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スターゲイザー/タウバーンのない世界

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やくそくしてくれる?






3月からはじめた新聞配達は相変わらず継続中で、タクトは夏休みでも遅くて3時には起床している。特に苦はない。
学校が休みの代わりに、ガソリンスタンドのバイトを増やした。
熱中症が懸念される猛暑に、南の島のアスファルトは厳しかったが、フェリー乗り場に近いガススタはほどよく忙しさもあり、バカンスに来た観光客にからまれているとそれなりにメリハリがあった。
これも特に苦はない。
新聞配達から通して夕方4時まで働いくと、タクトはスガタの家に通う。
夏休みの第一日目から、スガタと予定を合わせてさっそく宿題の計画を立てた。
南十字学園は南日本屈指の進学校で、宿題の質が高い。それは夏休みに、自分でどう学業に励むかを試す為のものだ。
噂では2学期から容赦なく授業が進み、夏休みをただ休んだ生徒との差が顕著に開くという。
ほとんどの生徒が塾に通っているが、タクトは今年もスガタの家庭教師に世話になれるらしい。
タクトからすれば涼しい部屋で夜食にデザートまで出るのだから、避暑地に来たようなものだった。
そんな日課をこなしていると、あっという間に7月が終わっていた。

夕方とはいえまだ明るい。
高級住宅街へ向かう坂道は勾配が激しく、広々としていて気持ちいいが、スガタにとってこの坂道はうんざりでしかない。
その坂道の頂上に、見覚えのある赤がちらついた。
暑さと急坂に俯いた頭がひょっこりと現れると、スガタの表情は自然と緩む。
まだだいぶその距離はあるが、タクトの方もスガタに気付いた。
ほんのわずかに息を乱して、タクトがようやく声の届くところまでやってきた。
「こんばんは。」
「おつかれさま。」
スガタはほぼ毎日、タクトが来るのを迎えている。
一緒に勉強するのに学校みたいに通っているのだが、こう毎日訪れているとインターフォンを押すのに気が引けてしまう。
スガタは「勝手に入っていいよ。」というのだが、まさかそんなワケにもいかない。
「出迎えすまないねえ。」
「ほんとだよ。暑いし。」
「うっ・・・。」
そうして二人は門をくぐった。

タクトは幼なじみだけあって、この家で働く全員と顔見知りであり、幼い頃からの友達ばかりだ。
「タッくんいらっしゃい。」
「こんばんはシバさん!おじゃまします!」
「私ん家じゃないよ!」
仕事道具を片付けていた庭師と笑い合う。
屋敷の両開きのドアをくぐって、カーペットの床も土足で進むのがシンドウ家式。
この屋敷を築いた3世代前の先祖がフランス人と結婚したからだ。
白黒写真からカラーに移り変わり、無数の家族写真が階段を飾る。タクトも見慣れた風景が、この家の一族と家系の重みを物語るようだ。
目の高さの位置にスガタが子供時代の家族写真がある。
以前は幼いワコとタクトも一緒に写っていたのだが、いつの間にかタクトがいない写真に指し替わっていた。
「あら、タッくんいらっしゃい!」
「あ、スガママ!こんばんは!」
柔らかい雰囲気の女性はスガタの母親だった。
「あらあら、タッくん来たならケーキ買って来なきゃ。」
「そんな!気を使わないで。ちょっと宿題やって帰るだけだから。」
タクトはスガタのお母さんと仲良しだ。
「やだあ、ケーキ出したいなぁ。」
「出したいなあって、ママがしたいならいんだけど・・。」
スガタが子供の頃そうだったのが、今でもタクトに受け継がれ「ママ」と呼ぶ。
このおっとりとした女性は、夏休みからタクトが毎日通っていることに気付いていない。毎日夜食をいただいてるので、ケーキなんて滅相もないタクトも、あえて母親に訪れていることを報告しない。
スガタは早く母親に立ち去ってほしかった、階段の声は全フロアに一番響くのだ。
「ケーキはいいけど母さん、勉強の邪魔しないでね。」
「はいはい。分かりました。」
母親がいないタクトは、スガタのママの存在が愛しい。自分の母親ではないけれど、母というものがどんな存在なのか、タクトは彼女と出会って初めて知ったからだ。
ずっと一緒に過ごし続けると、次第に親を煙たがる子供の気持ちも未経験なので。
タクトはスガタの一言一言に、母親以上にとげを感じる。
僕が子供なら、もっと親を大事にするのに…。なんてもしもを思いえがきながら。

タクトを自室まで案内すると、スガタはやっと落ち着けた。
「おじゃましまーす。」
それはタクトも同じだった。
どうやら今日も、見つかってはならない人には気付かれなかったようだった。
スガタの自室はほどよく冷えていて、空気が汗を瞬間に冷やすと気持ちいい。
いつものソファに勢い良く腰掛けると、一日炎天下で肉体労働し続けた疲労がドッと押し寄せる。
「うー。」
珍しくも消え入りそうな声を小さく漏らし、パタリと横たわる。
スガタは向かいのソファに座り、無言でそれを眺めた。
タクトがちょっとも動かないので、先に教材を準備しはじめる。
1分も経たないうちに、すやすやと寝息が聞こえてきた。
スガタの中で「休ませてあげたい。」と「勉強させなきゃ。」の間でベクトルが揺れた。
夜もあの寝苦しい家で過ごすのだ、たまには体を休ませないと、健康体といえど本当に熱中症で倒れてしまいそうだ。
スガタは一時間だけ、と思いタオルケットをタクトにそっとかけた。
タクトは一瞬目が覚めた、ような気がした。自分が目覚めたことも自覚しないまま、再び眠りの世界へと舞い戻った。
ぼんやりする思考の中で、夢見心地に思い出が頭をよぎった。
懐かしくて暖かくて、喜びでいっぱいの気持ちになった。
なんて幸せな気分だ。ああ、この記憶は宝物だな。
眠りに落ちる中で、深く息を吸い込んで、タクトは心地良さそうに微笑んでいた。
スガタがこのソファで泣いていた、幼い日を思い出して。


幼いタクトにはシンドウ家は家じゃないような気がしてた。
家族以外の人間が一日中出入りしているから、家というより学校だった。
裏森を通ってスガタの屋敷に行く、格子の冊は小さな体で簡単に潜り込める。
散々遊んで勝手はよく知っている。誰にも見つからないでスガタの部屋までたどり着くのがミッッションだ。
いつもは必ず誰かに見つかる。厨房のシェフと窓越しに目があったり、廊下で掃除婦に挨拶されたり。その日は庭師に間一髪で見つからなかった。
空いてるドアを探すのに苦労して、結局玄関から入る。
屋敷の中はいつもより人気がないようだった。タクトは敏感に空気の違いに気付いていたが、気には止めなかった。
静かに階段を登ると、二階は誰もいないように静まり返っている。
「おかしいな。」
小さな声でつぶやいた。
水曜日はピアノの日だ。
ピアノの教室が終わる前に、スガタの部屋に先回りしようと思っていたのだが。
もしかしたら予定が変わって、スガタも出かけているのかもしれない。
なんだつまらない。タクトはそう思ったが、一応スガタの部屋を覗いてみることにした。
スガタの部屋の前へくると、突き当たりの部屋からわずかに話声が聞こえた。
それはスガタの父親の書斎だと知っていたので、タクトは少し怖くなってスガタの部屋へ逃げ込んだ。
部屋は静まり返っていたが、人の気配がした。
タクトはいつもと違う雰囲気に、様子を窺いながら家主の姿を探す。