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Stand by me

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 雲行きが怪しくなってきた。もくもくと幅を広げていく灰色の雲で憂鬱になる前にさっさと逃げ出してしまうことにする。確か向こうは、これから3日間は晴天ということだったはずだ。BGMに出かける前に入れたばかりのスカ・パンクを選択すると、財前は安心してアクセルを踏み込んだ。
 間もなく、滋賀は瀬田東、そこから名神高速に入る。そこからすぐにある草津PAに寄る予定だ。なにしろ小腹が減っているし、コーヒーも足りない。
「謙也さん、もうすぐパーキングエリア着きますよ」
「んー……。あ、俺、寝てた?」
「まあ、ちょっと」
「もう滋賀やん……あー、ごめん!」
「別に寝ててええすよ」
 当直明けの謙也を拾い、風呂に入れて着替えさせ、仮眠を取らせている間に勝手に旅行鞄に荷物を詰め、ほとんど口を慰める程度の昼食を取りながら全部まとめて車に放り込んだのが大体1時間と少しくらい前である。二人は今、三重県は伊勢志摩へと向かっている。
「道、混んでた?」
「案外空いてましたけど。東大阪でちょいつまったくらいやな」
「そっか」
 年も暮れ、12月29日のことである。
 この慌しい年末旅行は、ここ数年、二人の習慣となりつつあった。夏は信州、秋が京都で、年末は伊勢。京都には電車で、それ以外には車で行く。どことなく老成した旅先ばかりではあるが、イレギュラーな旅行はともかく、例年の旅先としては案外こういうのが良いと二人ともがそう思っている。そもそも財前は旅行先ではしゃぐタイプではなく、謙也もまた、時期と場所を気にしないおもしろがりだから、良いところならそれでいい。
 こうして休養という意味での旅行が板に付くまで一緒にいることになろうとは(時間的な意味でも、精神的な意味でも)、付き合い始めたころ、年並みに惚れた腫れたの大騒ぎをしていたころには考えたこともなかった。
 例えばこの車が今すぐデロリアンになって、ドライブがてら、自分たちがあのころのテニスコートに突如タイムスリップしたとする。ドリンクホルダーに「あたたか~い」のほうじ茶を入れているのを見て、中学生だった自分たちは、いったい何を思うだろうか。少なくとも自分は「ほうじ茶は無い」と思うかもしれない、と財前は思う。
「あ、見て。雲の隙間から光が降りとる。めっちゃ綺麗や」
 しかし、そう悪くはないことである。寝起きの目を嬉しそうに細めるひとつ年上の男を横目に見て、財前は左車線に入った。




 パーキングエリアやら、ハイウェイオアシスやら、サービスエリアやら、こういう人が絶えず行きかう場所には独特の忙しなさと趣がある――と、財前は密かに思う。人に確認したことはないけれど、同じことを考える人間はきっといるはずだ。例えばそう、今隣で煙草を吸っているオッサンも、そんなセンチメンタルなことを考えていないとも限らない。
 専門学校に通っていたころ、アルバイト程度のものながらこなしていた仕事の関係で東京方面に深夜バスで出ることも多かった財前だが、こうして一人PAの喫煙室にいると思い出すのは、その専門時代の冬、深夜のPAである。あのときも財前は、こうして連れも無く一人で煙草を吸っていた。今は陽が高いけれど、白昼の夢として見えるフラッシュバックは海の底のような夜の闇である。

 あの、深夜の冷え切った空気がタールと共に喉をすり抜ける感覚は、そのまま夜を進む感触と似ている。深夜バスの決して交わりあわない他人たちとの空間もまた、それを加速させていた。
 そんなときに鳴る携帯電話のコール音というのは、いろいろなものを切り裂いていく。正確にはコール音ではなくバイブレーションだったけれど、その音はやはり、夜闇に入ったヒビのように響き渡った。
 なんとなく、ディスプレイを見ずとも発信者の名前はわかっていた。だいいちが、「知り合い」はそれなりにいるとも、「友人」は然程多くない財前である。その友人たちにしたところで、深夜3時に電話をかけてくるほど交友関係にアクティブな者は少ない。否、そういった理屈を抜きにしても、財前はわかっていたのだ。電話の主は、忍足謙也だった。
「……もしもし」
「こんな時間に、ごめんな」
 その「ごめんな」はしかし、有無を言わさないそれであった。そもそも、こんな時間に電話を掛けてきている時点でよっぽど混乱しているのか、それとも絶対の確信のもとそうしているのかのどちらかに違いなく、声の調子から謙也が後者であるのは間違いなかったし、それならば「今ええか」とか「起きてた?」とか、そういうお伺いは無意味だ。
「……どないしましたの」
 煙草の火を灰皿で押し消しながら、財前は空いた左手をポケットに突っ込み、凍るほどに冷えたベンチに腰を下ろした。同じバスに乗っていたバンギャ風の少女が、ちらりと財前を見て、視線を反らす。財前もきっとあの少女のように、何か見ているようで見ていない、空虚な目をしている。
「あの、な」
 その頃の二人は20歳で、財前は煙草を吸うようになっていて、謙也は先月初めて二日酔いを経験して、要するに、二人とも自分たちがもうすっかり大人になったのだと勘違いしている、そんな季節であった。人は、子供であることのもどかしさから脱皮することを、しばしば大人になるということなのだと勘違いする。少し成長するとその誤りに気付き、誰もが永遠の子供なのだと初めて知る。その頃は、二人ともそれを知らなかった。
 それだから、くだらなくて、幼くて、もどかしい諍いを、まるで人類永遠の解決し得ない問題であるかのように錯覚して、頭を抱えたり、絶望したり、そういうことをしていた。中途半端な大人ほど厄介なものはないのである。
 ただ二人が世間の一般多数の恋人たちとほんの少し違ったことと言えば、彼らは先天的に現実主義と理想主義の狭間に生きていて、きっと自分たちは離れては生きていけないだろうと、そんな妙な確信を抱いていたということである。だから、どれほどに頭を抱えようが、絶望しようが、もどかしさに悶えようが、別れるという選択肢は無かった。不気味にそういう暗黒を吸収しながら、ぶよぶよと肥えていくばかりであった。それ自体すら、絶望の種となったけれど。
 それが積もり積もって、とうとうはち切れそうになっていたころだった。
「光、お前……中学時代に戻りたいて、思ったこと、ある?」
 電話の向こうで声が震えていた。
 咄嗟に答えは出なかった。考えたことが無いと言えば嘘になるが、結論が出るほど考えたことは無かったのである。
 どうだろうか。戻りたいだろうか。過ぎ去ったときは全て輝かしいと、そういう幻想を無闇に受け入れるつもりは毛頭無い。中学生は中学生なりに幼い問題を抱えていたし、苦しみだってあったことは確かだ。ただそれでも、幼いぶん、小ざかしい諦めが無かった。それだけは確かである。
 しかし、それでも――
「……思ったことは、あるかもしれへんけど、でも、もし戻れたとしても、」
 戻る気は無いすわ。
「……うん」
「理由、説明してもええ? 俺、クサい言葉苦手やし、考えながら喋るから、なんや冷たく聞こえるかもしれへんし、わかりづらいと思うけど」
「うん。うん」
作品名:Stand by me 作家名:ちよ子