夏は暑いですから
すっかり拗ねてしまった榛名を前に、阿部は息を吐いた。ただ普通に遊ぶだけなら、それは別にいい。問題は、さっきのようなセックスに近いようなそうでないような悪ふざけをしかけられることだ。阿部は曖昧なものは苦手だった。いっそのこと、はっきりと、すっきりとしてしまった方がいい。
「元希さん、足」
阿部は掴みあげられていた脚の、自由になる膝から下をぶらんと揺らしてみせた。
「離してください。俺も髪、離しますから」
宣言どおりに指の力を抜いてみせると、榛名は存外素直に、ん、と頷いて阿部の脚を解放した。阿部の声音が少しだけ柔らかくなったのを感じたからかもしれなかった。
阿部は体を起こし、姿勢を正して榛名に向き合う。
「分かりました、しましょう」
そう言うと、阿部はすたすたと壁際まで歩いていき、がらりと音を立てて窓を閉めた。途端に、外の世界で響く音が遠くなる。榛名の部屋は、外界とのつながりを失ってひとつの箱になった。
扇風機の向きを変え、更に首振りに設定し直して、といった一連の阿部の動作を、榛名はぼうっとしたまま見ていた。阿部が何をしようとしているのか分からないようだ。それでも、阿部が自分の目の前まで戻ってきて、唇をくっつけてくる段になれば、遅まきながらに理解が及んだらしく、びっくりしている。
「あ、すんの? 」
榛名の呟きを、間抜けだとは思ったが、阿部は嫌いではなかった。きゅっと丸くなった瞳が可愛いとも思う。
「俺、勃っちゃいましたし」
あけすけに阿部が言うので、榛名はまたびっくりしたようだった。二人がセックスをするようになってからそれなりに経つが、榛名の中では未だ中学生の頃の奥手だった阿部のイメージが残っているらしい。
阿部は雑な動作で榛名に抱きついて、色気のない仕草で唇を重ねた。しばらくただ合わせただけの状態が続いたあと、榛名の口がむにむにと動く。舌を差し込もうとする前の癖だった。
けれども、舌先が阿部の唇に触れたところで、榛名は自分が怒っていたことを思い出したらしかった。左手で目の前の薄い肩を押しやる。
「タカヤ、オレ、暑い」
精一杯の不機嫌さを含ませて、榛名はそう言った。
「窓閉めてんだし、夏だから、当たり前です」
「でもよー、したら、もっと暑くなんじゃん」
言葉は嫌がっている風なのに、全身からそわそわした気配が滲んでいるので台無しだった。うれしいのに、うれしくない振りをしている。その予測は阿部の思い込みでも、思いあがりでもないはずだ。証拠ならある。榛名はもう数分と経たずに頷くことになっているからだ。
「そしたら、俺が涼しくしてあげます」
阿部は先ほどの意趣返しとばかりに、榛名の首筋を舐め上げた。
「さっきの塗って、息ふーふーしてあげますよ」
「……マジで? 」
「はい」
頷いてみせると、榛名はぎゅっと眉根を寄せた。うれしいのを我慢している時の表情だ。しばらくにらみ合っていたが、やがて観念したように口を開いた。
「……ならする」
そう言うなり、ぐっと体重をかけて榛名が覆いかぶさってきたので、阿部は思わず笑った。数分もかからずに証明を完成できたことに満足感がじわりとこみ上げる。
「暑いから、協力して、早くすませましょうね」
「おー、短く気持ちよくだな」
それから、暑くなったらお前が涼しくしてくれるんだろ、と言って榛名はすっかりご機嫌な様子で、阿部に口付けた。