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スターゲイザー/タウバーンのない世界

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■おまけ■



三人はいきつけの喫茶店で、お決まりの窓際の席についた。

「コナコーヒー。」
「ダージリン。」
「私はロイヤルミルクティと、バナナのシフォンケーキください。」
「何もう春休みなの?」
ひげ面でおでこから後退がはじまっているマスターが、注文の返事もしないで聞く。
「そうだよ〜。」とタクトが答えると、「春休みってこんなに早かったっけ?」とかつぶやいて去って行く。
年中アロハを着ていれば、時間の感覚などなくなるだろう。
マスターを見送ると、三人は誰ともなく沈黙した。
スガタがブレザーの前を開けて、ポケットに手をつっこんでいる。
向かいのタクトは頬杖を付いてそれを見つめる。
ワコはリラックスした様子で、窓の外を眺めていた。

タクトはスガタのこの仕草は、もう癖なんだろうと思う。
それが異様に様になる。長い足長い腕長い首、シャープでスタイルが良くてカッコいい。
誰にも自分を売らない。不落の人シンドウスガタ。
今ではこの男がタクトの彼氏だ。
スガタが唯一自分のネームタグを下げている。
タクトは想像した。
この完璧の美丈夫に、「たくと」と間抜けな字で書かれているタグを下げて許されるだろうか?
人は許さないだろう。きっとスガタは怒るだろう。
けれどタクトが望めば、現実にそうすることだって叶う。
スガタはタクトのものだから。
「おもしろいなあ。」
そう呟くとタクトは淡い感情が込上げて、一人上機嫌に笑いをこぼした。

「はいよ男共、コナコーヒーとダージリンティー。ワコちゃんにはサービスね♪」
そう言って差し出されたワコのシフォンケーキには、たっぷりのホイップクリームとカットフルーツが盛り合わせてあった。
「ちょっとー僕らにはー?」
「男にサービスする趣味はねー。」
海の男らしい低い声を出して立ち去ってゆく。
言ってはみたものの何かを望んでいたわけでもないタクトは、ちょっと肩をすくませてティーポットに手を伸ばす。
「タッくんイチゴ食べる?」
ワコがホイップのついたイチゴを、タクトへと差し出した。
紅茶をカップに注ぎながら、横目でフォークの先を確かめる。ポットを置くと同時に首を伸ばして、ワコの手からいちごを食べさせてもらった。
「おいひい。」
にっこり微笑み合う姿は、イチャつくカップルにしか見えない。
二人のそのシーンが、スガタにはスローモーションのように見えていた。
「スガタくんも食べる?」
「いやっ・・僕は遠慮しとく。」
手の平で制すジェスチャーまでつけて拒否した。
自分には到底できない所業である。
やる方も受け取る方も恥ずかしそうなものだが、二人は何も感じないのだろうか。
今目の前で起きた、タクトの一連の動作が脳裏にフィードバックする。

「うわ。」
吐息と区別できないほど、かすかな声で漏らす。
スガタは額を軽く抑えて顔をうつ伏せた。
『はい、あ〜ん。』というそれ。
スガタは制御できない自分の感情に、遺伝子レベルで疑問を抱いた。
これはデオキシリボ核酸の螺旋と格子の中で、偶然生まれた生命の神秘か。必然に組み込まれた大いなる野望か。
幼少の頃は誰もがそれを経験する。それが時を経て何故こうも感性に突き刺さる。
伸ばした首、上向きの顎、大きく開かれる口、笑みを含んだ唇、覗く白い歯、濡れた舌、運ばれるイチゴ。
食べるという行為が欲望による淫らを含んでいて、他者の手が加わることによって、一つ一つ鮮明になる。それがこうも目を向けられない恥ずかしさを持つのだろう。
そして好きな相手だから一層の淫らさを感じる。
「また無駄なことを解明してしまった。」
スガタは独りごちた。
「何が?」
疑問符を投げかけるタクトを無視した。
平静を装おうとコーヒーカップに手を伸ばし、茶色の熱い液体を冷ましもせずに流し込む。
「あつっ。」
「ばかだな!やけどするよ!」
タクトが水を差し出す。
スガタは大丈夫とか言いながら、しばらく口元を抑え動きを停止させた。
それで少し気がまぎれた。

ワコはケーキを切り落としながら、そんな二人をまじまじと眺めていた。
近頃二人の空気が明らかに違うことを、ワコだけは感じ取っていた。
スガタは以前よりタクトに優しいし。
タクトは以前よりスガタに素直だ。
それでふと妄想が頭をよぎった。
もしもスガタもタクトが好きなら、それは自分にとって贅沢なことなのかもしれない。
大好きなタクトも大好きなスガタも、誰にも奪われない。
二人にとって特別な女の子は自分だけでいられるから。

うーん、ちょっと性格悪いかな。と思いながら、
口に運んだケーキとクリームがエンドルフィンを分泌させると、快楽的な思考になった。
「おいし。」
わこが呟く。
三人はまた誰ともなく沈黙を作って、それぞれの楽しみ方でティータイムを過ごした。

もうすぐ新学期。
また新しい季節がやってくる。