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赤い

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 部屋を出た途端、大きくため息をつき、とぼとぼと歩んで別室のドアを開いた瞬間―――少女の叫びがフロアの空気を切り裂いた。
「お母様、彼を訴えないで! 先に挨拶をと言ってた彼を私が無理に誘ったの! 先に事実を作ったら、認めてくれると思って……ごめんなさい!」
「櫻子…」
「お父様、お願い! 私は、彼を愛しているの!!」
 こちらはこちらで、愁嘆場である。ヒューズは、心底疲れたようにトリニティ役員に言った。
「安田さん、モニターをご覧になられましたね? 彼も娘ごさんと同じ気持ちのようです…ちょっと順序は間違ったかも知れませんが、娘さんの為にも、お怒りを一端治めて話し合われては如何でしょう?」
「う…む…」
 安田は、腐敗化がすすんだトリニティの中でも数少ない清廉潔白な人物だと聞く。
 名の示す通り、永く閉じられたリージョンで独特の文化を発展させた、シュライク人だ。彼らは、総じて節義を重んじ信念や技術をも道へと昇華し清楚な人格を有するという。
 愛娘が親の知らぬ間に大人となって、いきなり降って湧いたこの事態に驚いて訴えたものの、その涙ながらの懇願に冷静さを取り戻しているようだ。この分だと、大丈夫だろう。
「こちらです」
 ヒューズは、エミリアや捜査官達が大爆笑を堪えてもんぞりうっている中、しずしずと安田一家を未来の婿殿が控える取調室へと送り届けた。
 そして、
「こういった事は、もう、ゴメンだぜ……」
 疲労に満ちた呟きを落としつつ、扉をパタンと閉めた………その瞬間!
「お前ら、覚悟は出来てんな!」
 ―――1発、ぶっ放してやる。
「ギャー!!」
「ヒューズがキレた!」
「この、クレイジー野郎!」
「うるせぇ!」
 容赦など要らない。この野郎と女どもは、ヒューズの狂った恋を知りつつ笑ってやがるのだ!!
「以前から、狂っていると思っていたけど……レッド君に色々言ってやろっと♪」
 冤罪の事とか、冤罪の事とか。
「るせぇ! その事は、悪かったよ!!」
 あら、謝ったわ。
 瞬時パチパチと見張った目を、エミリアは、ニンマリと細めた。
「狂犬に噛まれないように、気をつけてってね!」
「うるせぇ!」
 エミリアは、ちょっとは人間らしくなったヒューズを許すことにした。
 罵声と歓声と銃声が渦巻き様々な書類が舞うフロアの片隅で、腹を抱え湧きあがる笑いを精一杯堪えていたら、いつの間に忍び寄ったか、かの上司が、そっとエミリアに敬礼する。
「IRPOのチェン警部です。あれでいて、彼は仲間を大事にする熱い心を持っている男なんです……彼に代わって、貴女に罪を問うたお詫びを申し上げます」
 頭を下げる男に、エミリアは黙って首を振った。もう、謝って貰ったし。
 それに、旅の途上、折りにつけ何かを言いたげな彼の気配からそっぽ向いていたのは自分の方なのだ。
「ありがとうございます」
 全てを解ったかのような表情に、エミリアこそ肩の荷が降りたみたいに微笑む。
 後は…と、チェンは、戦場へと振り返った。
「さて…」
 この戦乱をどうして治めたものか……。
 だが、彼の部下達は本当に優秀だった。
「すみません。ドールさんおられま――う、わっ!」
 ちゃんと、騒ぎの収拾方法も手配済みなのである。
「おっさん! 何やってんだよ!!」
 子供でもない、さりとて大人にもなり切れていない若者の声に、嵐の根元がピタリと暴走を止めた。
「訓練さ、事件は場所を問わないからな」
「嘘つくんじゃねぇ!」
 いちいち噛みついてくるレッドの首筋にこそ噛みついてやりたいと思う、男の機嫌が一遍に回復する。
 何も知らないレッドは、呆れたように大きく息をついて、これ以上の追及を止めた。元より本気でないのは解っている。彼は、DSCすら会得した体術の達人なのだから。
 ドールも何事もなかったかのように、旅の仲間でもあるレッドに話しかけた。
「レッド君、こんなところまで呼び出してごめんね」
「いや、オレこそ、こんな長い事借りっぱなしで悪ぃ…」
 レッドは懐から『盾のカード』をケースごと取り出すと、ドールに差し出す。
 さすがのアイシードールも、この若者と話す時は、表情が少し柔らかい。
「いいえ、本来はそんなに急がないものなのよ…どうしてもって急ぐ冒険者が現れて」
 またしても、ドールか。
 苦々しく思いながら、ヒューズは銃をベルトに収めた。
 クスクスと笑う周囲の声は、黙殺だ―――そして、長居は無用。レッドの腕を取り、フロア出口へ引き摺っていく。
「レッド、食いに行くぞ」
「おい、仕事はいいのか!?」
「ああ、丁度取調べが終わったところだ」
 後は何とかしろよ! と、無言の圧力も忘れない。
「そうか、オレ小遣いがないから、奢ってくれよ?」
「へいへい…」
「やった! ありがと、おっさん!」
 途端に上機嫌になるレッドの笑顔に心が温かくなる。
 ヒューズは、さっきの男の気持ちを心から察しながら、ごく自然なフリで背中に手を添えシップ乗り場へ―――
「おーおお、順調に馴致していってるよ…」
「犯罪行為にはしる前に、レッド君に教えるべきね」
 エミリア中でヒューズの『対レッド危険ランク』はうなぎ上りだ。
「まあ、彼も強いし、シュライク人は貞操観念も強いし、流石のヒューズもそう無茶はするまいよ」
 上司の言葉に、あ。と、沈黙…。
 何事にも例外があるが、二十歳台のヒューズを『おっさん』呼ばわりのレッドも、本名・小此木烈人のシュライク人。
 無鉄砲で無礼なところもあるが、その奥深くに横たわる精神は確かにシュライクのもの―――真っ直ぐで、強く、清楚。人の人格を踏みにじるような過ちは許すまい。
「では……」
 と、言い出しっぺは、レンだ。
「我らが優秀なる同僚クレイジー・ヒューズが、大本命たる彼を五体満足でゲットできるかどうか―――ひとり千クレジットから!」
 世界の正義の番人達が、白昼から堂々と賭博行為にはしる。一部の人間にとって由々しき事態かもしれないが、此処にそれを咎める者はない。
 殉職率も決して低くない彼らから、遊び心を奪ってはならないのだ……。
「レッド君は、絆され易いから、何とかなるに二万クレジット」
 いきなり、ウエストは細いが太っ腹なドールのバクチに、周囲がどよめく。
「―・・――・--」
 コットンの目にあたる黒い画面に『振られてボコられるに5千クレジット』と表示された。
「ちょっと鈍そうな彼が、ヘタレヒューズより先に、女の子のストレートな愛の告白を受けちゃうに1万5千クレジット!」
 フロア受付のクレアから、お金が飛んでくる。
「……犯罪行為にはしろうとして、哀れ、ミンチにされるに3万クレジット。不肖な部下の餞に、この花を捧ぐ」
 チェン警部が、花瓶ごと花をヒューズの机に置けば、大爆笑が起こった。

 人生、何が何でも楽しまなければいけない……それがIRPOの精神である。


 腹に食べ物を詰め込んだら、お気に入りのBARに誘う。
 それが、ヒューズの夜の常套手段だ。
 レッドとの距離を量るように、少し大胆な手法にでた彼だったが、レッドはあえなく首を振る。
「酒は、当分、飲みたくねぇぜ…」
作品名:赤い 作家名:梅鳥