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優しい嘘

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「まったく……何しに来たんですか魔界之先生。授業の邪魔をされちゃ困ります」
「土井先生を困らせに来ましたから」
「早急にお引き取りください」
「冗談です。いやあ、通販で蟹を買ったはいいけど、数量を間違えちゃって。四杯にするつもりが、四ダース注文しちゃいましてね」
「それもう料亭の仕入れじゃないですか」
「まったくです。で、ドクタケ周りに振舞ったけど全然減らなくてですね。そこでいつもドクたま達がお世話になっている忍術学園にもお裾分けに伺ったわけです」
「はあ……なるほど。でもいま我々はご覧の通り授業中ですし、学園長室へどうぞ」
「いやあ、でも一応、忍術学園は敵陣営だし、授業の邪魔をしてみるのも一興かなと思いまして」
「可及的速やかにお引き取りください」
「すみません冗談です。いやね、ドクたま達が一番お世話になってるのって、は組の生徒たちと先生でしょ。だから、こちらにお渡ししたかったんです」
 土井半助が返答に詰まった時間は一瞬にも満たなかったが、その隙を、は組随一の冷静さを誇る学級委員長が見逃すはずがなかった。
「それはわざわざありがとうございます。ところで魔界之先生は、もう蟹はたくさん召し上がられたんですか?」
 その目配せに気付いた魔界之小路は、話を合わせた。
「いやあ、そういえば、配って回るばかりで、自分では食べてないなあ」
「じゃあ、せっかく遠路はるばる来てくださったんだし、今から一緒に食べましょうよ。お持たせですが」
「おい、お前まで何を言い出すんだ庄左衛門、そんなに蟹が食べたいのか」
「あたりまえじゃないですか!」
 常に冷静な庄左衛門から予想外に激しい即答が返ってきたため、半助は思わずたじろいだ。少年はさらにたたみかける。
「先生こそ何を言ってるんですか? 蟹ですよ、カニ! タラバじゃないから何だって言うんです! こんな機会、質素を旨とするわれわれ忍術学園において、そうそうあるもんじゃないですよ!」
「そうだそうだ!」
「先生は蟹を食べたくないんですか!」
「そんなはずないっスよね!」
「ぼくたちは食べたいです!」
「今日のぶんの授業は明日にツケてくれてかまいませんから!」
「だから今からおばちゃんに鍋を借りてきます!」
「そして蟹鍋パーティーをしましょう!」
「いいですね!答えはきいてません!」
 蟹の魔力は凄まじい。血走ったつぶらな二十二の瞳に詰め寄られ、二十五歳の若輩教師は小さくなってしまった。
 制止のために伸ばした手はむなしく、生徒たちは転がるように彼のもとを去って行った。
 ある者は食堂へ、ある者は用具倉庫へ、ある者は場所の確保へ。最小限の会話で素早く準備の担当を配分し、散り散りになる。
 その場に残ったのは、大人二人だけだった。
「おー、素早いもんですね。すばらしい計画性と協調性、そして行動力だ」
「……これが、いつでも発揮できればね……」
 そう言って力なくしゃがみこんでいる土井半助と同じ目線の高さになるようしゃがみ込んで、魔界之小路が微笑んだ。
「まあ、そう泣かないで。才能はあるということなんだから、元気出してください。ね」
「誰のせいだと思ってるんですか。っていうか別に泣いてません」
 あやすように頬と頭をごしごし擦ってくる手を払いのけ、ぐいと肩を押して、半助が距離をとる。
 三十六歳の中年教師は生徒に向けるのとはわずかに違う笑みを浮かべ、半助の瞳を覗き込んできた。
「そうそう。土井先生にも、こないだ通販で見つけた、すごくいいものを持ってきたんですよ」
「………………なんですか」
「なんだと思います?」
「……知りませんよ」
「あててみてください」
「知りません」
 そこで顔をそむけたのがいけなかった。
 カチャリという小さな音が半助の耳に届いた。
 それとほぼ同時に半助は顎を掴まれ、引かれ、柔らかく湿った感触が口に押し付けられた。
 ぬるりと何か小さな物体が口腔へ押し込まれる。
 それは、ほんの一瞬あらわになった、ほくろより上の素顔のかたちが、映像として脳に届くまでよりも短い時間のことだった。
「なんだと思います?」
 さっきまでと同じようにふたたびサングラスを装着し、何事もなかったかのようにけろりと魔界之小路が訊いた。
 半助は呆けて口を開いている。その舌の上に、上品な甘さがじわりとにじんだ。
「…………は……?」
「惚れ薬ですよ」
「は、あっ?!」
「嘘です。落雁です」
「な、ちょっ、えっ」
「糖分はイライラをやわらげてくれるんですよ。ストレス性胃炎対策に常備したらどうですかね」
 魔界之小路はそう言って、懐から出した包みを、はい、と半助に押し付けると、鼻歌を歌いながら食堂の方向へ軽やかに歩いて行った。
 土井半助が顔を真っ赤にして落雁の包みを握りつぶすのは、その五秒後のことだった。
作品名:優しい嘘 作家名:463