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A Happy New Year

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***** side Itsuki

 夜の街をひた走っていた。

 特異日だった今日、送信したメールは悉くエラー。コールは発信音もなくアナウンスに切り替わってしまう。
 たった一言告げたいだけなのに、どうもうまくいかない。
 つけっぱなしのテレビから流れ聞こえる挨拶に心が逸る。
 彼の声が聞きたいと、彼に会いたいと、強く思った。
 瞬間、僕はコートを片手にひとりきりの部屋を飛び出していた。

 凍る街路樹を抜けて急ぐ。
 凛冽な寒さ。けれど澄んだ夜空に星たちはきらめきを増し、満ちた月をより美しく見せている。
 今、彼とこの天空をいっしょに見上げられたらどんなにいいだろうか…
 僕の足はより強くアスファルトを蹴った。

 すれ違う人たちに怪訝な視線を受けながらも、僕は走っていた。
 彼に会いたいと、早く会いたいと。
───はやく はやく、あなたの許へ

 ふと彼に呼ばれた気がして速度が鈍る。ああ僕はどれだけ彼に会いたいのだと苦笑いしか浮かばない。
 けれど僕の名を呼ぶ、今年最初の人が彼であればと願ってしまう。
 今の僕の思考が彼に知れたら『どこの吟遊詩人だ』と鋭い突っ込みを受けただろう。
 彼のことを思い出すだけで頬が弛む。軽いランナーズハイ状態なのかもしれない。
ごちゃごちゃと考えつつも、足を速めようとした瞬間だった。

「古泉っ!」
 声と同時に腕を掴まれ、僕は心臓が止まりそうなほど吃驚した。
 彼、だった…だがどうしてここにいるのだろう。
「おまえのケータイが繋がらんかったんだ」
 荒い呼吸を繰り返すだけの僕の疑問を、彼は察知してくれたようだ。
「あ、えて…、…れし…い、です…」
 辛うじて告げることのできたが、聞き苦しいであろう僕の言葉に彼はやさしい微苦笑を浮かべる。
「ここからだとおまえの部屋に行ったほうが早いな」
 そんな彼の一言で、僕は今走ってきた道を引き返すことになった。

 途中自販機でスポーツ飲料を買ってもらい、その近くの小さな公園のベンチへ並んで座った。
 落ち着いたとはいえまだ荒い呼気の僕は、彼に促されるままスポーツ飲料を飲む。
「まあとりあえずあれだ、あけましておめでとう。今年もよろしくな、公私ともども…」
「あけましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
 そうだ、僕は彼にこの一言を伝えたかったのだ。
 思いがけず彼と出会えるなんて、春から縁起のいい。今年はいいことがいっぱいありそうな気がしてきた。
「早く飲んじまえ。寒くてかなわん」
 彼はマフラーで鼻まで隠しつつも視線は夜空を見上げる。
 彼にならって視線を上げるとそこには中空にかかる望月があった。
「月がきれいですね」
 僕の言葉に彼が大きく反応してこちらを向いた。そしてややもすれば聞こえないほどの小さな声で応えがあった。
「そうだな、月がきれいだな、とっても…」
 少し茫洋としたやさしい彼の声に僕の心は暖かくなる。
 そして本当に僕はこの人が好きなのだな、と泣きたくなるほど実感したのだった。

 言葉もなく夜道を並んで歩いた。
 夜と陽気な人ごみにまぎれるように、僕たちはどちらからともなく手をつないでいた。
つないだ手から伝わってくる温もりと想い、そして多幸感。
だから幸せなことがたくさんあなたにあるようにと、僕はそっと祈った。
願わくば、彼が幸せだと想う時、僕は彼の傍にありたい。
この想いとともに、彼の傍にずっと ずっと…

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作品名:A Happy New Year 作家名:城生莓