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甘い熱だけ残して

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「―――ぶぇっぐしゅん!」
 後ろから豪快なくしゃみが聞こえて勘右衛門と兵助が振り返ると、八左ヱ門が乱暴に鼻を擦りながら歩いていた。隣に雷蔵と三郎もいる。
「おはよー、みんな」
 勘右衛門が声をかけると、三人も挨拶を返しながら寄ってきた。八左ヱ門は二度目のくしゃみをギリギリ堪えていて、変な顔になっている。
「八左ヱ門は風邪なのか?」
「ああ。全く、馬鹿は風邪をひかないとはよく言ったものだな」
 ずずっ、と鼻を啜る音しか出なかった本人の代わりに口を挟んだのは三郎。案の定八左ヱ門が「どういうことだよ」と突っ込みを入れた。
 やっぱり、と兵助が口を開く。
「昨日初雪に浮かれて飛び出したのがいけなかったんじゃないか。今日だってこの寒さだ」
「そう言う兵助も、ろ組の雪合戦に乱入してきたじゃないか」
 雷蔵が可笑しそうにそう言った。涼しい顔の兵助と勘右衛門、この二人が参戦してから雪合戦はいっそう苛烈を極めたというのに。勘右衛門はそれを忘れたとでも言うのか、へらりと力の抜ける笑顔を浮かべた。
「ほんと、昨日は楽しかったよねー・・・っくしゅん!」
「勘ちゃん!?」
 彼のくしゃみは先ほどの八左ヱ門に比べれば可愛いものだったが、兵助は大げさなほどすばやく身を乗り出した。当の勘右衛門は、ずるずる鼻を啜ってからまた笑う。
「やっちゃった。今日ほんと風が冷たいなー」
 次いでぶるっと身震いをした彼を見て、雷蔵が首を捻った。
「勘右衛門も風邪ひいたんじゃない? 顔も火照ってるように見えるけど」
「あー・・・そうかも知れない」
 言いながらまた鼻を啜る。先ほどのくしゃみで鼻水が止まらなくなったのか、少し鼻声だ。
 雷蔵の一言で兵助はいよいよ深刻そうな表情になった。鼻かみにと手拭いを取り出して勘右衛門に差し出す。ありがと、と言って彼がそれを受け取る瞬間、触れた手の温度に兵助は目を見開いた。
「待て、熱があるんじゃないか」
「ほんと? なんか寒気がすると思ったら―――え、ちょ、兵助近っ」
 こつん。無言でおでこをくっつけられた。
「―――っ!?」
 長い睫毛の下の真剣な目が、数センチの至近距離からじっと勘右衛門を見つめてくる。
「やっぱり!」
 兵助がそう言うと目線は離れた。先ほどまでが妙に長い時間に思えたのは、きっと気のせいなのだろう。
(いちいちかっこいーんですけど・・・余計熱上がったかも)
 おでこの触れ合ったところから湯気でも上がりそうな思いをしながら、勘右衛門はふぅと白い息を吐いた。
「やっぱ熱もあんのか?」
「そうみたいだ。俺たちは部屋に戻る」
「ああ、それがいいよな」
 自分の風邪のことはすっかり忘れた様子で八左ヱ門が頷いたが、その横の三郎はハッと何かに気付いて眉根を寄せた。
「おい待て。まさかお前まで授業を休む気じゃ」
 対する兵助は、いつもより更に真面目くさった顔をしてこう言いきった。
「は、当然だろう」
「え!? ちょっ・・・」
 勘右衛門が何か言いかけるのを聞いているのかいないのか、兵助は勝手に身を屈めて勘右衛門をぐいと抱え上げた。まるで俗に言う“お姫様抱っこ”である。
「へ、へーすけ!?」
 勘右衛門があまりにびっくりして固まっている間に、兵助は素早く自室へと向かった。ただし廊下を走ってはならないので、あくまで早歩きだ。
 残されたろ組の三人は、普段より更に輪をかけて過剰な言動に呆れて苦笑いするしかなかった。

  *

続きは冬の新刊でお楽しみください。
作品名:甘い熱だけ残して 作家名:たつき紗斗