歓喜の歌は己が為に響かせる 前編
Ⅰ
そいつは本当にすごかった。
上級生が止められなかったボールを易々と止めて見せ、たちまちそいつはレギュラー入り。対して俺はまだレギュラーに入れないただの一年部員。
俺のボールはあいつに止められてしまうのだろうか、恐怖した。そして、心の中に炎が宿ったかのように感じた。あいつだけには負けまい。負けちゃいけない。そう思った。
帝国学園の一員となり、初めての二学期も迎え中間テストが終わった頃、学園の中は次の冬休みへの希望で満ち溢れていた。文化部として励む生徒たちは今が正念場のため、夜遅くまで教室からの光が絶えない。サッカー部に所属する俺と言えば、サッカー部には専用の屋内グラウンドがあるためほぼ年中無休で練習ができた。というのも、帝国学園が四十年もの間、中学サッカー界のトップに鎮座している。そのため、学園からの支援は手厚いものがあった。
昼休み時に、生徒が集まる広間を横切る。広間には食堂でランチを食べる生徒でごった返しており、香ばしい匂いが漂っていた。壁には電光掲示板が付けられ、学校行事のことや生徒の呼び出しが液晶画面に映し出されていた。
広間を抜けて食堂、の隣の売店に入る。今日の昼飯を調達しに来たのだ。今日はおにぎりにしようか、パンにしようか。選り好みをしていると、トントンと肩を叩かれた。ん、と顔をそちらに向けるとサッカー部の源田幸次郎がいた。いわゆる、同輩である。
「なんだ、佐久間もお昼を買いに来たのか?」
「来ちゃ悪いのか?」
悪いなんて言ってないさ、と苦笑いする。あまり俺はこの男が得意じゃなかった。部活は同じであるし仲間であるから部活中は仕方ないが、学校生活までこいつと一緒にいたくなかった。しかし、そんな俺の気持ちも察せないのか源田は俺にくっついてきた。
「教室で食べるのか?」
「どこでもいいだろ。」
パンとコーヒーパックを手にレジに向かう。源田はペットボトルを片手に俺の後ろに並ぶ。ちくしょう、レジが並んでいやがる。
「鬼道と一緒に食べるんだ。佐久間もどうかと思って。」
「――食べる。」
得意じゃない――、それはこいつが俺の憧れの人と友人だからだ。
源田幸次郎は俺と同級、つまり中学一年生である。だが、すでに声変わりは終え背丈も伸び放題。サッカー部のゴールキーパーであるから、身体が大きくしっかりしていることは仲間としても歓迎したい。しかし、そのせいでか女子から評判はいい上、本人もいつもにこにこしているような男だ。こういう優男が俺は苦手だし、なんでそう意味もなくにこにこできるのかわからなかった。
信用ならぬのだ。
売店を二人で出た後、エレベーターで上を目指す。教室でも特別教室のフロアも越え、先生たちの控室があるフロアも越えた。ついたのは会議室などがあるフロアだった。まさかそんなに人数がいるところで食うのか、なんて訝しんでいると、会議室、の控室に通された。そこには俺が釣られた人たる鬼道さんがいた。
「佐久間か。」
「こ、こんにちは、鬼道さん。」
「相変わらず硬いな、同級生なのに。」
入口で足を棒のようにしていると、源田に押されて部屋の中に入った。低いテーブルに革張りのソファーが対面するようにあった。鬼道さんに座れと言われ、ソファーに座る。源田は鬼道さんの隣に座った。源田が売店で買ったものをテーブルに広げたので、俺も買ったものをテーブルの上に広げた。
「佐久間はいつも売店で食べているのか?」
「はい、だいたいは売店です。」
それを聴くと鬼道さんは源田に視線を送る。源田はまたにこにこと笑い、ソファーの隣に鞄を置いていたらしく、
その中から重箱を取り出した。
「腹が減っては戦ができぬって言うしな。佐久間も食べろ。」
そう言って源田が箱を開けると色とりどりのおかずが並んでいた。重箱という、10代の生徒には似合わない弁当箱にかかわらず、おかずはグラタンや鶏の唐揚げなどスタンダードなものばかりだった。
「でも、悪い、し――。」
鬼道さんの前だから、源田が相手とは言え悪い口は使えない。
「それを言ったら、俺なんかいつも悪いことになってしまう。」
源田から箸を受け取った鬼道さんは普通のように重箱の中身をつっついた。
「ほら佐久間も!」
またあのにこにこ顔で源田が箸を差し出してくる。鬼道さんも食べるだろ?と言わんばかりにこちらを見てくる。仕方なく、箸を受けとり御馳走になった。 なんだか情けない気持ちになってきた。でも、食べたコロッケが美味しくてそんな気持ちも忘れそうになった。
久しぶりに腹一杯に昼食を食べて、迎えた授業は「音楽」だった。公立の中学生はリコーダーを吹かせられるらしいが、帝国には帝国のカリキュラムが存在し、学年全クラスでオーケストラが組めるよう、それぞれの生徒は好きな楽器を弾くことになる。もとい、教養として生徒たちはもともと何かしらの楽器は弾けて当然だった。そのせいで、家では俺も楽器は弾かせられてきたが俺がその楽器の中で選んだのが「ヴィオラ」だった。とくに好きとか、嫌いとかない。なんとなく、合ったんだ。
一年の中でも何クラスか合同で授業を行う。弦楽器だけで集まり、全員でスケールを弾いてから個々人で課題曲を弾く。俺は一人が好きだからソロを――ではなく、カルテットを組んでそれ用の課題曲を練習していた。合奏であれば、ヴィオラは中で紛れられる。とくに大した動きもなく、目立つこともなく、ただリズムを打ちヴァイオリンを支える。ときたま、隣のチェロと音を合わせて弾くが、チェロは独奏曲がいくつもあるような楽器だ。ヴィオラほど目立たないということはない。
そういうところは気に入っていた。
授業を終えて、音楽室から出るために教科書と楽器の入ったケースを抱えると音楽教師が傍らにいた。
「放課後、音楽講師控室に来なさい。」
「すみません、部活があるのでお話があるのなら、明日の昼間にしていただけませんか?」
普通の生徒ならこんな意見の申し立てはできない。帝国学園の覇権を知らしめるサッカー部に属し、且つサッカー部に貢献している者は教師も越える権限、とまでは行かないが意見のしようはあった。
「影山総帥には許可を頂いている。安心して来なさい。」
総帥が許可を……?胸に抱いた疑問を口にする前に先生が先に去ってしまった。入れ違いに隣の教室にいたのであろう辺見がやってきた。同じサッカー部、同じクラス、
ただ音楽に関して辺見は管楽器を選んでいたため、教室が別だった。
「佐久間、お前何かしたのか?」
「何も?」
その後、とくに大した会話はしなかったものの辺見は昼食を食べすぎたのか、吐きそうだと言っていた。次の授業が音楽で、しかもお前は吹く楽器ということは重々わかっているはずなんだ。自業自得というものだ。
もう一時間、授業をしている最中、鬼道さんに部活を欠席することを告げた方がいいだろうかと考えつつ、総帥がすでに知っているのであれば問題ないのだろうかと悶々と考えていた。結局、辺見が「俺に任せろ」というので任せてしまったが。
すぐにでも部活に迎えるように準備だけは怠らず音楽室の隣にある音楽講師控室まで持ってきた。ため息を一つ吐いて、ノックをすると音楽教師の声がした。
作品名:歓喜の歌は己が為に響かせる 前編 作家名:さらんらっぷ