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真昼の夢

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突然、携帯が震えた。
初期設定のままの音楽にやや険しい表情で手に取った静雄は、液晶の画面を見つめて更に皺を寄せた。
件名はなく、本文は『10』――それのみのメールに重い息を吐き出し、立ち上がると冷蔵庫へと向かった。


ちら、と時計を確認すると火を止め、鍋はそのままに足早に玄関へと向かう。
扉を開けてすぐ、目に入るのは見慣れ過ぎたファー付き黒のコートを羽織った―メールを寄こした張本人―が立っていた。
宣言通り、受信してからちょうど10分後、インターホンを鳴らす前に到着した臨也を無言で迎える。
というか、この男は鳴らす気もないだろう。
最初はナイフで切りつけるどころか、ドアを足蹴にされ(勿論吹っ飛ぶなんてことはなかったが)、それに自分がキレた。しかしここは自分のアパートであり、両隣りには人も住んでいる。相手の心象的によくない―――ともう一つ占める理由に蓋を閉め、自分が開けることにしている。
そんなやりとりが出来るくらいは慣れてしまった。
頻繁、という程はないけれど片手で足りないくらいは遭遇している。

玄関をくぐった臨也はいつもと違って何も言わない。
薄い皮膚の下は真っ青な隈が陣取っていて、淀んだ暗い赤色に浮かぶ鋭い光。元々細身の印象をもつ男だが今はやや頬がこけた。鞘のない抜き身の鋭い刃、そんな印象を受ける。
目の前に立っている静雄を見ているようで映していない。
普段煩い男が口を開かないと言うだけでこんなにも印象が変わるのか、知らないものから見たらこれが「あの」折原臨也だとは誰も思わないだろう。

無言のまま靴を脱いで上がる臨也がふ、と顔を向けた。視線の先は先程まで静雄がいた台所、換気扇を回してはいるが狭い部屋なのですぐに匂いが充満してしまう。その様子を見ていた静雄は、「いるか」と聞こえるか否かの声量で呟いた。
外の物音に消されてしまいそうな音も届いたらしい、漸く口を開いた臨也の口から出たのは、素っ気ない一語だった。
「………何、」
「親子丼」
申し訳程度に味噌汁もあるが、臨也がいつも口にしているような洒落たものでも味付けでもない。
僅か十分で用意出来るものなんてたかがしれてる。そもそも普段も殆ど外食で済ませてしまう静雄は、簡単なものしか作れない。目の前の男の方がよっぽど凝ったものを作る。
「……。」
目を伏せる程度の動きで頷いたのを確認した静雄は、臨也を追い抜いて台所に向かった。
鍋に入れたままの玉子は半熟を通り越してしっかり固まってしまっている。葱も冷蔵庫にはなかったので色どりも茶色一辺倒のそっけないものだ。
それでも、臨也は文句をつけることもなく、綺麗な箸使いで口に運んだ。
静雄もそれを見て自分の分に口をつける。
向かい合っているが二人は言葉を交わさない。薄い壁から聞こえる外の人々が活動する音と、食器がぶつかる音だけが響く室内。
普段の二人を考えると想像もできない光景が刻々と続いていた。

ご飯粒ひとつ残さずに平らげた臨也は丁寧に手を合わせて、 唇の動きで「ごちそうさま」となぞった。
 ほんの少しだけ頬に赤みが差したのを見つめ、静雄も皿を纏める。シンクの中に皿を入れたところで不意に腕をとられた。
「っ、…ん………っ!」
ぶつけるように唇を塞がれそのまま強引に舌を絡め取られた。腕を掴んでいない方の手が首の後ろに回って更に深くなる。
強引に割り入ってきた舌に、上顎をゆっくりと撫ぜられ背筋が震えた。―――だめだ、ここじゃ…
頭の隅で鳴る警報にぎゅ、っと目を瞑り手を握る。
「――っ、ぁ…」
 酸素が回らず空気を求めて 鼻を抜けたような音が静かな室内に響いて体温が上がった。
頭が白む中、ようやく解放された隙に抱き締めるようにして屈みこみ、腕を臨也の下腿の裏に腕を回してそのまま持ち上げた。
ふわり、と重量を感じさせない動きで臨也を抱え上げた静雄にいつもと異なり頭ひとつ高くなった臨也は、気にした様子もなくそのまま屈みこんで唇を降らせる。
今度はゆっくりと、けれど深く入り込んでくる舌に抵抗らしい抵抗もせず静雄はそれを受け入れた。
時折、抜けそうになる足に力を入れてリビングへと足を向ける。臨也の高級マンションとは違いアパートだ、数歩でついてしまう。しかしその間もずっと受け入れ意識も一緒に絡めとられそうになりながらの移動に足が抜けそうになり、その都度踏みとどまる。その時間はいつも以上に長く感じさせた。

とす、とソファというよりは座イスに近いそこに腰を下ろすと顔を捉えていた細い指が首筋をゆっくり辿る。
「…っ」
ぞくり、と背筋を震わせるのが先か否か、不意に掴まれていた力が消えた。
どさ、と勢いよく膝元に頭を落とした臨也は衝撃を吸収してくれるような素材ではないので幾分か痛むであろうに、そのまま動かない。
数秒後、すー…と心地よい寝息が聞こえてきたのを見届けて、金色の髪をくしゃりと掻き、ようやく静雄は息を吐いた。


穏やかな、としか言いようのない寝顔を見つめ、隣に腰を下ろした静雄は上下する胸をぼんやりみやりつつ息を整えた。
こうして寝入るとどんだけ大きな物音がしようと半日は起きない。
いつもより白い肌にかかる黒髪、爛々と輝く瞳は長い睫毛が下り、腹立たしいことばかり紡ぐ唇は僅かに開いている。黙っていればやはり、人形のように整った造形なのだと思う。

通常ではありえない臨也のこの行動にも慣れてしまった。
何がしたいのか何の理由があるのか静雄は全く知らない。けれど、この有様を見る限りは仕事かなにかで限界点を突破するまで追いつめられた時にこうして起こるようだ。
突然のコール(今回はメールだったが)に、目を剥き静雄が抗議する間もなく唇を塞がれ飲み込まれてしまい、電池が切れたかのようにパタリと落ちる。
そうして繰り返すやり取りの或る時。
たまたま食事時に準備していたものを目にした臨也が視線を向けたのに反応して、つい訊いてしまった。
出した物は控えめにいっても食べられる程度のものだったし、文句のひとつも出たら殴る、と決めて拳を握っていたのに何一つ言わないまま臨也は完食した。美味しいとかそんな言葉は最初から期待しておらず、言われても微妙であるから特にいい。しかし 何も言わず、綺麗にさらえられた皿に、…それからは出来得る限り、出す様にした。
どこからみても、睡眠はおろか食事さえまともにとっていないのは明らかな有様な、男が悪い。

普段の二人を知っている者、池袋に在住するものからすれば目を剥く様な光景、そんなこと自分自身わかっている。
どれをとっても矛盾している。でもそれもお互い様だ。
こうして迎えているのも唇を合わせるのも、本来の自分達の関係ではありえない。体を合わせたことがないとは言わないが、それでも世間一般で言う甘い関係とは程遠いものだ。と、静雄は思っている。
それを考えれば、最初は頭を抱えた規格外に甘い自分の行動も非日常、幻のようなもんだと割り切った。

―――なんせ相手はこのことを一ミリも覚えていないのだから。
作品名:真昼の夢 作家名:鏡 花