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慈愛への旅路【CC大阪82 新刊サンプル】

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 でも当の新羅さんはそんなことは気に留めていないようで、「タイムトラベルと表現するには時間軸が短すぎるかな。そうはいってもタイムリープというには逆に…」とかなんとか、もっと概念のような根本的なことを考え込んでいるようだった。薬自体を否定するのは無意味な気がする。

「あの…それ冗談とかじゃなくて本気で言ってるんですよね?」

 念のため問い返すと、新羅さんは「帝人くんまでそういう事言う!?」と、殊更心外だとでもいうように大仰なリアクションを取ってみせた。セルティさんが呆れたように肩を竦めるのも気にせず、それなら実際に見てから言えとばかりに、新羅さんは一度奥の部屋に引っ込むと、ひとつの小さなビンを持ってきた。中には半分くらい液体が入っていて、色はついていない。コルクの蓋が閉められていて、これだけ見ると新羅さんの部屋にあるほかの薬品と変わりない。

「僕はねえ、帝人君。この世にありえないことなんてない、そう思ってるんだよ。セルティの存在が、その身をもって証明してくれてる」
「それは…」

 自分が考えていたことをずばりと突かれ、言葉に詰まる。セルティさんがここにいることで、常識で測れないものが存在することを確認するだなんて、セルティさんにしてみれば迷惑以外の何者でもないだろうに、当の本人は気にした様子もなく、『気にすることはない。私が人間でないことは私が一番よく知っているし、自分が何なのか、それは私も知りたいくらいだ。お前が気に病むことじゃない』と言ってくれた。長く生きたその人としての生の中で、割り切ったものもあるのかもしれない。

「だからね、できないことだってない、そう思うことにしたんだ。だってそれくらいじゃないとセルティにすらわからないデュラハンや理屈で説明できないものの存在や事象を、どうにかすることなんかできるはずもないと思わない?偉大な発明の影にはいつも、突飛な発想と曲がることのない信念、弛まない努力があるはずさ」

 新羅さんは悪戯っぽくそう笑ってみせたけど、実際は偉大さとか発明とかはどうでもよくて、そのすべてがセルティさんのためになることだからやってるんだろうってわかってる。セルティさんの存在を守るために、新羅さんは自分にできることを探して、自分のやり方で動いてるんだ。脳裏をふと、臨也さんの顔が過ぎった。臨也さんも臨也さんなりのやり方で、僕を守ってくれていたのかな。

『しかし、それにしたって何故タイムトラベルなんだ?長い時を生きる私に、時間はあまり意味のないものだが』
「えっ!…いやあ…特に意味はないんだけど…」

 セルティさんの率直な疑問に新羅さんは珍しくびくりと身体を震わせた。ちょっとバツの悪そうな顔。まるで悪戯がばれてしまった子供のような顔だ。それを見てセルティさんもピンときたのか、意地でも吐かせてやろうと新羅さんに詰め寄る。結局は新羅さんが観念することになって、「怒らない?」と恐る恐る前置きしてから口を開いた。

「いや、ほら…、セルティが故郷にいた頃の姿を一目見たいと…、いやもちろん今の首のないセルティを僕は愛しているんだよ。でもちょっとした好奇心というか…お姫様の服を着て馬に乗る美女の姿をこの目に焼き付けたいと思うのは男として当然のぐはっ」
『お前という男は…!首に興味はないとあれほど言っておきながら…!』
「違う違うセルティ、誤解だって!」

 新羅さんがセルティさんに羽交い絞めにされるのを苦笑だけで眺めて、でも意外とそれも間違ってはいないな、なんて変に納得してしまう。新羅さんはたぶん、セルティさんの首が美人だから見たいとかそういうことじゃなく、セルティさんの一部だから見たいと思ったんじゃないかな。今のセルティさんが大事で、だからこそもっと知りたいと思うのはおかしいことじゃない。そう思ったから、素直にぽろっと零してしまった。その、一言を。

「でも…、新羅さんはセルティさんだから過去のことも知りたいと思ったんでしょう?好きならおかしくないと思いますけど」

 僕の言葉にふたりの動きが止まる。セルティさんの力が緩んで、息も絶え絶えに新羅さんが助かったとでも言わんばかりに顔を出した。そして、セルティさんと顔を見合わせる。それが何を意味するのか僕にはわからなかったけれど、すぐに新羅さんによって自覚させられるはめになった。

「…そうだね。相手の過去のことなんか気にしないって人も多いけど、やっぱり好きなら相手をより知りたいと思う。その中に、相手が歩んできた人生、つまり過去が入ってしまうのはごく自然なことだ」
「そう、ですよね」
「君の口からその言葉が出るってことの意味、わかってるかい?帝人君、君は無意識に思っていたんだよ。───臨也をもっと知りたいと。その、過去まで」
「──!!」

 まさか二人の話が自分に飛び火するとは予想もしなかった。言葉には出せない僕の不安を、言い当てられたような気がして。
 普通の恋人同士が知るような、相手のことを何も知らない。家族のこと、どういう環境で育ったか、どうやって生きてきたか、今の臨也さんに至るまでの道を。臨也さんも聞いてこないけど、おそらく彼は僕のことは知っているだろう。でも欲しいのはそういうただの『情報』ではなくて、相手を知るということそのものだ。臨也さんのような人がどうして僕を選んだのか、僕の何を気に入ったのか。好きだという気持ちがどういうものかも、飄々とした臨也さんからは判別することができない。もしかしたら3年前みたいにただ面白がられているだけで、飽きたら捨てられるのかもしれない。本気の好きなのか遊びの好きなのかもわからない。そんな不安が渦巻いても彼を受け入れたのは、僕も彼が好きだったからだ。
 僕は臨也さんを何も知らないで、ただ今目の前の幸せな時間だけを享受して生きてる。僕の前では散々周りを振り回してきた質の悪さも影を潜め、ただ優しくされるだけの日々を、どうして恋人のそれと呼べるだろう。僕が求めているのは、そういうものじゃない。
 彼が何を考え、僕を選んだのか。どういう時間を経て、今を迎えたのか。気づいてしまえば簡単なこと。僕は臨也さんのことが知りたかったんだ。

「帝人君が夢で会ったのはきっと高校の頃の臨也だね。あの頃の臨也は、手が付けられないほど荒れていたんだ」

 まあ確かに今でも充分ひどいけど、と冗談半分に前置きをしてから、新羅さんが続ける。

「僕もあいつとは付き合いが長いけど、それでもあいつ自身のことはあまり知らないよ。誰も知らないんだ、たぶんね。人には嫌ってほど干渉するけど、自分がされることは厭う。いや、だからこそかな。何か重いものを抱えているのかもしれないけど、そういう弱い部分を見せることはしないし、弱さを晒すときはそれを利用して人を動かすときだ。誰も本当の臨也を知らなかった」