【ときメモGS】愛と友、その関係式【一話目】
前を見つめると、仕事場へ張り切って足を踏み出した。
その日は何のトラブルも予想外の忙しさもなく、仕事は滞りなく終わった。
「お疲れ様です」
美奈子がタイムカードを押して外へ出ると、既に用意し終わった姫条が待っていた。駆け足で姫条に走り寄る。
「ごめんね。……待った?」
「いいや。俺も今でてきたとこやで。……ほな、いこか?」
姫条は美奈子が頷くのを待って歩き出した。
もう外はすっかり深夜で、人通りも疎らななかを姫条と美奈子は街灯の明かりを頼りに帰路へつく。
夏の夜風は、ほんの少しぬるくて、ほんの少しだけ肌にまとわりついてくる嫌な風だ。それでも、美奈子は姫条と他愛も無い会話を交わしながら帰る夜道が最高に幸せだった。
楽しい時間はあっという間だというが、本当にそうだ。
美奈子が気づくと、何時の間にか家の前。まだまだ話したりないし、もっともっと傍で見ていたい。そういっても、わがままが言えるはずもなく、美奈子は行儀よく微笑んだ。
「姫条くん。今日はありがとう」
「いや、ええって」
当たり前に姫条も聞き分けよく、さようならの片手をあげた。
美奈子にしてみれば、それは少しだけ。とても身勝手なのだが、少しだけ寂しいことだった。
ほんの少しでも名残惜しんでくれたらな、なんて夢を見る。それでも、自分から行動を起こす勇気が出ない美奈子は、姫条と同じように片手を上げた。
と、――願いが叶ったのだろうか?
踵を返した姫条が、後ろ背に顔だけ美奈子に振り返った。いやに真剣な顔だ。
「なぁ、美奈子ちゃん」
「な、なに?」
少しドギマギしながら美奈子が答えるが、姫条はう〜んと唸って首を横に振る。
「やっぱ、なんでもない。花火大会、楽しみにしとるから」
「あ、うん」
何だか拍子抜けして、美奈子は脱力する。
「ほな」
知ってか知らずか、姫条はうってかわって爽やかに笑うと今度こそ帰っていった。
遠くなる背中を見送ってから、そぉっと家に入る。一応、家には電話をしたが時間が時間だ。大きな音を立てるべきではないだろう。それと、何故だか家族にたいして後ろめたい気持ちもあった。それは思春期のあれだろう。
鍵をかちゃりと静かに下ろしチェーンをつける。靴を脱ぎながら玄関上がり框(かまち)へ足をかけ、と。ふいに小さな影は美奈子を覆った。
「姉ちゃん、いま何時だと思ってんだ?」
見上げると、そこには仁王立ちする美奈子の弟――尽の姿。美奈子はペコリと頭を下げる。
「ごめん、バイトを急に頼まれて。って、尽こそ今何時だと思ってるの。小学生はもう寝る時間でしょ?」
「ちぇ、子供扱いするなよな。おれは姉ちゃんに教えてときことがあって待ってたってのに」
意味深な尽の発言に、美奈子は目を丸くする。
尽は眉根を寄せて、苦々しい顔をしてみせた。どうやら、良いことではないらしい。
「最近さ、葉月と何かなかった?」
「葉月くん?……ううん、何も?」
突然出てきた名前に、美奈子は首を傾げた。
フルネーム、葉月珪。葉月も美奈子と同じ学年で、大体が万能でモデルもやっているスーパー高校生だ。美奈子と一見は接点のなさそうな彼だが、実は入学式以来の友人である。
美奈子は最近の出来事で葉月に関する記憶を探ってみた。が、特に何かあったわけではない。むしろ、部活だ合宿だ補習だバイトだとまともに話せなていない気さえする。
「本当に?」
尽が美奈子の顔を覗き込む。やけに真剣な眼差しだ。
何故か視線が責められているようで、胸が痛い。それでも、心当たりはないのだ。仕方無い、美奈子は頷くしかなかった。
「そっか。ならいいよ」
一転、尽は背を向けると歩き出す。美奈子は慌てて後を追う。
「何よ。気になるじゃない。はっきり、言いなさい」
尽はピタリと止まって振り返る。
「いや……今日さ、葉月に姉ちゃんのこときかれて。”何してる”とか、そんなの。で、そのときの顔が結構深刻そうだったんだよね。てっきり、姉ちゃんが何かしでかしたんだと思ったんだけど」
「何もしてないよ?」
「だから、ないならいいじゃん。それだけだよ」
尽は言うと、階段を上って二階にある自室へ戻っていった。
「もう。なんなのよ」
尽の態度に腑に落ちないものを感じながら、美奈子も尽と同じく二階の自室へ帰る。扉を閉めると、母の夕飯を知らせる声が聞こえた。返事をしながら、ベットへ鞄を放った。
ガラス窓へ近づいて閉まっているカーテンを開ける。外は月明かり。小さな星がきらめていた。いつも通う学園へ顔を向ける。目を凝らしてみても見えるわけがない。だけども、美奈子のお気に入りの場所である学園の教会のステンドグラスは今も月明かりで輝いているのだろうと想像できた。
葉月のことが今一度頭を過ぎる。
きっと尽が意味ありげに言ったせいもあるだろう。葉月と出会った場所が教会だったせいもあるかもしれない。
”必ず迎えにくるから。約束――”
「――っ」
不意に美奈子のこめかみ辺りに鈍痛が走った。そして、例えようのない喪失感に襲われた。
何処か悲しい。何処か寂しい。
(私は何かを裏切っている?)
魔が差すみたいに、ふとそんな気がした。
そして、ほんの少しだけ胸が痛む。それは罪悪感に似ていた。
<二話目へ続>
作品名:【ときメモGS】愛と友、その関係式【一話目】 作家名:花子