入隊理由
おまけ
「おい、スコルポス」
破壊大帝が声をかけると、蠍は、ビクン!と体を震わせてから、振り返った。
「オ、オラオラ……、メガトロン様、じ、自分に、何か、用でしょうか、オラ」
いかつい体を縮こまらせ、視線を空中にさまよわせながら、蠍は、それだけをやっと言った。
メガトロンは、ため息をついた。
こいつは、いつから、こんなに小心者になったのだろう。
「特に用ということでもないが……。そうだ、スコルポス、お前、私と初めて遭った時のこと、覚えてるか?」
「そ、それは、もう、ハイ、覚えてるってゆーか、忘れられねーってゆーか、とにかく覚えてます、ハイ」
「ふむ」
メガトロンは、頷いた。
「あの時、貴様は『オレを近くに置いたら、隙を見て、ボコボコしてやる』って、言ったよなあ?」
蠍は、はっきりと見えるほど、震え上がった。
「い!いやあ!アレは!なんてゆーか、あの!……スイマセンです、オラ……」
「謝ることは無い」
はさみをバチバチいわせながら慌てる蠍を、メガトロンは、制した。
「ただ……」
ティラノサウルスの小さな指が、ゆらゆらと、動いた。
「今日まで、貴様は、私を襲ったりしたことなどないだろう?何故だ?実際になったら、怖じ気づいたか?」
バチバチバチバチ。
蠍のはさみが、せわしなく、鳴った。
「それは、その、あの、なんでって、し、質問の意味が、よくわかんねーんですけど」
「つーまーり、だ。貴様は私が怖いのか?!と、こう聞いているんだ!」
要領を得ない質疑応答に、メガトロンの癇癪が、爆発した。
蠍の体が、飛び上がった。
「あ、あのあのあの、怖いか怖くないかっつったら、そりゃ怖いですよ。なんたってメガトロン様は破壊大帝なんだし」
「なるほどな。それで貴様は、自分の命が、惜しくなったと」
メガトロンは、蠍を、睨みつけた。
蠍は、おどおどと、破壊大帝を、見上げた。
「……いや、あの、自分は、命なんか、ぜんっぜん惜しくねーですよ。メガトロン様の為なら、100回だって死ねますよ、みたいなー」
「……何言ってんだ?」
「何って、だから、命は惜しくねーって」
「……」
沈黙の後、メガトロンは、首を、がっくり落とした。手が届くなら、頭を抱えたかった。
「……もういい」
前肢をひらひら動かして、蠍に、消えるよう指示した。
蠍は、しゃちほこばると、一旦、背を向けた。
が、再び、向き直った。
「あ、あのあの、メガトロン様」
「ん?何だ」
「本当っスからね。メガトロン様の為なら命惜しくねーって、マジ本当っスからね」
「わあかった!!もおいいっつってんだろーがあ!!はやく行け!!!」
メガトロンは、再び、怒りを爆発させた。
蠍は、ひェッと小さく叫ぶと、早足で姿を消した。
「……やれやれ」
蠍の姿が見えなくなったところで、メガトロンは、再びため息をついた。
スコルポスの要領が悪いのは、今に始まったことではない。
が、これほどまでに会話が噛み合ないとは……。
(わからん)
メガトロンは、低く、唸った。
もとより、スコルポスには、頭脳や知略を求めてはいない。
そのあたりがすっぽり欠けているのは、最初に戦った時から、分かっていた。
スコルポスを取りたてたのは、外見に似合わず、ある種の器用さを持っておりーーー何より、ところ構わず噛み付いてくる、あの剥き出しの闘争心が心地良かったからだった。
ところが、今は、どうだ。
確かに雑務は、それなりに(あくまで『それなりに』だが)、こなす。
忠誠心が強いのも、もちろん、得難いところでは、ある。
だが……。
ここでいつも、メガトロンは、考えが止まってしまうのだった。
なんとなく、割り切れない計算をしているような、いやあな気分になってしまう。
「全く、あの不良少年が……」
カァーッ、ペッ!
痰と一緒に、メガトロンは、もやもやした気持ちを、吐き出した。