またたびと侍
番外編(謙←光)その1
その日は確か、近年稀に見る大雪が降っていた。
粉雪がちらつくことはあれど積もることなどないこの平地でも、踏めば足が埋れるほどだった。
はぁ、と白い息を吐くと、冷えて氷のようになった鼻を啜る。雪に足をとられて自慢の脚力が活かせない。ぼすぼすと大股で雪を掻き分ける様は初めて歩いた赤子のようで鈍い。それは己の信条とはかけ離れており、とても許せるものではなかった。
だがしかし、所詮人様は大自然には勝てないのだ。気を抜けば方角を見失ってしまいそうな吹雪の中、俺は立ち止まって前を見据えた。
まだ陽は落ちてないはずだが分厚い雪雲の所為で薄暗い空の下、この道を下れば屋敷に着く。あと少しでこの山道とおさらばして、温かい囲炉裏と飯にありつけるのだ。
感覚がなくなった指先を擦り合わせる。反対的に、笠で覆われた額は蒸れるほど汗をかいていた。
ついていない。せめてこの山をおりてから降って欲しかった。
「うっしゃ!」
ひとりきりで声を張り上げ、残りの道へと気合いを入れた。
が、持ち上げた足が何かに引っかかりそのまま顔面から雪に倒れこんだ。
肌に広がるヒヤリとした感覚に全身の鳥肌が立つ。あわや呼吸困難を起こしそうになったところで、ぶはっと起き上がった。
「なっんやねん!」
雪塗れになった頭を振り払い、足下を確認する。
わずかにだが、少し盛り上がってるように思えた。
樹の根でも張っていたのだろかと、試しに深く雪をえぐる。
何か固いものに当たって、更に掘り返してみた。
黒い布のようなものが露になり、なんやこれ、と手を進めていて、ピタリと止まった。
現れたのは、肌。
ぎょっとして身体を引けば、掘り返したところより更に左側、さっきまで気付かなかったが、そこには確かに、人の髪の毛がはんぶんほど雪に埋まっていた。
「ちょっ…!」
俺は慌てて掘り起こす。抱き抱えた少年は、瞳を閉じていた。それにしたって顔色が悪い。この雪山に着物一枚で倒れていたのだ。嫌な予感を振り払いつつ、心臓に耳を当てた。
(生きとる…!)
微かにだが鼓動を感じた。俺は着ていたもの一式を脱ぎ去ると、少年にかけた。そのまま負ぶさり、前を見据える。
「俺の足、なめんなっちゅー話や!」
言うや否や、先ほどとは比べ物にならない早さで山道を駆け下りていった。