づけを強請ってくる。この、マセガキめ……。
「どうなっても、知らないぞ」
 俺、女専門だったはずなんだけどな。
 そんなことを思いながら、俺は七両目との接続部分を一応確認してから汐留を抱きしめ、キスをしてやった。
「ん……ん」
 唇を合わせながら、俺は手近な座席に腰を下ろした。汐留もついてきて、膝の上に乗る。
「新宿さん……僕、どうなってもいいよ?」
 顔を真っ赤にして、はにかんだ笑顔で告げると、目を閉じてもう一度唇を寄せてきた。
 それを受け止めて、俺は汐留の背中に腕を回した。女みたいな柔らかさは無いが、細身の身体をしていて童顔。それに声もハイトーンでいい匂いもするからか、俺は不覚にも興奮を覚えてしまっている己に内心自嘲した。
 子供相手に、本気になるなんて……ありえないだろう。
「新宿さん、大好き……」
 けれど、汐留は本気で俺のことが好きらしい。以前からそういうアピールを度々されていたから今更驚いたりはしないが、それを思うと心が痛んだ。決して嫌いではないし、少なからず好意だって持っている。しかし、俺が向けられているのと同じくらいの愛情を相手に注げるかと聞かれれば、イエスと断言できないのも事実だ。
 ―本当に、これでいいのか? このまま、こいつと……。
「汐留」
 俺は、反射的にキスを止めて、汐留の肩をそっと掴んで押し戻した。
「えっ……なに?」
 唐突に突き放されたことで、汐留は呆然とした表情で俺を見つめた。戸惑っている……当たり前だよな。
「やっぱり止めよう」
 このままこいつを抱いたら後悔する。相手が男だから嫌だとか、そういうことではなくて。
「えーっ! 何で!?」
案の定、汐留はブーイングを浴びせてきた。予測はしていたが……。
「俺は……お前とのことを、もっと大事にしたいんだ」
「どういうこと?」
 お子様には解らないか……。
「おまえは、俺のことが好きなんだろう?」
「うんっ、大好きだよ」
 にこり、と笑えるその無邪気さ、俺は嫌いじゃない。
「だから、駄目なんだ」
 大して好きでもない相手なら、逆にそういうことが気軽にできたのかもしれない。けれど、俺は……。
「俺が、もっとお前のこと好きになって、抱きたい。って、どうしても抱きしめたいって思えるようになるまで、もう少し待ってくれないか」
 この好意が、愛情に変われば……俺は、こいつのことを抱きしめることができるだろう。
「それじゃ、駄目か……汐留?」