またたびと侍
番外編その2
パチリ、と薪の爆ぜる音がする。開けた瞳が映し出した柱には、赤々と灯された影が揺らいでいた。
不思議に思い首を傾ける。部屋の奥で、背を向け何事か書き綴る男が居た。
床に肘をついて半身を起こすと、衣擦れの音がしたのか彼が振り返った。淡い色をした髪を持つその人は、俺を認めると手にしていた筆を置いて近付いてくる。
「もう起きてええんか?」
隣に居座るも、俺はこの人と全く面識がなかった。記憶が錯誤して何も考えられなくなる。
無言を貫いた俺をどう思ったのか、その人は布の巻かれた手を額に伸ばしてきた。
「んーまだちょおっと低いねんけどなぁ、ま、ええわ」
言うや否や立ち上がり、すたすたと障子を開け放つ。
けんやー、と間延びした声の後、あの子起きたで、と続き、最後はどたどたと爆音のような足音が近付いてくる。
「生きとったんかー!?」
スパァンと音がしそうなほど勢いよく開かれた障子の向こうに立っていたのは、目にも眩しい金色の髪をした男だった。
そいつは俺と目が合うと満面の笑みを浮かべ、ずかずかと入り込み抱きついてきた。
「ほんまよかったなぁ自分!」
「謙也、病み上がりやねんから」
謙也と呼ばれた男はもうひとりの男に首根っこをつかまれ、俺から引き離された。
なんだろう、この光景は。
俺は悪夢でも見ているような気になった。
「…あんたら、誰ですか?」
吐き捨てるように口を開くと、びっくりしたらしくふたりとも俺を見て目を真ん丸くした。
「しゃべった」
「そら喋りますわ。人を化けモンみたいに言わんといてください」
ふーと長く息を吐く。金髪の男はチラリと傍らの男と目配せすると、あんな、と妙に改まって俺に向き直った。
「自分、雪んなかで埋れとってん。で、たまたま俺が見つけて、ここに連れてきてんねんけど」
「死にかけとったんやで。あと少しでその両手と足、切り落とさなあかんとこやったわ」
あぁなるほど、合点がいった。はぁ、と先程より大きめに溜息をつく。
「誰も助けてくれなんて言うてへんやろ。勝手しよって、ありがた迷惑っすわ」
睨みつけてやれば、しんとした空気が辺りを包んだ。
何か言いかけようとした隣の男を、金髪が制して口を開く。
「自分、死にたいん?」
「そのつもりっすわ」
「なんで?」
「じゃあ逆に訊きますけど、あんたはなんで生きとるんですか」
目の前の男が押し黙る。その様子に、ふんと鼻を鳴らした。
「理由なんてあらへんやろ。それと同じや」
パキリ、と薪が再び爆ぜる。男が開け放った障子から外の匂いが風になって入り込んだ。
しばらく静寂が続いたが、それは突如破られた。
「わけわからん!」
ダン、と床に拳を叩き付けた金髪は、ずい、と身を乗り出してくる。
「生きるも死ぬも同じ?ぜんっぜんちゃうやろ、どアホ!」
視界が横転し、一瞬何が起こったのかわからなかった。なぎ倒された身体を起こすと、金髪の男が後ろから羽交い絞めにされて押さえられている。どうやら殴られたらしい。
「謙也っ落ち着き」
「もうええ!!」
腕を振り切って金髪が言い切る。俺にぐいと指を指すと、怒鳴り散らすように口にした。
「そんな死にたいんやったら勝手にしぃや!」
来たときより数倍は荒い足音を立てて、走り去るようにして部屋を出て行く。
豪快に開け放たれた障子を見据えて、嵐の後のごとく部屋は静かになった。
だが、噴き出した声のあと、押し殺したような笑い声が響く。
見れば、残された男が肩を震わせていた。
「何笑うてはるんですか」
「いや、あそこまで謙也怒らせる奴なんて滅多におらんで」
彼は未だ余韻の残る口元のまま障子を閉めると、戻って囲炉裏の灰を弄り始めた。
「堪忍なぁ。あいつ、自分のこと一番心配しとったんやで。看病しよっても落ち着きないから、ぐるぐるぐるぐる部屋ん中回ってなぁ」
あれほんま迷惑やったわ、と吐き捨てる。彼の手により薪は更に赤みを増した。
「ま、こんなん俺が言わんでもええか」
赤く燃える横顔が静かな笑みを湛えている。それはきっと、俺が心底嫌いな愛だとか信頼だとか、そういった類のものだ。
「あんた…」
「どうせ捨てるつもりなんやろ?」
言いかけた言葉は無理に遮られる。悪戯のように笑う顔がそこにあった。
「ならその命、ここに落としてみぃひん?」
性質が悪い。また面倒臭いところに来てしまったものだと、自分のツキの無さに辟易した。