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【ときメモGS】愛と友、その関係式【一話目】

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プロローグ
<予感>

 鈴鹿が随分前から”その事”を予感していたのだと改めて知ったのは学校の中庭でのことだ。
 高校二年に進級して直ぐの春。中庭には季節の花の匂いが立ちこめていて、何かに酔いそうな柔らかい日差し。――とても麗らかな正午過ぎ。
「姫条くん!」
 鈴鹿と談笑していた相手を呼ぶ、ぴんと張りつめた緊張と少しだけ弾んでいる声。
 振り返らなくても声の主を鈴鹿は理解した。
「おぉ」
 姫条は声の主に手をあげた。浅黒い肌にきらりと白い歯が光り、高校二年とは思えないほどの落ち着き払ったオーラで、鈴鹿とはある意味で真反対にいる男。
 姫条とワンテンポ遅れて鈴鹿は声の主へ振り返る。
「あれ? 鈴鹿?」
 声の主は目を丸くした。鈴鹿は思わず苦笑いを零す。
「すっげぇ間抜け面」
「ひどい」
 声の主――赤髪を肩まで伸ばした同い年の少女はイーッと歯をくいしばった。と、数コンマおいてハッとした少女はたたずまいを慌てて戻すと、しゃんと背を伸ばす。
 見上げたのは姫条だった。
「こ、こんにちは! イイオテンキだよね」
 少女はあらかさまに肩に力の入った様子で、当たり障りのない挨拶を慎重に選んで喋っている。
「ああ、いい天気だな」
 鈴鹿は”解っていて”、会話に横槍を入れた。
「鈴鹿に聞いたんじゃない!」
 むくれる少女。あーはいはいと、耳の裏を小指でかきながら悪びれない様子で笑う鈴鹿。そんな二人を見て、姫条は楽しそうに笑った。
 
 ――そう。たとえば、こんな何気ない会話の端々に息をひそめていた危険。
 何処かで気づいていた焦燥感の正体は不安というなの予感だった。だがしかし、予感は確信にまでは至らなかった。何故ならば、認めたくなかったからだ。そして、認めたくなかったのは予感があったからこそ。
 結局、不安だけが募って予感は直前まで何の役にもたつことはなかった。
 認めたくなかったことは、いつかは認めなければならない。それは認める反対が無でしかないからだ。つまり、有ることを無かったことにするしかない。しかし、それには有ることを認めなければならない。そして、有るからこそ消すのだ。見えなくするために。
 
「私ね」
 あの春の中庭での会から数週間後。鈴鹿は少女に呼び出された夕焼けの砂浜で、予感の正体を確信した。
 少女は好きな人がいるという。それは”姫条まどか”。鈴鹿の友人、中庭で話した浅黒い肌の男だった。
 心臓の音がやけに早く鳴った。
 自分はどう動かなければならないか? 深く考え込むのは苦手だったが、鈴鹿はなるべく早く結論を出そうと考える。
 少女を傷つけたくない。でも、応援しようと素直に思えない。どうしてか?
 そして、ようやく予感の正体を、認めたくなかったことの本質を鈴鹿は知る。
 認めたくなかったこととは少女が恋をしているということじゃない。他ならぬ、自分自身が少女に恋をしていたということだった。
 それは鈴鹿にとっては青天のへきれきで、初めて知る感情にもてあましつつ、気恥ずかしさと妙な感動を覚えた。しかし、それは数秒で水泡と帰し、追い立てるように焦りが生まれた。
 恋慕が一方的だと直ぐに気づいたからだ。受けとめる先がなければ、それは困惑でしかないのだろうと察するのは難しくない。いま言えば、きっと少女は困った顔を浮かべるだろう。そして、二度と友達としても接してくれないかもしれない。
 自分ですら知らなかった自分の感情を、少女が知るはずなんてない。だから、少女に自分の気持ちを察してくれなどとも思えなかった。
 もしかしたら、それは一時的な逃げだったのかもしれない。それでも、鈴鹿にはそれだけしか答はなかった。
「こういうのガラじゃねぇけどよ」
 心臓の音がやけにうるさかった。こんな大嘘を真顔でいうのは初めてだからなのかもしれない。誤魔化すように笑った。いつしか、波の音に心臓の音が消されていた。
「お、応援するっつーか……あぁ、がんばれよ。なぁ、美奈子」
 美奈子と呼ばれた少女は、嬉しそうに微笑む。夕風が、美奈子の赤髪をさらりと撫でていった。