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慈愛への旅路【CC大阪82 新刊サンプル】

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 確かに臨也さんという人には、誰にでも気軽に話しかける割に自分の中には誰も踏み込ませないようなところがある。まるで折原臨也という人物を演じているかのように、彼の本質はいつだって見えてはこない。付き合い始めて、一緒に暮らせばわかるかと思っていたけど、今度はあまりの変化に戸惑ってしまって、本質を見るどころの話じゃなかった。知った気になってただけだったんだ。
 臨也さんをよく知るのは、新羅さんと門田さん、それとある意味静雄さんもかな。セルティさんは仕事をする上でよくやりとりをしてたらしい。親しい人は数えるほどしかいなくて、そしてその人たちも臨也さんという人の本質をほんとうにわかってるわけじゃないんだ。本来誰より知っていなければならないはずの僕は、その中に入れもしないで。
 僕はなんのためにいるんだろう。こんな僕が、ほんとうに恋人だといえるのかな。
 黒く渦巻いた思考の淵に嵌りそうになった時、新羅さんの明るい声がそこから僕を掬い上げた。

「まあ、そんなふうに高校時代酷かった臨也だけど、その何年か後はまるで別人みたいになってたね」
「え?」
「高校を卒業した後ってみんな進路ばらばらになるし、臨也ともしばらく連絡取ってない時期があったんだけど、久しぶりにあいつを見たとき、何があったのかと思ったよ。表面上はさして変わらないから判る人は少ないと思うけど、なんかすっごい楽しそうにしててさ。まるで宝物でも探し当てたみたいに」
「……」
「…僕は、それが君と出会った頃じゃないかと思う」

 僕の存在が臨也さんを変える?そんなの予想できるはずもない。臨也さんにはじめて会ったのは、上京してきた次の日だ。正臣と一緒に学校から帰る途中、声をかけてきたのが最初。僕は今よりもっとずっと平凡な子供だった。ただ面白がってるようにしか見えなかったし、利用価値だってたぶんまだない。その後の臨也さんの僕に対する扱いなんかを見ても、俄かに信じられない。玩具だと思われてそうだとは感じたけど、宝物だなんて、まさか。

「本当か嘘か、自分の目で確かめてくるかい?すべてを」

 僕の前にことりと、ふたつの小さなビンが置かれる。ひとつは先ほどの無色透明な液体、もうひとつは薄いピンク色をしていた。両方を片手でまとめて掴んで、新羅さんが僕の手のひらに乗せる。

「使うかどうか、決めるのは君自身だ。やめたって誰も責めない。でも、もしかしたら君が求めている答えを得られるかもしれない。毎日見る夢の意味を、知ることができるかもしれない。仮定だらけだけど、それは同時に可能性をも意味する。わかるね?」
「僕、は…」
「帝人君、僕らは道を示して鍵を開けるだけで、歩き出すのは君の足でしかないんだ。いま君が抱いている不安や悩みは、このままじゃ解決しない。やがて闇のように大きくなって、君の心を喰らい尽くしてしまいそうな気がするんだよ」