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スノウグローブ

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「……で?」
やがて、天井へ両手を突き出している姿勢にも疲れたのか、黒田がころりと身を反転させる。ふわふわとした枕へ顎先を埋めるように身を凭せると、互いの頭の間へとスノーグローブをそっと置いた。
「なにが疑問だったんだ?」
「ん、大したことじゃないんだ。本当に些細な疑問でね」
それでも見飽きることがないのか、上掛けの隙間から片手を伸ばし、指先でつついて転がしている。それを顔だけ傾け、杉江はゆらゆらと揺れるツリーと子供とを視線で追った。
足下にもこもこと造形された雪原に跪き、周囲に溶け込むような白いワンピースを着ている。ということは、子供は少女なのだろうか。
なんであれ、わざわざこんな粉雪の舞い飛ぶような中になぜ、こんな薄着でいるのか。ぼんやりと考えていると、傍らで黒田が空気を多く含んだような声を出す。
「だから…‥ンだよ」
尋ねる語尾がどこかとろけていた。快適な暖かさの布団の中、一仕事終えた風呂上がりで体の芯まで温まって、もう眠さも限界まで来ているようだ。スノーグローブから視線を移せば、存外長い睫をゆっくりと重たげに上下させ黒田が眠たげに瞬きを繰り返している。それでも、問いを繰り返す黒田に杉江は 言ったら怒るかも、と小さく笑い幼い頃からの疑問というものを口にする。
「この、さスノーグローブの中の子、なにをお祈りしてるのかな、って……」
雪原の中、薄いワンピースを一枚身につけたなり、ツリーに向かってひざまずく子供はなにを祈っているのか。
「あと、さ。よく映画で小さな子供が夜、神様にお祈りをしてるじゃないか。そういうの見るたびにいつも思うんだ」
こんな小さな子供のうちから、神様に懺悔しなければいけないのだろうか。自分たちは産まれたときから誰かに許して貰わないといけないほど、罪深い存在なのだろうか、と。幼い頃から可愛げのない子供だった杉江はスノーグローブの中の少女を見るたびに、どこか諦念に近い感情で考えていた。
産まれた瞬間から始まる贖罪。そう思って見つめると、枕元にひっそりと転がる球体の雪原の子供はとても孤独で寒々しい。
「んー……わかんねえけどよぅ」
可哀想に。孤独な少女を見つめ益体もないことを考えていた杉江に、くわっと欠伸の音を立てて、黒田がふやけた声で呟いた。転がるスノーグローブを男の手が慈しむように撫でる。
「こっちの子供はさ、単純に『サンタさんいい子にしてますからクリスマスに来てください』とかお祈りしてるんだろ。 映画のだって今日が楽しかったから、明日もいい日でありますように、とか、祈ってるんじゃねェの? お前だって経験あるだろーがよ」
なにが疑問だよ。
声を立てず、口元だけでゆるゆると笑う黒田の至極単純な答えに、杉江は目を見開いた。
「いい子にしていているから?」
黒田の言葉を繰り返し、唐突に思い出す。
まだ幼い頃のクリスマスの日、家族で外食をした席で杉江は両親からプレゼントを渡された。わくわくと包みを開いた中にあったのはこのスノーグローブで。きらきらとした球の中のツリーと少女を熱心に見つめる幼い杉江に母が いい子にしていたからサンタさんがプレゼントをくれたのよ、と笑いながら言った。
「そっか…‥これ、両親のクリスマスプレゼントだったんだ」
成長していつしかサンタクロースの存在を信じなくなってからはすっかりと忘れてしまっていたけれど、確かにしばらくは母の言葉を盲信していい子であろうとしていた記憶も思い出す。
懐かしさとともに、ふわんと温かな感情が胸に広がる。
「……そっか」
ならば、スノーグローブの子供も、彼女の親からそんな風に聞かされて祈っているのだろうか。そう考えると、黒田の手に転がされゆらゆらと舞い上がる粉雪も温かそうに見えてくる。
その温もりはきっと、今、手を伸ばせば触れるこのあたたかさと同じ温度で。
「そうなんだ」
「……わっ!」
杉江はすぐ側にある恋人の体へと手を伸べると、引き寄せた。うつつと夢の間を行き来する黒田の体はすっかりと弛緩しきっていて存外簡単にころりと杉江の元へと転がる。
「もう、今夜はしねーかんな。お前しつけーから、へとへとなんだよ」
不意な杉江の行動に、先ほどまでの淫ら事を思い出したのだろう。腕の中、胸の上へ胸を重ねるように抱き締められた黒田は軽く起こした体を強張らせ、やんわりと杉江を睨み低い声で呟く。
「うん。もう今夜はしないよ」
これ以上はね。
その尖らせた唇が可愛くて、杉江は黒田の唇に口付け軽く食む。
「おっ、い!」
軽く口付けを繰り返し、滑らかな肌に鼻先を擦り寄せる。抱き締める体はぽかぽかと温かく、黒田は清潔な石鹸の香りがした。優しい幸せの香りに杉江は ああ、と吐息を漏らす。
「ああ……」
今日が楽しかったから、明日もいい日でありますように、とか、祈ってるんじゃねェの? 黒田の言葉が耳の底に繰り返される。
愛しい恋人と、こうして温もりを分け合う幸せな時間。これが、明日も続くのならば。
「確かに今なら、神様にお祈りをしたい気持ちだ」
明日も明後日もずっとずっと、腕の中の恋人とともに。
作品名:スノウグローブ 作家名:ネジ