ダーチャにて 5
ダーチャにて 5
突然手伝いに現れて、驚かせてやろう。どうせ、ロシアには他に手伝いを頼める友人など居まい、と勝手に思いこんでいたアメリカは、古びた農家風の建物の奥から聞こえてくる楽しげな話し声に、空気の固まりを呑みこんで立ち止まった。
聞き覚えのある声が三つ聞こえてくる。一つは当然ロシアのものだ。後の二つは、一つはまぁなるほどと納得できたが、もう片方は首を傾げざるを得ない。浅からずロシアと関係がある男ではあるが、彼がロシアと親しいかと問われればそういう印象はなく、寧ろ一方的に避けていたような気がしている。
好奇心に駆られて玄関を迂回すると、アメリカは奥の方へと足を進めた。
最初にアメリカに気づいたのはフランスだった。
「あっれぇー何か珍しいのが来たぜ!」
頓狂な声をあげて、目を見開いたフランスが、立ち上がって手を振る。
「やあ君たち! 君たちこそこんなところで会うなんて、びっくりするじゃないか!」
対抗するように声を張り上げて、アメリカも片手を挙げた。背を向けて座っていたロシアとプロイセンが、心底驚いた顔で振り返る。
「え? アメリカ君? 何でいるの?」
「ロシア、お前アメリカまで呼びつけたのか?」
「まさか。あり得ないよ」
ロシアとプロイセンは幻を見たことを互いに確認しあうように、何度も顔を見合わせている。
「まあまあ、そんなとこに突っ立たれるのもあれだし、こっち来いよ」
機能不全に陥っているロシアとプロイセンを余所に、フランスがその場を仕切って、自分の隣にさっさとアメリカの席を作ってくれた。
「お、美味そうなクッキーじゃないか! 貰っていいかい?」
「どーぞどーぞ。それ、なんとロシアが作ったんだぜ」
「ちょっとフランス君、勝手に色々許可出さないでよ」
「まあまあ、いいじゃないの、偶には賑やかなのもさ」
「ロシアの菓子って美味いよな!」
「へえー、ほぉー、ふーん」
にやにやしながらプロイセンがロシアを覗き込む。その顔面を片手でわし掴んで押し退けたロシアが、困惑したような笑みを浮かべてアメリカを見た。
「何で来たの?」
「大使館に寄って、暇そうにしてた奴に頼んでここまで送って貰ったんだぞ」
フランスから紅茶を受け取りながら、ロシアが聞きたいであろうことを故意にずらして答えると、彼は呆れたように小さく肩を竦めた。
「何故来たのって、僕は理由を聞いてるんだけどな」
「この時期は収穫で忙しいって言ってただろ。暇になったから手伝いに来たんだぞ!」
「連絡もなしで? 非常識じゃない?」
「おいおい幾らアメリカとはいえ、お前に非常識とか言われたくねーだろ」
プロイセンが茶々を挟むが、ロシアは見向きもしない。
「だって君、事前に連絡したら来るなって言うじゃないか」
「当然だよ。君に恩を売られるなんて、真っ平ごめんだし」
「うむ、そこんところは俺様も賛成だ」
嫌に清々しい顔でロシアが言うので、ちょっと拗ねた風に口を尖らせてみる。
「別に、恩を売りに来たんじゃないんだぞ」
だが、敵はその程度ではほだされてくれない。
「君の目的なんか関係ないよ。君にありがとうって言わなきゃいけないのが嫌なんだよ」
即刻切り捨てにかかる。根深いなあ、と内心で嘆息しながら、アメリカは全く気にも留めないと言うように、腕を広げて反論した。
「じゃあ言わなきゃいいじゃないか。俺だって君が素直にありがとうの言える奴だとは、思ってないんだぞ。俺が来たかったから来ただけさ!」
「ふうん、そう。じゃあ折角だから、奴隷みたいにこき使ってあげるよ。二度と来たくなくなる様にね」
「望むところなんだぞ!」
おや、と思う。無闇に帰れと連呼しなくなったのは、少し前進だ。本当に人手が欲しいだけなのかもしれないが、アメリカはロシアの微細な変化を見て、密かに口元を緩めた。
「あ、じゃあ俺様もう帰って良い?」
「棺おけに入って? じゃあドイツ君に輸送費の請求書を送るね」
「はははゲルマンジョークに決まってんだろ馬鹿言わせんなすみません」
「いいけど、プロイセン君さっきから煩いよ。一人で黙れないのなら、黙るの手伝ってあげるけど?」
「全力で遠慮するぜ。永遠に黙らせる気だろがてめぇ」
「はいはい、ボクちゃん達、そこまで。お茶が冷めちゃうよ」
タイミングを見計らっていたらしいフランスが、新しいお茶をそれぞれのカップに注いでいく。大人しく茶を注がれながら、アメリカは拍子抜けした。てっきり一人寂しく、畑仕事に精を出しているのかと思っていた。これなら放っておいても良かったぐらいだ。
「フランスは兎も角、プロイセンがいるなんてね。君、ロシアに触られたら吐血するとか何とか言ってなかったかい」
プロイセンにちょっとした嫌味をこめて言うと、ロシアがプロイセンに向かって、にっこりと微笑んだ。
「ちゃんと働いてくれるなら、吐血ぐらい僕は全然気にしないよ」
「てめぇ本気で俺様を殺る気だろそうなんだろ!」
「やだなぁロシアンジョークだよ」
アメリカそっちのけで、ぎゃあぎゃあと子供の喧嘩のような応酬を始めたロシアとプロイセンを他所に、フランスはそ知らぬ顔でカップを傾けている。
「何だ、君達ほんとは仲良いんじゃないか」
取り残されたようで悔しくなり、ぽつりと呟くと、ロシアとプロイセンとが同時にアメリカの方を見た。
「そうだよ?」
「んなわけねえだろ!」
息もぴったりに正反対のことを言うのまで、まるで狙ったようである。
「えぇ、僕はプロイセン君のことこんなに好きなのに」
心底残念そうにロシアが言うと、プロイセンは自分の肩を抱いて震え上がった。
「じゃあもっと俺様を労われよ!」
「もっと僕の役に立ってくれたら考えるよ」
屈託なく言い放つロシアに、プロイセンが頭のてっぺんから本当に血でも吹き上げそうな顔をする。が、よくよく見守れば、ロシアがプロイセンに甘えてじゃれついているだけなのも良く解る。手持ち無沙汰なのを隠すように、フランスが注いでくれた紅茶を傾けてみたが、渋みばかりがしつこく舌に残る気がして、アメリカは仇を食うようにやたらとクッキーを噛み砕いた。
突然手伝いに現れて、驚かせてやろう。どうせ、ロシアには他に手伝いを頼める友人など居まい、と勝手に思いこんでいたアメリカは、古びた農家風の建物の奥から聞こえてくる楽しげな話し声に、空気の固まりを呑みこんで立ち止まった。
聞き覚えのある声が三つ聞こえてくる。一つは当然ロシアのものだ。後の二つは、一つはまぁなるほどと納得できたが、もう片方は首を傾げざるを得ない。浅からずロシアと関係がある男ではあるが、彼がロシアと親しいかと問われればそういう印象はなく、寧ろ一方的に避けていたような気がしている。
好奇心に駆られて玄関を迂回すると、アメリカは奥の方へと足を進めた。
最初にアメリカに気づいたのはフランスだった。
「あっれぇー何か珍しいのが来たぜ!」
頓狂な声をあげて、目を見開いたフランスが、立ち上がって手を振る。
「やあ君たち! 君たちこそこんなところで会うなんて、びっくりするじゃないか!」
対抗するように声を張り上げて、アメリカも片手を挙げた。背を向けて座っていたロシアとプロイセンが、心底驚いた顔で振り返る。
「え? アメリカ君? 何でいるの?」
「ロシア、お前アメリカまで呼びつけたのか?」
「まさか。あり得ないよ」
ロシアとプロイセンは幻を見たことを互いに確認しあうように、何度も顔を見合わせている。
「まあまあ、そんなとこに突っ立たれるのもあれだし、こっち来いよ」
機能不全に陥っているロシアとプロイセンを余所に、フランスがその場を仕切って、自分の隣にさっさとアメリカの席を作ってくれた。
「お、美味そうなクッキーじゃないか! 貰っていいかい?」
「どーぞどーぞ。それ、なんとロシアが作ったんだぜ」
「ちょっとフランス君、勝手に色々許可出さないでよ」
「まあまあ、いいじゃないの、偶には賑やかなのもさ」
「ロシアの菓子って美味いよな!」
「へえー、ほぉー、ふーん」
にやにやしながらプロイセンがロシアを覗き込む。その顔面を片手でわし掴んで押し退けたロシアが、困惑したような笑みを浮かべてアメリカを見た。
「何で来たの?」
「大使館に寄って、暇そうにしてた奴に頼んでここまで送って貰ったんだぞ」
フランスから紅茶を受け取りながら、ロシアが聞きたいであろうことを故意にずらして答えると、彼は呆れたように小さく肩を竦めた。
「何故来たのって、僕は理由を聞いてるんだけどな」
「この時期は収穫で忙しいって言ってただろ。暇になったから手伝いに来たんだぞ!」
「連絡もなしで? 非常識じゃない?」
「おいおい幾らアメリカとはいえ、お前に非常識とか言われたくねーだろ」
プロイセンが茶々を挟むが、ロシアは見向きもしない。
「だって君、事前に連絡したら来るなって言うじゃないか」
「当然だよ。君に恩を売られるなんて、真っ平ごめんだし」
「うむ、そこんところは俺様も賛成だ」
嫌に清々しい顔でロシアが言うので、ちょっと拗ねた風に口を尖らせてみる。
「別に、恩を売りに来たんじゃないんだぞ」
だが、敵はその程度ではほだされてくれない。
「君の目的なんか関係ないよ。君にありがとうって言わなきゃいけないのが嫌なんだよ」
即刻切り捨てにかかる。根深いなあ、と内心で嘆息しながら、アメリカは全く気にも留めないと言うように、腕を広げて反論した。
「じゃあ言わなきゃいいじゃないか。俺だって君が素直にありがとうの言える奴だとは、思ってないんだぞ。俺が来たかったから来ただけさ!」
「ふうん、そう。じゃあ折角だから、奴隷みたいにこき使ってあげるよ。二度と来たくなくなる様にね」
「望むところなんだぞ!」
おや、と思う。無闇に帰れと連呼しなくなったのは、少し前進だ。本当に人手が欲しいだけなのかもしれないが、アメリカはロシアの微細な変化を見て、密かに口元を緩めた。
「あ、じゃあ俺様もう帰って良い?」
「棺おけに入って? じゃあドイツ君に輸送費の請求書を送るね」
「はははゲルマンジョークに決まってんだろ馬鹿言わせんなすみません」
「いいけど、プロイセン君さっきから煩いよ。一人で黙れないのなら、黙るの手伝ってあげるけど?」
「全力で遠慮するぜ。永遠に黙らせる気だろがてめぇ」
「はいはい、ボクちゃん達、そこまで。お茶が冷めちゃうよ」
タイミングを見計らっていたらしいフランスが、新しいお茶をそれぞれのカップに注いでいく。大人しく茶を注がれながら、アメリカは拍子抜けした。てっきり一人寂しく、畑仕事に精を出しているのかと思っていた。これなら放っておいても良かったぐらいだ。
「フランスは兎も角、プロイセンがいるなんてね。君、ロシアに触られたら吐血するとか何とか言ってなかったかい」
プロイセンにちょっとした嫌味をこめて言うと、ロシアがプロイセンに向かって、にっこりと微笑んだ。
「ちゃんと働いてくれるなら、吐血ぐらい僕は全然気にしないよ」
「てめぇ本気で俺様を殺る気だろそうなんだろ!」
「やだなぁロシアンジョークだよ」
アメリカそっちのけで、ぎゃあぎゃあと子供の喧嘩のような応酬を始めたロシアとプロイセンを他所に、フランスはそ知らぬ顔でカップを傾けている。
「何だ、君達ほんとは仲良いんじゃないか」
取り残されたようで悔しくなり、ぽつりと呟くと、ロシアとプロイセンとが同時にアメリカの方を見た。
「そうだよ?」
「んなわけねえだろ!」
息もぴったりに正反対のことを言うのまで、まるで狙ったようである。
「えぇ、僕はプロイセン君のことこんなに好きなのに」
心底残念そうにロシアが言うと、プロイセンは自分の肩を抱いて震え上がった。
「じゃあもっと俺様を労われよ!」
「もっと僕の役に立ってくれたら考えるよ」
屈託なく言い放つロシアに、プロイセンが頭のてっぺんから本当に血でも吹き上げそうな顔をする。が、よくよく見守れば、ロシアがプロイセンに甘えてじゃれついているだけなのも良く解る。手持ち無沙汰なのを隠すように、フランスが注いでくれた紅茶を傾けてみたが、渋みばかりがしつこく舌に残る気がして、アメリカは仇を食うようにやたらとクッキーを噛み砕いた。