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さらんらっぷ
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歓喜の歌は己が為に響かせる 前編

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 中に入ると、帝国学園には相応しくない乱れた部屋の様子がありありと目に飛び込んできた。机の上には楽譜が大量に積まれ、修理途中なのか何なのか解体されたヴァイオリンまで床に置かれ、引き出しの中からは切れたときのためであろう弦の入った袋がこれでもかと突っ込まれていた。もっと楽器を大切にしろよと突っ込みを入れたくなるが、不思議なことに埃がなかった。掃除する暇もないくらい、常にモノが動かされているのだろう。
「ああ、すまないな散らかっていて。こっちに、ソファーに座ってくれ。」
モノを避けながら奥の応接用のソファーを目指す。机の上には楽譜と淹れたばかりらしい紅茶が用意されていた。
「賄賂だ。適当に飲んでてくれ。」
教師がそんな言葉を使っていいのだろうか。しかし、一向に教師がこちらに来る様子もなく手持無沙汰になって紅茶を二口ほど飲んだ。
「待たせた。」
「手短にお願いします。」
「ああ。十二月二十四日のイベントは知っているか?」
「いいえ――。」
ぺらりと教師は一枚の紙を差し出してきた。
「帝国学園は毎年、年末になると第九の演奏会を行っている。外部に向けたパフォーマンス的なものだ。音楽部が主体だが、一般の生徒たちからの参加も募集している。本来は二年生から参加できるが、私としては佐久間君にも参加して欲しいと思っている。」
「ありがたいお話ですが、俺には……。」
「もちろん、サッカー部のことは知っている。君が一年生にして既にフォワードとして活躍していることも。帝国学園の誇りだ。だが、帝国学園の生徒であるなら文武両道であることもまた求められる。今回のことは影山総帥にも許可を頂いている。」
「まさか、話合いだけじゃなくて、そのイベントの参加にも?」
「そうだ。総帥も喜んでくれていた。優秀なプレーヤーであると同時に、優秀な演奏者である。これほど多才で魅力的な人材はいない。是非、考えてみてくれ。返事は今月末まで、私が聴きに行く。」
そして机の上にあった楽譜も渡され、訴えかけるような瞳で俺を直視した。断るに断らせてもらえないような力強さに圧倒され、楽譜を握った手が解けないまま、部屋を後にしてしまった。
 Sinfonie Nr. 9 d-moll op. 125――クラシック音楽の中でも頂点に立っていると言っても過言ではない、この大曲。ご丁寧にも製本済みのヴィオラ用の楽譜が重たい。早く部活動に行くつもりだったのに、足がどうにもこうにも重く、無音の廊下が余計に拍車をかけてきた。