赤い
秘術の資質の一『杯のカード』の探求で、たらふく酒を飲まされた末とんでもない目にあったのが軽くトラウマ状態なのだ。
「酒も量をわきまえれば、良い友だぜ?」
一応、食い下がってみたヒューズだったが、
「パトロールが未成年に飲酒を勧めるなよ…」
この一言で、あえなく撃墜される……。
結局、色気より食い気。
クーロンのイタメシ屋に落ち着いて、だらだらだべりながら時折喧嘩になるのが、いつものパターン。
「え…じゃあ、ソイツは十は年下の生徒にベタ惚れなんだ…ロリコン?」
「真剣な付き合いに年齢も性別もあるか!」
思わず必要以上に力を込めて本音を叫ぶ大人気ない大人に、レッドは圧倒された。
「……スミマセン…って、性別?」
「例えだ、た・と・え!」
イタメシ屋の店主をしてるルーファスの笑いも、睨みあげて黙殺。
「馬に蹴られんよう、留意する」
おう、今、とてもそのケツを蹴り上げたくなったぜ。料理人は厨房に引っ込め!
気を取り戻したレッドは、パスタをフォークにぐるぐる巻きながら、ポツリと漏らす。
「それにしても、シュライク出身のトリニティ役員か…安田を思い出すなあ」
ヒューズは危うく食べ物を喉に詰めそうになり、慌てて水を飲み込んだ。
「え……もしかして?」
広いようで狭い世間を実感させられる。
しかし、よく考えれば、バイオメカニクスの権威の小此木博士と同郷のトリニティ役人が顔見知りでも、なんら不自然でもない。
それに。
「お前ら、ようよう考えたら、同い年か?」
「おう、中学校まで一緒だったぜ…しかし、あのはねっかえり櫻子が人を愛をするなんてなあ…」
「はねっかえり…」
「ああ、あれでいて武術の達人でな。時々練習相手にされて……人は変わるもんだなぁ」
レッドは、視線を天井に、遥かを思う。
父は、友だと言った――その友人に殺された。
昔、遊んで貰ったアセルス姉ちゃんも――髪は緑に、不変という歪んだ変化。
信じるもののなんと儚い事かと、嫌というほど思い知らされた……。
ヒューズは、しまったと臍を噛む。
孤独に強いヒーローも、寂しさを感じないわけじゃない。
だが、そんな想いなんぞに、彼を奪われてたまるか。
コイツは俺のものだ――――
「レッド」
呼ぶ声の方に向き直れば、いつもはふざけたおっさんの、強い瞳に出会う。
それは、共にブラッククロスを追っていた頃にすら見た事もない、断固としたものだ。
そう、ヒューズは、アホとかバカとか罵りつつも、オレの言動を撥ね付けたりしなかった。
「そうだ、人は変わる……良いようにもな」
バカな事を考えるなと、ヒューズはレッドの額に拳骨を食らわせる。
「痛……ッ!」
この歳で癒えない悲しみを抱える事となった彼を抱きしめてやりたい気持ちは山々だったが、お互いシラフだ。いや、テーブルという物理的隔たりがなかったら、ヤバかった。
「そうだよな」
目元を少し赤く染めて言う、レッドの僅かに震える声をその唇ごと吸い上げたい衝動は、それほど大きかったのである……。
少し、素の彼に近付けたような、気がした。
今日は、これで満足するべきだろう。
いつになったら、手に入れる事ができるのだろうか……焦がれる気持ちすら、愛しい気持ちとカクテルされて、イイ塩梅だ。
いつか、必ず、今日の分まで酔わせて貰うから、覚悟しやがれこのクソガキが。
そうしてヒューズは、赤い赤いワインを、喉に流し込む――――
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