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A Happy New Year

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***** side Kyon

 田舎で年末年始を過ごすのが恒例だった。
 だがSOS団の活動という俺的には大変不本意なものがあるため、ここ最近俺だけ遅延参入を余儀なくされている。
 正直行くのは面倒この上ないのだが、一年の軍資金を頂くためには致し方ない。
 毎回の罰金(そう言えば今日も払わされたな…)は確実に俺の財政状態を悪化させていて、臨時収入を当てにしなければならないほどに俺は追い詰められていたりする。
 親戚とは斯くもありがたいものであり、顔を見て礼を言いたくなってもしょうがないだろう?
 そんな義理堅い俺ではあるが今年は…今年だけはパスしたかった。
 何故なら今繋がらない電話の向こうの相手と、まぁそのあれだ恋人同士ってヤツになったからだ。
 年末年始の独特な時間の中、ふたりでこたつに入りつつ紅白見て、ミカン食べて、初詣行って、初日の出見て、俺の部屋でまったりしたりしたいのだ。
 なのにあいつとの回線は話し中ばかりで一向に繋がる気配をみせなかった。

“古泉”×29件
 そろそろ発信履歴があいつの名前だけになってしまう頃。
 俺は紅白の結果を待たず家を飛び出した。
 繋がらない回線も超能力者的理由で出られない可能性も否めず、イライラ感は心配へと変化していく。
 そしてただただ、あいつの顔が見たいと思ったのだ。

 しかし寒すぎだ。ここ最近暖冬の気配を感じさせていただけに寒さがより一層際立つ。大晦日だというのに、やれやれだ。
 末端冷え性のきらいがある古泉が脳裏をかすめる。ソファの上で膝を抱えてぼんやりしている姿が容易に想像できるのが忌々しい。
───自分自身の想像力の豊かさを盛大に呪いそうだ。
 俺はより一層猫背になりつつも歩く速度を上げた。

 あいつのアパートの最寄り駅に降り立てば無念にも年は越していて除夜の鐘をふたりで聞くというイベントは惜しくも逃した…が、まぁ来年もあるのだから深く嘆いたりはしないさ。
 とにかくはあいつだあいつ。
 賑々しく漫歩く人々を横目に俺は古泉だけを目指していた。

 予告もなしの訪問だからきっと古泉は驚くだろう。だがその後『いらっしゃい』とか言いながら幸せそうにとろける極上の笑顔で俺を歓迎してくれるはずだ。
 俺が言うのだから間違いない。身長だけは可愛くないがその他はすこぶる可愛い存在なのだ古泉という男は。
 些細な瞬間ギュッと抱きしめたくなる衝動に駆られることが多々あって、ふたりきりなら押し倒すのは必至だ。
 もちろんその時は俺も全身全霊の愛情をこめて古泉に触れている!
 想像したら顔がにやけてきた。今の俺の思考回路はピンク一色だぜ…ハハハ…
 いかん、古泉の幻覚まで見えるような気がする……

 そいつは何かを追い求めているような必死な様相で、人ごみを泳ぐように走っていた。
 俺の前だけで見せるあいつの表情に似た、ちょっとした切っ掛けで涙しそうな不安顔をしていて。
 あれが俺の古泉なら迷わず抱きしめてやるんだがな。
 あいつにとっての俺の存在を思い出させるため『もうやめてください』って言うまでギュギュギューってさ。
 なのにどうして今おまえは俺の傍にいないんだ?
「なぁ、こいずみ…」

 ぽつりとこぼした俺の声が聞こえたのか、そいつのスピードが落ちる。
 何かを探すようにさまよう視線。前髪を掻き上げると同時に、自嘲的なそれでいて甘やかな笑みを浮かべた。
───古泉だった。間違いなくそいつは俺の古泉だった。
 そして、あいつが探し求めているのは「俺」なんだと解ってしまった。
 おい古泉、俺はここにいるぞ。早く気付け!
 が、やつは俺に気づくことなく通り過ぎようとした…おいおい…

「古泉っ!」

 名を呼ぶと同時に腕をつかんでいた。
 ぜえぜえと苦しそうな呼吸や赤くなった頬や耳や鼻のてっぺん。きっとおまえのことだからここまで全力疾走してきたんだろ?俺に会うために。
 驚愕に見開かれた瞳には不機嫌そうな俺がいる。ああこんな顔じゃ古泉が怯えちまうかな?
 心の中で詫びつつも、満面の笑みを浮かべうれしさを表現できるほど俺の表情筋は素直ではない。
 その代わりのように古泉のは素直だ。今もほら俺がここにいるのを不思議そうにうかがっている。
「おまえのケータイが繋がらんかったんだ」
 正直に答えれば、古泉は然も幸せそうに微笑んだ。
「あ、えて…、…れし…い、です…」
 上がった息の合間に告げられたセリフ。なんて無駄に可愛いんだこいつは…人目がなかったらがっちり抱きしめていたところだ。
 くそっ、ニヤニヤが止まらないぜ。
 俺の部屋でまったりするのは諦めた。とにかく早いところふたりきりになって古泉を堪能したい。
「ここからだとおまえの部屋に行ったほうが早いな」
 気がつけば本音がこぼれていた、が古泉はうれしそうに頷いてくれた。

 道すがら携帯が繋がらなかった件を聞き出そうとしたのだが、古泉の息は落ち着かず時折咳き込んだりしていた。
 俺は目に付いた自販機でポカリ(ミネラルウォーターと迷った)を買い、近くの公園に誘った。
 ベンチに座りながら渡したポカリを飲むように勧める。
「…りがとう、ござい、ます」
 しゃべるのも大変だろうに律儀に礼を言うこいつが好きだな、としみじみ思う。
 そして寒さは厳しいが隣に恋人がいるという今の状況に幸せを実感していた。

「まあとりあえずあれだ、あけましておめでとう。今年もよろしくな、公私ともども…」
 古泉の息が落ち着きだしたころを見計らって新年のあいさつをしてみれば、
「あけましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
と、一瞬だけ驚いた風だったがうれしそうに返礼してくれた。
 はにかんだ笑みを浮かべた古泉はやっぱり可愛いかった。まともに見てられないくらい可愛かった。
 年が明けてからこの方、俺は何度こいつを可愛いと思ったんだ…
「早く飲んじまえ。寒くてかなわん」
 ぶっきらぼうに言い放ちつつ弛んでしまう表情をマフラーに隠し、古泉ばかりを追ってしまう視線は無理やり夜空に向けた。
 そこにはまるい月があった。
 寒さのせいか正月のせいか今まで見た月よりもいちばんきれいに見える。
 これはあれか、後ろから抱き締めて…
「月がきれいですね」
のフラグか?、って…おいおい、何故それをおまえが先に言っちまうんだ。
 慌てて視線を戻せば、天体少年の瞳をした古泉がいた。ああ、そうだったな。おまえ星好きだもんな。
「そうだな…」
 けどな、俺はなそんなおまえをな誰よりも、な…
「月がきれいだな、とっても…」

───はい、俺終了……人は羞恥で死ねると俺は思う。

 暫し俺は言葉もなくただ隣にある恋人の存在を堪能していた。
 クシュン…えらく控えめなくしゃみが耳に届いて古泉を見れば、既にペットボトルは空になっている。
 深くは問いまい。これが古泉だ。これから少しずつ変わっていけばいいさ。俺はいつでも傍にいてやる。
「行くぞ」
 俺たちは古泉の部屋を目指すべく公園を後にした。

作品名:A Happy New Year 作家名:城生莓