覚悟しなさいっ!
「でねっ!苦労してそこまでいったのにさ、サンタクロースって何人もいるんだよ!ありえなくない?普通サンタさんって一人でしょ?」
「いや分担作業くらいさせてあげましょうよ」
「もう俺は悟ったね、ここのサンタじゃ俺の願いを聞き入れてくれないと!それで俺はそのままフランスに飛んで」
「え?ちょっと、臨也さん何してるんですか。僕も一緒に行きたかったヨーロッパ横断」
「遊びじゃないんだよ帝人君、俺は真剣なの!」
だんっ!とテーブルに拳を叩きつけて臨也は、仕事に疲れた中年男性のごとく深いため息をつき、額に手を当てて険しい顔をした。フィンランドに真剣にサンタを探しに行く、というのが許されるのは中学生までのような気がする。だが臨也は中二病なのである意味セーフなのかもしれない。帝人はそんなことを思いながら、カップスープをすすった。テーブルの上には臨也お手製のオムライスがあり、ちょっと遅い朝食をとりつつ、臨也の話はまだ続くよどこまでも。
「それでフランスで何してきたんですか・・・?」
「浮気はしてないからね!俺の心は帝人君のものであり、帝人君こそ俺の太陽俺の嫁俺の旦那様」
「絶望した!嫁と言い切ってくれない臨也さんに絶望した!」
「だ、だって帝人君時々すごいかっこいいんだもん!とにかく、俺はフランスに飛んで、フランスの有名なパティシエって人に会って、ちょっと交渉を」
「パティシエ!?」
え、ちょっと待って。話の先が見えない。
まさかこの人、金に物言わせてケーキ特注したとか?いやそれなら嬉しいけどでも、海外から食品は持ち込めないんじゃなかったっけ?と混乱する帝人に、臨也は得意げに胸を張った。
「一週間みっちり特訓つけてもらったの!」
えっへん。
という効果音が聞こえた気がした。そしてしばらくの沈黙。
帝人は臨也の言いたいことを、正確に読み取る。要するに『偉い?偉い?ねえ俺偉い?褒めてもいいんだよ?むしろ帝人君に褒めて欲しくてがんばっちゃったもんね!』と言っている。これは自信があるぞ。
しかし、特訓ってなんぞ。
え?まさか・・・。
「臨也さんが、ケーキを、作るんですか?」
恐る恐る、口にした帝人の言葉を、臨也は勢いよく肯定する。
「やっぱりほら、昨今の市販のケーキなんてどんな化学物質入ってるかわかんないし、手作りケーキだって誰の怨念がこもってないとも限らないし!」
「いやそんなまさか!」
「そしたら有名どころに特注しようかとも考えたけど、よくよく考えたら帝人君が俺以外の誰かが作ったケーキを美味しいと食べるのも悔しいし!」
「そこで悔しがっちゃうんだ!?」
「じゃあ俺が作るしかないけど、ケーキなんか作ったこと無いからてこずっちゃった!」
てへっと笑った臨也に、もはやどこからつっこめばいいのか。っていうか普通にケーキ作りの特訓をするだけなら国内でもできるだろう。なぜわざわざフランスで修行する。
「えっと、じゃあなんでフィンランドに?」
「お菓子作りの才能を貰おうと思って」
「それでなんでフランスに!?」
「やっぱり本場で修行するほうがかっこよくない?ヨーロッパで料理って行ったらフランスでしょ?」
俺は拘る男だからね!ともう一度胸を張った臨也に、帝人は言いいたいことをぐっとこらえて、もう一度尋ねた。
「で、一週間の修行で、フィンランド行ったことも加味しても、まだ時間が余るんじゃないですか?」
「それがさ!フランスで修行したのと同じ材料がなかなかなくて!探し回って必死に買ってきたんだよねー!でも大丈夫、今朝早くに帰宅して、一生懸命作ったケーキは今冷蔵庫に入ってるから!帝人君に美味しいって言わせて見せるよ!」
「・・・それで、二週間ですか」
「二週間もたっちゃった。クリスマスに間に合ってよかったよ」
ぎりぎりセーフ、と笑った臨也に。
帝人はとうとうぶちきれるのだった。
「いいえ、ぎりぎりアウトです臨也さん。歯ぁ食いしばれ」
ぐっと固めた拳を、椅子に座っている臨也の頭部に、垂直にごっつんと振り下ろす。ぐはっ、とうめいた臨也が涙目で何か言う前に、帝人スマイルは真冬のブリザードのごとく冷え冷えと。
「百歩譲って僕のためと言うところは評価しましょう。ええ、それはいいですよ。美味しいケーキが食べられるのなら僕だって嬉しいですし臨也さん良い子って褒めてもいいです、それだけならね」
「帝人君・・・っ!?」
「でもそのために二週間も連絡もよこさず、いなくなるってどうなんですか!?クリスマスは今日始まるんじゃないんですよ!クリスマスイブからが戦場なんです!リア充としてのアイデンティティの崩壊ですよ!」
「え、あの、帝人く、」
「クリスマスイブとクリスマスは、二日続けて恋人同士の重大イベントなんです!どちらか片方だけ祝うっていうのはバカップルとして失格です!つまり臨也さんは僕を傷つけたので、謝罪と賠償を要求します!」
ダンッ!
今度は帝人の拳がテーブルを叩く。派手な音にびくりとしつつ、相当怒っているらしい帝人に、どうフォローを入れようか三秒迷って、そして迷っているうちに帝人が臨也の服の胸倉を掴んだ。
「み、帝人君落ち着いて、穏便に!ここは一つ俺の話を・・・!」
慌ててそんなことをわめきだした臨也に、帝人は胸倉を掴んだままそっと表情を曇らせて。
「寂しかったです、臨也さん」
きゅん。
比喩でなく、臨也は心がそんな音を立てるのを聞いた。え、何いつも超カッコイイ帝人君が、なんか今日はすごく可愛い。いや、いつも可愛いんだけど、いつもより可愛さ五割り増しって感じだ。どんな奇跡。そうかこれがクリスマスマジックってやつか。
胸倉をつかまれたままで可愛いも何もあるまい、とここに第三者がいたなら冷静に突っ込んだかもしれないが、あいにくとここは二人のお城、バカップルの愛の巣なわけで。
「お、俺も寂しかったよ!」
ガタンと立ち上がった臨也は顔を真っ赤にしながら帝人の手を握り締める。
ここでキスの一つもできるような甲斐性があるならば、帝人も楽なのだが、そうもいかないのが折原臨也である。それでも精一杯の頑張りを見せて、ぎゅーっと帝人を抱きしめた。
まあ、臨也さんにしては合格点だな、と判断した帝人は胸倉を掴むことをやめて、素直に抱きつき返す。なんだかんだで、結構心配していたので、無事に帰ってきてくれてよかったなとも思うし。
とりあえず今は。
臨也が作ったとか言うケーキは、全部あーんで食べさせてやろう、それから膝枕で耳掃除をしてあげて、今日中にキス100回の刑に処す。きっと恥ずかしがってのた打ち回るに違いないけど、真っ赤に染まる耳を見るのも二週間ぶりなので。
容赦なんかしてやるつもりは無いのである。
とりあえず、と目の前にあった臨也の耳をぺろりと舐めたら、ぎゃあ!と派手な悲鳴が上がったけれど、そんなのは無視だ、無視。
「臨也さん、今日一日いちゃいちゃしましょうね、痛々しいくらい」
「え、それってどうなの帝人君。俺恥ずかしくて溶けちゃうよ?」
「逃げたら刺します。ボールペンで」
「がんばります!」