歓喜の歌は己が為に響かせる 前編
音楽部も朝練と昼練がある。それだけでもいい。」
「わかりました。」
教師の部屋を後にしたあと、音楽部の部室を覗きに行くと賑やかな音が微かに漏れていた。ガラス越しに伺うと、パートごとに練習をしているようでヴァイオリンが曲を合わせている様子が見れた。そのパートのトップであろう女生徒がピッチの歪みを指摘し、弓の使い方を指導していた。すると、その生徒と目があった。驚くこともなく、そらすこともなく、いるとその生徒が練習を他の生徒に任せ、部室から出てきた。
「何か御用ですか?」
「いや、見学に。」
「近くで見ます?」
「遠慮しておく。」
教室に帰ろうと踵を返すと、腕をつかまれて止められた。
「佐久間君、ですよね?サッカー部の。」
「ああ。」
「先生から話は聞いています。もしかして、演奏会に参加なさってくださるのですか?」
「先ほど、そう返事してきた。」
女生徒は花のように笑い、俺に握手を求めた。
「よろしくお願いします、歓迎いたします。ところで、楽器は何を?」
「ヴィオラだ。」
「でしたら部室の奥で練習しています。見学なさいませんか?」
「いや、今日は遠慮しておくよ。では。」
女生徒は最後にまたよろしくお願いします、と挨拶をして俺と別れた。多分、三年生だ。随分と腰の低い三年生だった。
教室に戻ると辺見だけが教室にいた。
「お前遅いぞ!もう他の連中は移動しちまったぞ。」
「悪ぃ……。」
移動教室のためすぐ移動できるように、俺の教科書や筆記用具も辺見が用意してくれたようだ。それを持って、行こうとすると辺見が呆けた顔でこちらを見てきた。
「どうした?一段とデコがテカってるぞ。」
「――今ので安心したよ。お前が悪ぃ……なんと素直に謝るなんて思わなかったから。」
あの腰の低い三年生に中てられたのかもしれない。辺見にまで優しい言葉を使ってしまった。なんだかむずむずして仕方なかったから、辺見の尻に一発蹴りをいれた。
「ちくしょー!安心したなんて言った俺がバカだった!」
「おお、お前はバカだ。バカのくせによく自分がわかってるじゃないか。」
なんていうと殊更、こいつはつっこんでくるのだ。それがイジられる原因だとわかっていないのだろうか。
ケラケラと笑って、人が少なくなってしまった廊下を急ぎ足で歩いた。
作品名:歓喜の歌は己が為に響かせる 前編 作家名:さらんらっぷ