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優しい嘘

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「これなーんだ」
 生徒に向けるのと寸分違わぬ、相手を安心させる人なつこい笑顔。
 渋柿色の忍装束の袴部分は幾何学模様、濃い色のサングラスにおしゃれな癖毛ヘアーの、これでもかというほど怪しい中年男。そのくせそいつはいかにも無害な顔でにこにこと右手を振って見せた。人差し指と親指につままれてゆらゆら揺れている赤い物体は遠目にザリガニにも見えたが、そうではなかった。
 忍術学園一年は組の生徒たちが、現在自分たちが授業中であるという事実をそっちのけにして色めきたつ。担任の土井半助は、不審男がサングラス越しに真っすぐ自分へ向けている視線から顔をそらして、深い溜息をついた。
「はいはいはーい!」
「カニカニカーニ!」
「ですですでーす!」
「ピンポンピンポンピンポーン!」
 よだれを左右に垂らしながらしんベヱをはじめとする一年は組のよい子たちが飛び跳ねて答えると、カニ男がノリノリで効果音を口ずさんだ。
「正解したよい子たちにはもれなくこのタラバ蟹、いつもなら五杯のところ、大サービスで十杯プレゼントー!」
 そう声を張りながら背負っていた保冷箱を降ろして開くと、かくも見事な蟹の山があらわれた。子供たちの瞳がきらめき、嬌声が上がる。
「キャー!」
「カニー!」
「ふとっぱらー!」
「わーい! ……あれ、タラバ?」
「ん? なんだねどうしたんだねしんベヱ君」
 は組の十一人全員が諸手をあげて喜んでいる中、もっとも食に目が無いしんベヱが首をひねった。
「……タラバ?」
「え、なに、しんベヱ。どうしたの?」
 授業中には見せることのない真剣な顔で前に進み出たしんベヱが、神妙に蟹の匂いを嗅ぐ。そうして、おごそかに告げた。
「魔界之先生」
「何だい」
「これ、タラバ蟹じゃないです。アブラ蟹です」
「えっ……?」
 しんベヱの言葉に衝撃を受け、魔界之小路は数歩よろめき、がくりと膝をついた。
「そ、そんな……私は、また……!」
「通販失敗しちゃったんですねえ」
「ま、いいじゃないっすか。そんな細かいこたぁ」
 歯に衣着せない乱太郎の発言が心をえぐるより先に、きり丸が魔界之小路の肩を叩いて労った。
「こうして俺たちに蟹をたくさん持ってきてくれたって事実こそが、なによりのプレゼントっすよ。ほら、涙をふいて」
「そ、そうか……!」
「じゃ、盛大に、蟹鍋といきますか!」
「おー!」
「ぼく食堂のおばちゃんにおっきなナベ貸してもらってくるね!」
「よーし、喜三太、おまえはいま大事なことを忘れているぞ」
 勢いよく駆け出した喜三太だったが、ほんの数歩で頭を掴まれ止められた。
「はにゃ?」
「土井先生! なんで邪魔するんですか!」
「それはな、授業中だからだよ」
 抗議の声を上げたきり丸の脳天をぽかりとやって、土井半助が迷惑な闖入者に向き直った。
作品名:優しい嘘 作家名:463