お伽の国へようこそ
3章
帝人がベッドの上で頭を抱えるいると、ドアのノック音が響いた。
顔を上げると同時に扉が開かれ、帝人の頬が引きつる。
「良かった、気が付かれたのですね。ベッドに運びましたら悪い魔女にでも魔法をかけられてしまったのかと思ったほど、
深い眠りについておられましたので心配したのですよ?」
悪い魔女って何だ、魔法なんてそんな馬鹿馬鹿しいと思いながら、そういえばここはお伽の国だったと言うことを思い出す。
ここの城に無理矢理連れてこられる前に見たあの摩訶不思議な風景を思い出した。
(花は歌わないし、動物が挨拶なんてしてこないよね・・・!)
帝人は遠くなっていく目を自覚しながら、ベッドがきしんだ音を上げたことで漸く意識を浮上させる。
「いったい何を考えておられたのですか?姫」
「いえ、ちょっとこの国について・・・」
日々也の表情は柔らかな笑みを湛えているのに、どうしてだか帝人には悪寒が走った。
どうしてどうして?と思っていると、漸く理解する。
(目が、笑ってない・・・)
時々日々也の笑みに悪寒が走るのは、目が笑っていないときがあるから。
その目はぎらりと光り、まるで野生の獣のような目で。
(・・・僕はその獣に睨まれて身動きの出来ない小動物ってこと・・・か・・・)
帝人は逃げ場がないと分かっていてもベッドの上で後ずさりをする。
けれど、それを見逃す日々也ではなかった。帝人の腕を掴み、彼女の肩を軽く押す。
帝人の身体は重力に逆らうことなく、従順にベッドへと沈んでいった。
蒼い瞳が大きく見開かれ、笑みを深くしている日々也だけを映し出す。
「どうして逃げるのです?帝人姫」
「えっ・・・と・・・」
帝人は困惑した表情で日々也を見つめ返した。これはやばい、と頭の中で警報がなる。
鳴っているのに、帝人のもう1人の部分はこの非日常を楽しんでいるのだ。これから自分はどうなるのだろうという甘美な非日常を。
「私が、怖いですか」
日々也の片手が帝人の頬を包み込み、鼻先と鼻先が触れそうなくらいに顔を近づけられた。
帝人は息を詰めるが、日々也は普通に息をするので日々也の吐息が帝人の唇に当たる。
(っ・・・!これだからイケメンはっ)
赤くなっているであろう頬を自覚しながら、帝人は日々也を賢明に睨み付けた。
弱い自分の姿をさらしたくないという意地だったのだが、日々也はそんな帝人の姿に瞳を薄め喉で嗤った。
「そんな姿で睨まれては誘われていると思われますよ、姫君」
その言葉が帝人の頭に届き、処理されるまでに二拍。次の瞬間、帝人の顔が爆発したかのように一瞬で真っ赤に染まる。
「なっ」
「現に私は誘われていると思いましたので」
日々也は告げると、残されていた2人の間を一気に詰めて帝人の瑞々しい唇におのれの唇を押し当てた。
帝人は瞳を閉じる時間など無く、視界いっぱいに広がる日々也の姿だけをただ呆然と見つめているしかない。
(あ、花の香り・・・)
人間突然の事に陥ると思考が全く別のことを考え出すらしい。
帝人からゆっくりと離れていく日々也の顔が今まで見てきた中のどの表情よりも、帝人の知る『折原臨也』の顔と酷似した。
日々也の手が帝人頬を撫でて首筋を辿る。そのじれったさに帝人は今まで感じたことのない寒気を感じた。
「貴女は私の姫君。逃がしはしませんのであしからず」
「っ」
日々也の宣戦布告とも言える言葉に帝人は心の中で悲鳴を上げた。
(ありえない!)