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或るソネット

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Matthew:或るソネット


*歴史についての捏造アリです。

 貴方のことを愛してました。
「僕は貴方を買い被り過ぎていたと思います」
 彼はゆっくりと静かに最後の煙草を消して微笑った。
 夜が明けるというのに外は明るくならず少しずつ暗雲が立ち込めてきている。
 恐らく、正午までには雨が降り出すのだろう。
「そうかもしれないな」
 それは温かな夢だった。
 もうここには屍しか転がっていない。
「僕はここで戦います」
 この場所だけは守らなければならない。
「だけど長引けばそれはそれで不幸なことだよ。引き際を見失ってるだろ?」
 泥沼になった戦いはそこまで追い詰められている。そんなことは僕だってあの人だって解っているけれど今更引くわけにはいけない。
 喪ってしまったらもうそれは取り返しがつかないんだ。
「世界が壊れる前に俺は止めさせなきゃいけない」
「それが貴方の役割だと?」
「俺にしかできないでしょ?」
 回りだした運命の歯車はどんなに足掻いても止められないのであれば、回し切ってしまうしかない。
「仕方ないよ、俺達は国なんだ」
「僕はあの人の一部です」
 フランシスさんは緩く頭を振って泣きそうに顔を歪めて僕の頬を撫でた。それは昔、まだあの人の下へと移る前にされたような慈愛に満ちた父の仕草だった。
「いつか、解るよ。マシュー」
 こうしてお前が生まれた以上、もう一つの存在では在れないのだということを。

 そして一つでないことはけして絶望ではないのだということを。



 本日の空はこれからくる夏の気配を十分に感じさせる晴天。
「よっ、と」
 軽い掛け声とともに両手一杯に抱えた食材そのままにドアを体で空けるとお行儀悪く足で閉めた。室内はしんし静まり返り人の気配がない。
「おーい、坊ちゃん」
 通りしなにキッチンに荷物達を置き、奥に続くドアから二階へ上がった。
 正面のマホガニーの扉をノックと同時に開くとベッドの上の住人はのろのろと体を起こすところだった。
「いいよ、寝てなって。熱下がった?」
 一段と痩せた背中に手を添えて再び横たわらせると額と額を押し付ける。
 俺も熱があるから解らない程度には下がったみたいだ。
 先の戦争に費やした損害は甚大でただでさえ精神的に参ってるところにこの経済情勢の悪化は随分堪えた。
「…お前だって具合悪いのにわざわざくんなよ、ばかぁ」
 掠れた小さな声がぼそぼそと枕に吸い込まれる。
「そういう訳には行きません。これはお兄さんのけじめだから」
 国としてではない、個人としてだ。
 俺が参戦しなければあの戦争はもしかしたら負けなかったかもしれない。それは解っているがお互いにそれは口にしなかった。
 ただ勝ちもしなかった可能性も冷静になった今なら解るからだろう。
 それを口にしないのは個人としてではなく、国としての作法だ。
「とはいえ、暫くこれなくなるからさ」
 苦笑していいながら跳ねっ返りの癖毛を優しく撫でると少し潤んだ翡翠が驚いたようにこちらを見た。
「どうにもきな臭いわ。アルんとこの影響があちこちで出ちゃってねえ」
「…だからあいつを行かせる訳にいかなかったんだ」
 お前は馬鹿だ。アーサーが吐き捨てるように呟いた言葉にはもう頑なな力はなかった。
「仕方ないよ。俺達なんて神でもなんでもない、ただの国だもん」
 世界はまた愚かな選択を繰り返す。
 でも俺は諦めては居ないよ。その先の未来には−−。
 白い指がシーツの狭間から伸びてきて頬に触れた。それは熱がある筈なのに酷く冷えていて泣きたくなる様な温度だった。
「勝手にくたばってんじゃねーぞ」
「あはは、お兄さん図太いもん。坊ちゃんこそ早く体調治して、どうせ混ざりにくるんでしょ?」
 瞼と唇の端に小さくキス。
 震える指をきゅっと握ってこの長すぎる俺たちの未来に思いを馳せた。



 朝から薄曇の空は僕の心と同じだ。
「うん、可愛い可愛い」
 亜麻色のドレスシャツに象牙色のトラウザーは少し砕けすぎているんじゃないかと思って鏡の中と離れて新聞を手に優雅にイレブンジィズを楽しんでいる兄を見比べた。
「マシュー、こっちこいよ」
 穏やかな笑顔に招かれて前に立つと立ち上がった彼はフランシスさんからタイを受け取り器用な手つきで締め、テーブルにあったスエードのケースからピンを取り出してつけてボタンにかけた。白地に赤の刺繍は彼の手によるものだろう。
 中央に座すピンは円やかな流線型の中央に埋め込まれた石がメイプルリーフを象っていた。白金に煌めく三枚の葉。アイオライトを支えるエメラルドとアクアマリンの両翼。
 それと同じそれぞれの瞳を交互に見つめた。
「髭の見立てがいいんじゃなくてマシューがなんでも似合うんだよな」
 機嫌よくいつもの調子で喧嘩を吹っ掛けるアーサーさんに応じるフランシスさんも何処か浮かれてる。フランシスさんは今回の議会には関わりがないけれど、オクトーバークライシス以降なにかときな臭いところにアーサーさんの身を案じたのだろう。
 ずっとこのまま居たかった。
「お前、なんて顔してんだよ」
 珍しく一発ずつで収まった諍いを眺めているとアーサーさんが困ったように僕の髪を撫でた。ずっと変わらない優しい手だ。
 外は僕が呼んだ雨雲が零れ出し地を濡らす。
 100年かけて少しずつ僕を手放す準備をしてきた兄はいつかのように寂しさに取り乱すこともなく晴れやかな顔でこの日を迎えた。
 二度の対戦は世界を大きく変え、そして世界の統治者であった彼も変えてしまった。
「僕は離れたくないです…」
 暖かなハグに縋るように困らせたことのない兄に我侭を言い募る。今日、二つの顔を持つ僕らの女王が署名してしまえば僕はもうこの人に帰れなくなる。
「馬鹿だな、マシュー」
 いつの間にこの人の肩はこんなに小さくなってしまったのだろう。痩せた背中は頼りなく、傷ついて崩れ落ちたあの雨の記憶が刻みついて消えない。
 なのにその全てで僕を包み込んで言うんだ。
「これからは共に並んで歩くんだ。もう子供じゃない。弟じゃない。対等な立場になるだけで離れる訳じゃないだろ。それに俺達が家族であることは変わらない」
 噛み締めるようにゆっくりと。
「今まで傍に居てくれて有難うな」

 ねえ、アルフレッド。
 君が手に入れたかったモノを僕は初めて解ったんだ。


作品名:或るソネット 作家名:天野禊