二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

西遊記 the loneliness world

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 




―――…物の怪に惑わされてはならぬぞ、三蔵法師よ。―――





「!」


先程から感じていた違和感。振り返った男と目が合った刹那、三蔵はようやく悟った。


(この者は…)


只者で無いとは思っていた。が、人ですら無かったのだ。


「貴方は…まさか」

「ええ、その、まさかです」


痛々しく、冷ややかに男は微笑んだ。





「―――私は、妖怪」





ぎらり、漆黒の瞳が鋭く光ったが、すぐに力を失い曇った。その中に生気は感じられない。

ふとよく見れば、男の手には釵が握られていた。いつの間に抜いたのだろうか、先端がぴたりと三蔵に向けられていた。


「よく今まで襲われなかったものですね。こっちの世界では、貴重な食材として目をつけられているというのに」


三蔵が一歩下がる。しかし、男が動く気配は無い。

―――急に、恐怖が増したような気がした。思わず三蔵が身構えると、男は喉元で乾いた笑い声を上げた。


「…だが今の私には、貴方を襲う力が無い。そして、もう不死には興味が無い」

「…」

「さあ三蔵法師。貴方の選択肢は二つ」

「…何が、です」

「今すぐ立ち去るか、それとも、私を倒すか」

「…倒す?」

「そう」


半ば諦めたような表情で、釵が下ろされる。



「自力で妖怪を退治したと知れば、貴方を狙う輩は減るでしょう」







全ての音が止んだかのようだった。滾々と流れる水のせせらぎさえが、遥か遠くに感じる。

ふらり、遂に地面に崩れ座り込んだ男の、気配が変わった。周囲を覆っていた碧が薄く大気に溶け、明らかな妖怪のそれがゆっくりと消えていく。

代わりに、苦しげな息遣いが耳に入ってくる。男のものだ。

釵を握っている右腕から指先にかけて、鮮血が流れていた。甲羅をかたどった武具に隠れて分からなかったが、肩の付け根近くの、ざっくりと深く切れた傷から溢れている。

あくまで気丈に、三蔵を見上げる視線は変わらない。が、酷く傷ついた姿が哀れだった。


「…いいえ」

「は」

「貴方を放ってはおけません」


男の困惑を余所に、三蔵が静かに首を振る。


「私のすべきことは、ただ貴方を手当てすることです」


ひゅう、と男の喉が鳴った。


「…さすがは、慈悲深い三蔵法師。素晴らしい。しかし、それは出来ません」

「何故です」

「…私は人間ではありませんから」

「いいえ。生きとし生けるもの、みな等しく扱われなければなりません」

「それは貴方の利己でしょう」

「そうかもしれません。しかし、それが私の説くべきものであり、望む世界です」




不意に、男が高笑いした。


「…それが、人間を殺した妖怪であっても?」


血が吹き出すことも気に留めず、ろくに動かない身体を小刻みに震わせて―――ひとしきり笑い続けた。

漸く笑いが治まる、と同時に、少量の赤が口から吐き出された。


「…大勢の者を手にかけてきたとしても?」


水面へと落とされたそれは一輪の華となって底へ沈んでいく。


「…それでも、です」


俯き、歯切れ悪く呟いた。男が笑う。掠れた声だった。


「だから何だと言うのです?現に我々妖怪は、人間から忌み嫌われ、生きるために人間を利用し殺しています。それのどこに等式が成り立つのです?」

「…」

「…穢れを知らない高僧と、髄まで悪に浸かった妖怪。どうして対等だと言えるでしょうか」

「…」





不思議なことに、男からは、悪意を持った者の感覚を感じなかった。

人に聞く妖怪とは違った印象を受ける。衰弱しているせいもあるかもしれない。が、どういう訳か、妖怪でありながら妖怪の自己を否定しているようだった。

三蔵の肉を食えば不死になるという伝え―――三蔵自身には厄介な話だが―――を、関心無さげに流したところも、何か訳があるように思われた。


(何がこの方を苦しめているのでしょうか)


いや、むしろ、何かを恐れているようだ。悔いているようにも見える。

それが哀しい。






「―――私は、」


どんな仕打ちを受けたのかは分かるはずも無い。だが、救いたかった。

身も心も傷付き、自らを卑下する、この碧い妖怪を、冷たい虚無の世界から引き上げたいと思った。


「都で様々なことを学んできました。国のあり方、人民の理想像、そして仏への忠誠。しかし、本当は何も知らないのです」


男の目を見た。彼もまた、三蔵を見上げる。


「何故、父親は汗水を流して働くのか。何故、母親は乳飲み子を慈しみ育てるのか。人は何を求めるのか。何を信じ、何を感じて生きているのか。
私は、世のことを何も知りません。上辺の知識しか持たないのです」

「…」

「経典を持ち帰り、この世を平和へと導くには、まず私自身が世の中を知らなければなりません。生命(いのち)の生き様を知らなければなりません。
そしてその世界においては、全ての生き物が等しくあることを」

「…」


すっと、三蔵が身体を屈めた。目前に片膝をつき、戸惑いの色を浮かべた男に柔らかく微笑みかけた。


「人間でも妖怪でも。たとえ罪を犯した者であっても。同じ生命を持つもの、この世に生きるものは全て、平等な存在です」


僅かに男の震えが止まる、と、大きく息を吐いた。血に塗れた指先から、鈍い金属音と共に釵が滑り落ちる。

三蔵が再び腕を伸ばした。今度は逃げる気配は無かった。

人間よりも少し低い、しかし暖かな温度を持つ身体。確かな存在を示して脈打つ鼓動。流れる命の液。


「境遇などは関係ないのです。大切なのは、」






「ここですよ」






ぎこちなく動いた男の脚が、ざり、と土を滑った。三蔵を見返すその瞳に、ほんの少しだけ光が入る。

心ノ臓の真上に置かれた手が離れていく。


「貴方は優しい」

「…違います」

「いいえ、優しい方です」


だらり、放置された右腕を見つめて、三蔵が言葉を継ぐ。


「罪の重さを、命の儚さを、心の弱さを、貴方は知っているのでしょう?」

「…」


何かを悟ったような気がした。

絶望した表情。落ち窪んだ眼差し。傷付き、荒み、生きる意味を見失った存在。

都で幾度と無く見てきた、仏に祈り法師に縋る人々の姿に、この碧い妖怪が重なった。

冷たい世界に堕ちた者を、救いたいと願った。違う。何があっても、救わなければいけない。

こんなにも純粋で、大切なことを知っている者こそ。


「手当て、させて下さい」


男が微かに頷く。ありがとうございます、と三蔵が微笑んだ。

堅く目を瞑ってしまったのを後目に、三蔵は荷物の置かれた場所に屈み込んだ。水入れの皮袋を引っ張り出し、河川から流れる水を掬う。






ふと、男が片目を薄く開けた。


「……私など」


苔に滑り、持ち物を漁り、一人あくせくする三蔵をうっすらと見据え、口元だけで笑う。




「愚かな存在ですよ」




聞こえるはずの無い声は、流沙河のせせらぎに溶けた。


作品名:西遊記 the loneliness world 作家名:紅蓮