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スターゲイザー/タウバーンのない世界

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がっかりさせるよ






終業式を終えると、教室は夏休みの計画で皆が盛り上がっていた。
「二人も行くよね?遊園地!」
ワコを含めた男女の輪が、それを眺めるタクトとその横でプリントを読んでいたスガタを振り返った。
「うん、行くよ。」
とタクトが答える。
誰も気付かないが、ワコだけが様子が違うことが分かる。
「ああ、ごめん。僕は一日空いてる日がないから・・・みんなで行って来て。」
と寂しそうに笑ってスガタが答える。
「そっか。」「えー!ざんねん・・・。」
ワコが輪を離れ二人の元へやって来た。
タクトは首を傾げてスガタを見やる。
「土曜も暇じゃないの?」
「ああ、先生の都合もあって土曜も結構潰れてるんだ。古武道は毎日あるし。タクトはバイト増やすの?」
「うん、でもほとんどガススタだから、調整すれば暇はできるよ。」
ワコはふと不安になった。
「二人とも忙しいんだね・・・私もなんかバイトしよっかな。」
「なんで?」「必要ないよ。」
と同時。かぶったことに一瞬相手の様子をうかがって、
「今しか遊べないんだから!」「休みも学生の本分だぞ。」
とまたかぶった。
ワコは吹き出してしまう。
「・・・でも、なんか二人が頑張ってるのに、置いてかれちゃうみたい。」
「僕は必要に迫られてるだけ、全然やりたくないんだぞ?」
「ワコにはその分のびのび休んでもらわないとね。」
そう言われるとワコは何も言えない。
「・・・でもじゃあ、夏休みはあんまり遊べないんだね。」
しゅんとする幼なじみを、ひとりぼっちにさせているようで二人も心が痛くなる。

「夏祭り行こうよ。」
タクトが言った。
「夜なら暇だから。」
「え、でも・・・。」
ワコは一瞬戸惑う。ワコの家は神社なので、お祭り時期は一番忙しいのだ。
出し物もあるし町内会へのお礼や会合もある上、ワコも奉納の式に参加しているため、お祭りに客として出向いたことはなかった。
「隣町のか。」
「去年だめだったでしょ?それなら行ける?」
それでワコも思い出した。去年は中学生だったから許してもらえなかったのだ。
ワコの顔がパアっと明るくなる。
「おばあちゃんに聞いてみる!」
ワコが笑うと、二人もほっとして笑った。


初夏の空は、青空が澄み渡っている。
肌を焦がすような日差しが照りつけ、蝉が音景を奏でるといかにも夏。
スガタとタクトは堤防脇を歩いていた。
町の真ん中のワコの家を通り、丘の上の高級住宅街にスガタの家が、そのまたずっと町の端っこまで行くとタクトの家があった。
地図でたどればそれぞれはとても離れているのだが、三つの家は一つの山に作られていて、タクトの家を中心としてワコの家とスガタの家に抜ける山道がある。
そこを通ると三人の家は以外と近い。
そのためタクトはワコを見送るとシンドウ邸に行き、裏の森までシンドウ家の庭を通って見送ってもらう、というのが帰りの日課だった。

ワコを見送ると二人は、メッシの肉体について散々盛り上がり、保健のオカモト先生がえげつないと思っていたことを明かし、同級生のワタナベカナコの肉体はギャクだとか芸術だとかと笑い合った。
二人の帰り道では、その時しかできない会話があって、真剣な話はほとんどしない。
スガタがこんなくだらない話題で盛り上がるなんて、同級生の多く、特に女子は信じられないだろう。
タクトはその時間が大好きだった。
いつしかどちらともなく沈黙に心地よくなると、いつものようにタクトはスガタの一歩後ろを歩く。
スガタの青い髪は夏に爽やかだ。
スガラの家系はフランス人の血が入っているため、その異様に白い肌は、夏服の薄い生地に透けて涼しげ。
片方はポケットにつっこんで、もう片方にタクトは疾うに飲み干したアイスティーを持ちながら、長い足を持て余して歩く。
スガタは何をやっても様になる。

タクトはいつも思っていた。
この人はカッコいいなあ、と。
スガタはクールでスマートだ。
頭も良いし運動もできる、いつもすましているがくだらな話もできる。
ゲームをすれば本気になるが、勝っても負けても笑ってみせる。
学生と言えば学校生活でいっぱいになってしまうのに、この人には別の生活がある。
シンドウスガタとして生まれて来た、シンドウとしての生活が。
それも文句ひとつなくそつなくこなし、まるで表に苦労を見せないのを知っている。

タクトはワコの気持ちも分かる。
スガタは自分たちとは違う世界の人で、いつか一人遠くへ行ってしまいそうだ。

「スガタはどこに行くの?」

タクトの唐突な言葉にスガタが振り向いた。
どこまでも続く一本道を背景に、タクトは立ち止まっていった。
それはあどけなく、同い年の少年が未だ小学生のように見えた。
「夏休みの話?」
スガタの返事にタクトは、自分の質問が上手くいってなかったことに気付き、言葉を探して数歩歩み寄った。
「将来の話。大学とか、決めてるの?」
タクトが隣に並ぶと、さらに歩みを進めたので、スガタもそれに並んで歩きながら答えた。
「大学?」
何故か皮肉っぽい笑みを浮かべて返事をする。
「さあ、父親と同じところに入れられるか、分かんないな。留学しろって言われそう。」
「留学!!?」
タクトがあまりビックリするので、スガタは初めて心が痛んだ。
今まで漠然と感じていた将来も、もう数年先のことなのだ。
そしてその時、幼少から歩んで来た友人達と、別々の道を歩くことになる。

「スガタは家を継ぐの?」
「継ぐっていうかまあ・・・・・うちの会社に入るよ、そのために教育されてるからね。」
自分の言葉に疑問もない。その現実を受け入れて、スガタは素っ気なく言ってみせる。
タクトと目も合わさないので、この話題が好きじゃないようだ。
「他にやりたいこととかないの?」
タクトが遠慮がちに聞いた。
「やらなきゃいけないことが多すぎて、やりたいことなんてないよ。」
冷ややかで寂しい言葉にタクトは気付いた。
本当は、スガタの返す言葉を知っていたと。
夏休みは遊園地に行けないこと。
将来のことは決められて、やりたいことはないこと。

「タクトはあるの?やりたいこと。」
ようやくスガタがタクトを見る。
「え?僕は、今が楽しくて・・考えたことなかった。」
タクトは自分に気付いてヘラっと笑った。
「今がずっと続いてほしいから、そんな感じ。今を守ることかな?」
「タクトらしいよ。」

妙に重たい空気になった。

 夢。
 将来のこと。

子供の頃はたくさん思い描いていた。夜空の星々のように、自分には輝く未来が数えきれぬほどあり、どれでも好きに選べると思っていた。
間近になってみると恐ろしくて、まじめに考えもしなくなった。
「夢、探してみようかな。」
「夢?」
「うん、やりたいこと。」
タクトが妙にまじめに言った。
スガタはそれを見て微笑んだ。
「いいんじゃない?タクトの夢、みつかったら教えてよ。」
それはいいなあと、スガタは思った。
何かに向かっている友人が好きだったから、スガタもワクワクした。
「スガタもやるんだよ?」
「え?」

振り返るとタクトの瞳が、喜々として輝いている。
輝く未来に期待して、それはスガタも共有できるという瞳で。
「スガタもやるんだよ、僕から夏休みの宿題!」