お伽の国へようこそ
2章
日々也に無理矢理拾われ、馬に乗せられて森を抜けるとそこはお伽の国に相応しいほどの世界だった。
花は歌い、蝶は踊り、動物たちがかけている。帝人は目元をひくひくさせながらこれは夢だと何度も呟くことで己を保とうとする。
そして後ろで帝人をさんざんと褒めちぎっている頭に花の咲いた臨也にそっくりな日々也の言葉を受け流しながら、
帝人は目に映り興味を持った物を日々也に質問しながら、日々也に導かれるままのどかな道を進んでいった。
「さぁ、帝人姫。お手をどうぞ」
恭しく手を差し出されたものの、帝人はその手と日々也の貌を見比べる。
にこりと笑われて帝人は頬を引きつらせながら、渋々日々也の手を取った。
(なんだろう・・・あの笑顔有無を言わせない・・・臨也さんと同じ貌のくせに)
帝人は日々也に手を引かれ、腕を腰に回されて馬から下ろされた。
日々也はにこにこと帝人から見ても愛らしく笑いながら手を引いて誘導する。
帝人は誘導される先を理解し、そして認めたくないと心の中で拒絶した。
分かってはいたのだ。長い長い整った森林を抜けた先に見えていたあり得ない建物。あそこに向かっているだろうと言うことは。
けれど、認めたくはなかった。頬が引きつっていくのが分かる。
もうこれは悪あがきだと理解して、けれどやらずにはいられなかった。
「ひ、日々也さん・・・」
「どうかされましたか?」
「も、もしかしなくても日々也さんが向かっていたのは・・・ここですか・・・?」
わらにも縋る思いで日々也を見つめてみたのだが、彼は春のそよ風のように爽やかな笑みを浮かべながら力強く頷いた。
帝人の頭に何か金槌で叩かれたような衝撃が走る。兎に角痛い。痛すぎた。
「日々也さっ」
何とか帝人はその建物。所謂お城という建物に入りたくなくてなんとか日々也から手を離してもらおうと足を踏ん張る。
ここの敷地内に来る前に城下町を通っており、そのにならきっと宿などがあるだろう。住み込みで働いても良いし、最悪あの森でもよかったのだ。
こんな庶民からしたらあり得ない建物に入りたくないし、ここで眠りたくもない。
確かに非日常なのだろうが、帝人を『姫』として扱うこの男が連れてきた場所。絶対他の人間も帝人を『姫』として扱うのだろう。それは絶対にいやだった。
だから帝人は分かりにくく日々也から離れようとしているのに、この男はその笑みや腕っ節からは想像できないほどビクともしない。
(流石臨也さんのそっくりさん!こんな所までにないでよっ)
帝人の知る臨也は池袋最強の名を持つ静雄と渡り合えるほど戦闘能力があるのだ。腕っ節だって女の帝人なんな敵うわけがない。
慌てている帝人を日々也はどう思ったのか、帝人には計り知れないその思考回路はおかしな事をはじき出した。
「ふむ、ずっと馬に乗っていておつかれだったのですね。気が付かずに申し訳ありません」
「へ?」
日々也の言葉に帝人はおかしな声を口から漏らす。
日々也は目元を和らげると一瞬掴んでいた帝人の腕を放し、次の瞬間その腕を帝人の背中にもう片方を膝裏へと回した。
帝人の視界が景色が一変する。日々也の顔が先程よりも近くなり、見えていた城は消え代わりに空が開けた。
「これでよろしいでしょう。ふふ、やはり貴女は妖精の羽根のように軽いのですね」
「なぁっ!?」
日々也は笑みを浮かべたまましっかりとした足取りで帝人を抱き上げ城へと足を運んでいく。
帝人は顔を赤くさせたり蒼くさせたりしながらバタバタと足と手を振って抵抗するのだが、まったく日々也には応えていない。
「姫、どうか落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるわけっ、ないです!」
「あぁ、照れていらっしゃるのですね。ふふ、大丈夫ですよ。この城にはおかしな事を吹聴する輩はおりません。
どうぞゆるりとこの腕の中にいて下さい」
帝人は心の奥底で叫び出す。確かにこの状況は恥ずかしいというのは合ってた。
けれど帝人が顔を蒼くしたのは段々と城が近づいてきて、その城には執事やらメイドやらが畏まって待ちかまえているのだ。
「いいから降ろしてください!」
帝人がせっぱ詰まった声を張り上げると、日々也はその場に留まり眉を八の字にして帝人を見つめた。
「姫、貴女はまるで天女のようなお方。少しでも離してしまえばこの腕(かいな)からすり抜けてしまうのでしょう。
だからそこ私は貴女の羽衣を奪いたい。こうして捕まえておきたいのです」
日々也の哀愁漂う表情とその声に帝人は鳥肌を立たせた。
しかし、その鳥肌はときめきから来る歓喜の表れなどではない。むしろ悪寒に近い鳥肌だった。
現代を生きてきた帝人にとって日々也の言葉はうっとりする甘い囁きなどではなく、鳥肌を立たせるくらい拒絶反応がおこるもの。
「いっ!?」
帝人の口からは言葉にならない声の端が漏れる。同時に身体が硬直し、思考回路が一時停止した。
日々也は硬直した帝人を抱え直すと、またさくさくと歩き出してしまう。
その後、帝人が自我を取り戻したときには見た事もないレースがふんだんにあしらわれ、見るからに『お姫様』が寝起きしていそうなベッドの上だった。
「ありえない・・・」
帝人から零れた言葉は、本日何度目かもう本人でさえ分からない。けれど、今日一日の中で一番その感情が込められていた。