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スターゲイザー/タウバーンのない世界

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数歩進むと、ソファに顔をうつ伏せて横たわるスガタがあった。
「スガタ。」
その声にスガタは少し肩を上げた。
「寝てるのスガタ?」
「・・・タッくん?」
それは明らかに涙声だった。
「どうしたのスガタ!」
ぐすりと鼻をすすって、スガタが体を起こした。
「・・・・・ぐすっ。」
その隣に座ると、タクトはじいちゃんが自分にするみたいに、頭をぽんぽんと叩く。
「ピアノの先生、クビになっちゃった。」
「そんなあ・・。」
タクトはスガタと同じように、心から悲しい気持ちになった。
先週学校で、スガタはようやくピアノが楽しくなったと笑っていたのだ。
そのピアノの先生は、スガタにジャズピアノを教えてくれた。
スガタがあまりにつまらなそうに弾くので、視野を広げてあげたかったのだ。
スガタはその先生が好きになった。
タクトは普通のピアノと全然違うと聞いた、それが知りたくもあり今日来たのに。
「僕に、ジャズを教えたから、パパが怒って・・・。」
「そんなあ!なんでダメなの?!」
スガタはまた涙が溢れ、声も出さずにかぶりを振る。
幼いスガタには理不尽すぎた。
嫌なことばかりやらされて、好きなことは取り上げられる。そんな思いがして辛かった。
スガタが悲痛に涙するので、タクトは悲しかった時を思い出し自分も辛くなった。
頭を叩いてやったり、肩を抱いてやってみたが、スガタはまったく泣きやまない。
一度悲しみに落ちた子供は、どんどん不安を拡大する。
「タッくんも、」
「え?」
掠れる声に呼ばれた気がしたが、たしかに自分の名前らしかった。
「タッくんも、取り上げられる。」
「僕が?取り上げられないよ!」
タクトは笑ったが、スガタは大きく首を振り、タクトの胸に勢い良く飛び込んだ。
タクトはその拍子に後ろに倒れて、ソファの手すりにもたれかかった。
「僕の好きなものは全部パパが取り上げるんだ。」
タクトはしばし放心状態で、自分のお腹に顔を埋めるスガタを見下ろしていたが、次第に嬉しい気持ちになってその頭をなでた。
「スガタは僕のこと好きなの?」
はっとしてスガタが顔を上げた。
「変な意味じゃなくて!」
「変な意味って?」
「タッくんが変なこと言うから!」
「変なこと言った?」
何故か赤面するスガタに、タクトはにっこり微笑んだ。
「スガタのパパがスガタから僕を取り上げても、僕は何度でもスガタに会いにくるよ。」
スガタが瞬きすると、涙が頬を伝った。タクトはそれを手の甲で拭って言った。
「約束してくれる?」
「何を?」
「ずっと僕を好きでいてね。」
幼いスガタは言葉を失った。
幼いながらに感じたのだ、それを約束したら、許嫁のワコを裏切ることにならないだろうか。
スガタの中に浮かんだ「好き」の意味は、友情ではなかったから。
もちろんタクトに抱いた「好き」は恋愛感情ではなく、お気に入りの話だったのだが、ソファの上での数分で、言葉はみるみる色を変えた。

「約束してくれる?」
タクトがもう一度聞いた。
子供のスガタには分からなかったが、その時五感が冴え切った。
冬の日の暖かい部屋で、自分の背にした格子窓が、結露で白く曇っている情景や。
ヒーターでホカホカする部屋の明るさ。機会音。すぐ側にいる父親の気配。裏の森で枯れ葉が重なり擦れ合い、風が静かに吹いたのを。
スガタは時が止まるように感じながら、その瞬間の全てをコマ送りに五感で感じた。
その瞬間にたくさんの世界がそれぞれの意志で動くのに、目の前のタクトは自分だけを見つめ、今自分だけのために問いかけている。
それが世界から切り抜かれたように、不思議と、心と心が向かい合うのを感じた。

スガタは「うん。」と答えていた。
タクトが満面の笑みで笑って、スガタの頭を自分のお腹に押し戻した。
「うっ。」
「さ、泣きな。」
泣きなと言われても、スガタはもうそんな気分にはならなかった。
「・・・・・・。」
幼なじみに芽生えていた特別な存在という感情が、魔法で変換されてしまったような錯覚を覚えた。
しかしタクトがまた頭をぽんぽんと叩いくと、スガタは気持ちよくなってタクトの背中に手をからめた。

スガタは幼いながらに、人生の道筋に気付いていたし、この先ずっと父親に課題を負わされ続けると悟っていた。
そして父親がタクトを排除したがっていることも知っていた。
それでもタクトは会いに来てくれる。
スガタが好きでいる限り。
あの約束はそういう意味だろう。
タクトを好きでいる限り。
決められたスガタの人生に、タクトはやってきてくれる。

タクトは別格となった。
同性とか、友達とか、幼なじみというくくりを超えて。
スガタにとってタクトは、唯一決められたものじゃない。
スガタがはじめて選んだ・・・。

かちゃん。
というほんの小さな音でタクトは目が覚めた。
「は、・・・・寝ちゃった!どのくらい寝てた?」
先ほど母親がケーキを持って来た時には、熟睡でまったく目覚めなかったのに、こんな小さな音で目覚めたことにスガタは感心していた。
「ほとんど経ってないよ、20分くらいかな。」
「はあ・・・・ごめん。」
「疲れてるんだろ、気にするな。」
タクトは自らにタオルケットがかけられているのに気付き、またお礼を言う。
「ちょっと寝ただけですごくすっきりした。」
「よかったな。」
スガタはコーヒーを飲みながら教材に目を落とす。
「・・・・・夢を見てた気がする。」
「うん。」
「スガタが・・・・・・・・・・。」
そこでスガタが顔を上げる。
「僕が?」
「・・・・・・・・あ、忘れちゃった。すごく面白かったんだ、面白いっていうか、わくわくしたんだけど。」
夢なんてそんなものだ。とスガタは鼻で笑って、
「さ、始めるよ。」
「ん。」
でも心にはまだ残っている、その気持ちがフワフワしてタクトは楽しかった。
だから上機嫌でタクトは、歴史の教科書を開いた。