雨 The rain and my foolish pain
「ルカちゃん、具合はもういいの!?」
階段を下りる音に、マスターのお母さんが一階のリビングから顔を上げて驚きの表情と声を見せた。私はマスターのお母さんの元へ向かってから、ええ、と苦笑する。
「故障の原因はわかったので、もう大丈夫です。あとは修復できます」
「修復?」
「はい。できればマスターのお母さんにもお手伝いしていただきたいのですが、いいですか?」
「もちろん。私にできることなら」
快諾するマスターのお母さんの声と、雨音をバックに私は意識を研ぎ澄ませる。夢から覚めてから、素晴らしいほどに身体の調子がいい。オールグリーン。オールクリア。
「ありがとうございます。それでは、自己修復プログラムを開始します。マスターのお母さん」
「ええ」
「歌を、何でもいいので歌を一曲下さい」
「え?」
拍子抜けた顔に、いたずらっこのようににっこりと微笑む。
「歌?」
「歌です。知っていました? 私ハウスロイドというのは仮の姿で、実はボーカロイドという、歌を歌うアプリケーションなのです」
「それは勿論、ええ」
「そして私はマスターのお母さんのパソコンにインストールされていますから、マスターのお母さんも私に歌を教えられるのです。マスターのお母さんも、マスターなんですよ」
「でも、操作だなんてそんな難しいこと」
「大丈夫です。歌って簡単なものですから」
マスターが作る歌はきっと、マスターのような歌になるだろう。花のような瑞々しさと、伸びやかな音が散りばめられた、愛くるしくてたまに切ない歌。
そんな歌を歌いこなせるようになりたい、と思ったのだ。
微笑む私に、マスターのお母さんが表情を崩す。マスターが家に帰ってきた日、マスターの驚く表情を想像すれば、それは非常に愉快なことだった。
「……じゃあ、やりましょうか」
「お願いします、マイマスター」
作品名:雨 The rain and my foolish pain 作家名:つえり