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吸う虫と吸われる花

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冬の夜空。とても寒く、澄んだ空気に月の光が何者にも妨げられることもなく、この大地を照らしていた。
 その月に照らされて、美しく浮かび上がる女が一人いた。いつもなら首の前で三つ編みにされている、漆黒の闇すら思わせる黒い髪は、今は後ろで結ばれている。白い肌は、月に照らされより白く、夜光草の如く白く浮かびあがっている。その白をより際立たせているのが、彼女が着ている真紅の着物。
模様すらなく、ただ、ただ、紅い着物は流刃若火の炎よりも紅く感じられた。
 それは、とても幻想的な風景。
 その幻想的な風景に、加わるものが一人いた。その男もまた、女とは別の意味で美しかった。月に照らされている白い髪は月の光を跳ね返しキラキラと光ってみえる。病的なまでに白い肌は生気すらも感じさせないほどだった。背に『十三』の文字を背負った隊首羽織を着て、男は女の横に座った。
「今日は酒は飲まないか?卯ノ花隊長」
男は微笑みながら尋ねた。いささか、男は女の美しさに目を奪われているようだった。
「えぇ。そういう気分ではなくて。浮竹隊長はどうしてこちらに・・・?」
 卯ノ花は優雅に首を少し傾けて見せた。表情は笑みを保ったまま。浮竹は苦笑する。
 その質問の答えは、彼女が一番知っている筈なのだから。しかし肝心の彼女はそれに気づいているのかいないのか・・・。いや、実際は気付いているのだろう。いつも彼女は最初は自分からせがまない。彼女の高貴なプライドがそれを許しはしないから。だから、いつも最初は浮竹がせがむのだ。そして彼女はまるで自分が浮竹に、浮竹の全てを自分が与えているのだと、そういう風に錯覚させる。快楽を与えているのは浮竹の方であり、情事の際、最後の方になるとせがみ、よがるのは、結局は彼女の方。それなのになぜなのだろう?浮竹の支配欲は満たされない。まるで自分が彼女に快楽を与えられ、彼女にせがみ、よがっている気がする。いつも完全に快楽に堕ちているはずの彼女の瞳は快楽に溺れていない気がする。身体は溺れていても、彼女の内心、心は溺れず平静を保っている。そんな、気がする。
 
 「どうか、なさったのですか?」
 卯ノ花が不安気に浮竹を見上げる。心なしか、瞳が潤んでいるようにも見えた。
彼女の白く細い顎に手を添え、彼女の唇に己の唇を重ねる。

――クチュッ、ジュッチュッ・・・

いやらしくリップ音をたてながら、角度を変えてキスをする。彼女の歯茎を舌でなぞり、口の中をたっぷりと蹂躙したところで、彼女の舌を絡めとり、吸い上げる。
 卯ノ花の瞳からは生理的な涙が溢れる。唇からはどちらのものともつかぬ唾液が溢れ出る。

・・・酸素が足りない。息を吸いたい。苦しい。でも・・・もっと苦しくして、何も考えられなくしてほしい。この快楽     
  をもっと、味あわせて・・・。

 やめてほしい、けどやめないで欲しい。キスだけでもこんなに乱れる。卯ノ花は羞恥で紅く頬を染めながら、相対する気持ちに揺られる。ちょうどそのとき、浮竹は唇を離した。
「ハァん・・・ぁあ・・・んフゥ・・・」
「キスだけでそんなに喘がないでほしいな。久々というわけでもない・・・淫乱になったな?卯ノ花隊長・・・」
 耳元で浮竹が囁く。それに顔をもっと紅く染めながら卯ノ花は言った。
「今日はやけに私をお虐めになるのですね?言葉攻めは嫌いです・・・」
「フフンっ♪今日はちょっと趣向を変えてみようと思ってな?」
「変えなくて、結構です」
「いいや。俺は、俺一人快楽に溺れるのが、我慢ならない。烈を心の底まで堕としたいんだ」
 卯ノ花は珍しく眉を顰めた。
「まるで私が、日頃情事で快楽に堕ちていないような言いぶりですわね?それに、ここは廊下ですわ?勇音にでも聞かれたらどうするのです?まだ、名前で呼ばないでください、」
「キスまでしたのに?」
「キスくらい・・・したところで部屋にいる勇音にはばれません・・・見られているのなら、ばれてしまいますが」
作品名:吸う虫と吸われる花 作家名:namo