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Stand by me

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 いつの間にか、少女は喫煙所から去っていた。入れ替わりに中年の男が斜め向かいに座っている。けれど、永遠に目が合うことは無い。この夜のPAで、他人同士が目を合わせることは無い。
「俺、正直、今めっちゃ辛いすわ。あんたの将来、俺の将来、あんたの人生、俺の人生、やりたいこと、でけへんこと、逃げられんこと、逃げたいこと、いろいろ考えて、その限界見るたび、辛い。俺の結論は全部謙也さん、あんたやって決まっとるけど、そこだけで、途中の糸はもう、こんがらがってめちゃめちゃですわ。
 なんでですかね。もう俺ら、6年も一緒におりますね。それでも次から次へと頭かきむしりたくなることが出てきよる。人間、面倒くさすぎですわ」
 財前は、新しい煙草を一本取り出してくわえた。火を付けて、唇から離した指先はかじかんで震えている。
「そら、戻りたいわ。なんやねん。なんで俺、あんたと付き合う覚悟なんてできたんや。中学の俺、アホすぎますやん。あんだけアホやったら、俺、こんなにも辛くないんちゃうか。アホに戻れたらどんだけええやろ。――そんなこと考えるくらいに情けななった自分も嫌でたまらん。今も昔もアホや。どっちも性質悪いわ。
 それでも、戻られへんねん。俺は結局、現実の中であんたを愛しとりたい。少しの夢も混じらせたない。現実の、今まさに、俺の目の前におるあんたのそのまんまが好きや。やから、戻りません」
 電話先から何も言葉は聞こえて来ず、しかし、それに構わず財前は煙を吐いた。白い息と交じり合って、それは真っ白に広がり、やがて消えていく。
 ズ、と、鼻を啜る音が聞こえた。
「……わかった。なあ、光」
「何」
「俺、なんて返したらええかわからへん」
「今度でええです」
「今度も、返せるかわからへん」
「返せるようになったらでええです」
「一生返せんかも」
「それでも俺はあんたが好きです」
 なんやねんそれ、とかすかな声が聞こえる。電波を伝って、耳元で聞こえる。財前は小さく笑った。久々に笑った気がした。

「光ー! これな、コーヒーと、サンドイッチと、あんパンと、プリンと、大福と、団子と、牛串と、焼きイカと……」
 喫煙コーナーに駆け寄ってきた金髪が抱える荷物の量に、財前の隣でピースを吹かしていたオッサンが目をむいていた。何しろ、どうやって腕の中に収まっているのか理解し難い量である。
「買いすぎすわ。よう食いきれへんでしょ」
「余裕や、こんな量。俺は浪速の早食いチャンピオンやで」
「じきに豚やな」
「だ、誰が豚やねん!」
「今まさに豚とは言うとらんでしょ。ま、せいぜい食ったらその分動いて豚にならんよう気ィ付けてくださいよ」
 なんやねん、豚ちゃうわ、なんやねん……と、謙也が口の中でもごもご言っているのを横目に笑うと、財前は煙草の火を灰皿で押し消した。最後の煙を吐き出すと、白色が霧散していくのと同時にフラッシュバックも消えていく。
(俺の前におるあんたのそのまんまが好きや)
「なあ、光」
「何」
「次のサービスエリア止まったら、一緒に買い物しよ」
 あれから何年も経つ。あの頃は幼かったと、恥ずかしいのを通り越して笑えるようにもなった。あの夜の返事はまだ返ってきていない。




 津から伊勢道に乗り、ここからは目的地に近づくと同時に緑も深まっていく。頻発するようになった『動物注意』を横目に、相変わらずうとうとと船を漕ぎながら、謙也が時々山裾のまだらの色を綺麗だと言った。
 志摩で取った宿に着くまでにはぐねぐねと蛇行する山道があり、山川草木があり、車酔いのない人間ならば目を楽しませるには充分だ。
 案の定乗り物酔いなど生まれてこの方体験したことすら無い謙也は、山道に入ったとたんパチッと目を覚まし、木のトンネルや、でかい岩や、今タヌキがおった、なんだ、元気に歓声を上げた。どうやらドライブ中の居眠りで当直明けの疲れも取れ始めたようだ。

 昼に出発はしたものの、途中で寄り道をして、ところどころで帰省の渋滞にも引っかかり、マイペースに進んでいたら旅館に到着したころにはほとんど日も暮れかけているころだった。とは言え、片割れがスピードスターなわりにこうなるのはそう珍しいことでもないので、慌てることもない。
 常宿なんてなんや照れくさいわ、と財前が言うから、行き先は例年のことだけれど宿は毎年変える。予約係の財前はこういうことに鼻が利くから滅多に大失敗ということも無いので、謙也も特に異論は無い。
「いらっしゃいませ――ようこそお越しくださいました。ご予約の忍足様でございますね?」
「よろしゅうお願いします」
 二人の趣味の中間地点を探ると、老舗の温泉旅館、というところに選択肢が落ち着く。今年も選んだのはそういう旅館で、石畳を抜けて入った玄関には丸障子を背景にして梅の花が生けられていた。むき出しの梁から掛かるのは紙を貼った照明で、少し薄ぼんやりとしている。たたきから一段昇ったロビーで燃えているのは火鉢だろうか。スリッパ越しの板間はよく磨き上げられ、部屋に向かう途中の渡りから見えた庭は濃い翠の中に水を引いており、さながら小さな二条城二の丸庭園とでもいった趣である。
 当然のように部屋もまた美しく、机と座椅子には揃いの模様が彫られ、障子の格子が作る影は清楚で、畳の香りは爽やかだ。
「綺麗な庭でしたね」
「障子を開ければ、こちらのお部屋からもご覧いただけますよ。それにお部屋に露天風呂が付いてございますから、庭を眺めながらお風呂にも……。ああ、それに、大浴場からは熊野灘も見えますよ」
「そら楽しみやなあ」
 仲居に淹れてもらった茶を啜り、朱の和紙に包まれた菓子を手の平で弄びながら、うっとりと目を細めて謙也が言った。風呂好きなのは、財前も謙也も一緒だ。

「ええ部屋取ったなあ。さすが光」
 仲居が一礼をして去ると、アア、と背を伸ばしながら謙也が心底嬉しそうに言った。どうもその視線は露天風呂のほうに釘付けで、現金やなあ、と思いつつも、狙いがぴたりと当てはまったのが嬉しく財前は笑い出したいのを堪えて茶を飲んだ。
 決して尽くすタイプというわけではないのだが、目論見どおりに謙也が喜ぶ風景は財前の心を満たす。むしろ支配欲に似ている。
「あ、この菓子うまい」
「謙也さん、飯まで何します?」
「んー……外、寒いしなあ」
 これで陽気さえ良ければ散歩もええんやけどなあ、と、ムシャムシャ饅頭を握って食べる様は若干子供っぽく、相変わらず油断するとすぐに品の良さが無くなる人やな、と財前はおもしろがった。大体昔から、年上の女か初対面の眼鏡がいると謙也は途端に品が良くなる。何かしらのスイッチがあるのだろうか。不思議な現象である。
「飯って部屋でなん?」
「そうですね」
「んー……じゃあ、風呂入る? 露天風呂……」
 気の無いような言い方をしながら、チラチラ風呂の方を見ているのだからおかしい。こういうのを見るとからかいたくなるのは財前の昔から変わらない悪癖なのだけれど、十何年も一緒にいて一向に振りをやめない謙也も謙也である。
「じゃあって何ですの? 飯が部屋なのと、風呂の関連性がわからんわ」
「えっ……あれやん、ほら、あのー、湯冷めとかあるやろ」
作品名:Stand by me 作家名:ちよ子