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慈愛への旅路【CC大阪82 新刊サンプル】

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最近ずっと同じ夢を見る。ここのところ毎日、ずっとだ。
 普通夢って朝起きたときはおぼろげにしか覚えていないし、覚えていたとしても時間がたつにつれて忘れていく、そういうもの。でも僕のこれは違う。昨日の出来事みたいに鮮明に頭に残るんだ。それが嫌な夢じゃなければまだ良い。
 はじまりはいつも、暗い群青色の夜の中。そんな夜を僕は全速力で駆けて行く。息をきらして辿り着いた先には今とも出会った頃とも違う、ずいぶん若い頃の学生服姿の臨也さんがいて、ものすごく荒んだ目をしてるんだ。誰も信じてなんかいない、余裕なんかない、そんな顔。でも僕に気づくと一瞬泣き出しそうな表情になって、こちらに向かって救いを求めるように手を伸ばす。だけどまるで目に見えない壁があるみたいに、僕に届くことはない。声すらとどかない透明な壁の向こうで僕に何かを伝えようと口を動かすけど、僕にはそれがわからない。やがて彼の姿は群青色の夜の闇に飲み込まれて消えてしまう。そこで目が覚める。

 目が覚めると僕はいつも汗だくで、肩で呼吸をしている。上半身を起こすと、心配そうな臨也さんが僕の顔を覗きこんで、「また例の夢?」と汗ばんだ僕の前髪をかきあげながらベッドサイドに腰掛ける。もう見慣れているはずの26歳の今の彼は、夢で見るよりもずいぶんと大人びて見えた。

「大丈夫、です」

 肯定でも否定でもない言葉。僕は夢の内容をいつも彼に言わないし、臨也さんも訊かない。僕が言いたがらないことをわかっているからだ。あなたが苦しんでいる夢を毎晩見ているんです、だなんて、伝えたくはないし伝えるべきことでもないだろう。

「君の大丈夫ほどあてにならないものはないけどね…。まあ、言っても聞かないことはわかってるからしょうがないけど。きついならしばらく休んでていいよ?」

 ため息まじりの呆れたような苦笑の中に、僕を本気で心配してくれているという色がはっきりと感じ取れた。でもその優しさは、僕に逆に違和感をあたえていくんだ。もちろん昔の臨也さんが優しくなかったとか、そういう意味じゃない。冷たくされたいわけでもない。でもあまりにも『普通』で。
 どうしてだろう、優しくされればされるほど、怖い。彼が彼でなくなるような気がして。

「ほんとに大丈夫、ですから。今日は大学もあるし」

 一念発起して上京し、来良学園に入学して、池袋の非日常に巻き込まれてから3年。僕は大学生になっていた。
 あんなに振り回されたはずの臨也さんと、恋人としてのお付き合いをするようになったというのも不思議な話だけど、それだけじゃなく、高校卒業を待ってこの新宿の臨也さんの自宅兼事務所で一緒に暮らすようになった。ここから池袋にある大学に通いながら、たまに臨也さんの仕事を手伝う日々。
 あの数々の事件から3年たっても、池袋はさして変わらない。なのに変わったことが幾つかある。歩く非日常といっても過言じゃない臨也さんのいちばん近くにいるというのに、僕の周囲からはいっさいの非日常が消えてしまったかのような錯覚を覚えるというのもそのひとつ。

『非日常なんて3日もすれば日常に変わるよ』

 あのときの臨也さんの言葉が現実になっただけなんだろうか? といっても妙に濃い人間関係は相変わらずで、新羅さんやセルティさんともそれなりに親しくさせてもらっているし、通学途中に高頻度で遭遇する遊馬崎さんや狩沢さんたちもよく声をかけてくれる。静雄さんはやっぱり臨也さんと一緒にいるという点においてはいつも苦い顔をするけれど、僕個人にはよくしてくれるし、日中ここに仕事に来る波江さんだって、文句を言いながらも最近では世話を焼いてくれたりする。臨也さんの仕事は相変わらず裏世界の中でも特に細い橋を渡るような危なっかしいものも多々、それでもそういうものを非日常だと感じなくなったのは、僕がそれに慣れてしまったからだ。臨也さんがあまり危険を伴うような仕事を僕に知らせなくなったということもあるだろう。知り合った頃の臨也さんらしい質の悪さはあまり感じないけど、それが不快ってわけでもない。かといって性格や他人に対しての態度が変わったわけでもないのだから、僕に対しての接し方だけが変わったということで、それはつまり。
 …大事にされている、んだと思う。この3年の間の色々な経験を経て、今の僕は、自分の周りの世界がとても優しいものなんだということを実感している。
 幸せだと言って差し支えない、この生活に不満があるわけじゃない。もう充分満足したと言えるほどの非日常は経験したし、進んで危ない目に遭いたいわけでもない。3年前の僕は好奇心だけが先走っていて、それに付随する危険だとか、周りの人間に与える影響だとかをまったく考えていなかった。子供だったのかな、でも子供だったからできたこともあるだろう。目まぐるしく行き交う非日常に満ちた世界で、僕はたくさんのものを得て、そして失った。思い出せば同じ位哀しいことも多い。それでも、
 初めて上京して正臣と一緒に池袋を歩き廻った日のことを、首なしライダーとの遭遇に歓喜した瞬間を、ダラーズにはじめて召集をかけたあの夜を、いまでも昨日のことのように鮮明に思い出せる。
 なくしてしまったたくさんのものを探し拾い集める代わりに、僕はこうして大切な人と、危険のない非日常と、不自由のない生活を手に入れた。
 なのに、どうしてまだ物足りなさを感じてしまうんだろう。

「…行って、きます」
「はい、いってらっしゃい」

 薄い鞄を肩に掛けて、履き慣れたスニーカーに足を突っ込む。小さく挨拶をしただけなのに、仕事の手を止めて玄関まで来た臨也さんが壁に寄りかかってそう送り出してくれた。自分の肩越しに軽く振り向くと、大きなあくびをして、それから僕に気がついてヒラヒラと軽く手を振った。
 『幸せなコイビトの同棲生活、そのもの?』
 軽く唇を噛んでノブに手を掛けると、わざと大きめの音をたててドアを閉めた。もやもやした感情が渦巻く胸の奥で、何かが軋む。下っていくエレベーターの中で、何故か泣きそうな気持ちになった。

 愛されていることがわかるのに、どうしてその度に彼を疑ったりしてしまうんだろう。濁って飲み込めない水を前にしたみたいに、変化を受け入れられずにいる。
 彼のことが、そしてなにより自分自身のことが、わからなかった。