今日も明日も
「ターカヤぁ……」
「なんですか」
「俺さ、もっと一緒にいればよかった」
榛名の息が脚にかかる。おかしな感覚だった。阿部は、落ち着かない心地で腰をもぞつかせる。落ち着かないのはこの体勢のせいだけではない。榛名が常にないことを言うからだ。
「アンタらしくないですね。終わったこと言っても、しょうがないでしょ」
「けどさあ、お前がつるっつるから、毛ぇ生え始めるまでとか、一緒にいたら見れたのにー! って、今すっげえ思って、そしたらなんか、たまんなくなった」
馬鹿みたいだ、と阿部は思う。どんなフェチだよ、男のすね毛が生えてくるところが見たかったなんて、悪趣味以前に意味が分からない。
榛名の言いたいのがそれだけではなく、二人の空白の一年と少しの全てを差しているのは分かっていたが、それこそ言っても栓のないことだった。
榛名は甘えるような、拗ねているような仕草で阿部のすねに顔をこすりつけた。手持ち無沙汰なのか、空いた両手でさわさわとふくらはぎのあたりを撫でてくる。
こんな変な状況にも関わらず、興奮しそうになって、阿部は必死に自分を抑えた。熱い息をため息にすり替えて、情欲を吐き出す。
「これから全部見ればいいでしょ」
「……だって、タカヤ、もうすね毛生えちゃったじゃん。チン毛だってさあ」
そう言って股間に伸ばしてくる榛名の手を遮って、阿部は言った。
「そりゃ生えます。俺いくつだと思ってんですか。じゃなくて、そういうんじゃなくても、変わるとこなんていっぱいあるでしょ。とりあえず、俺これからまだまだ背伸びる予定だし、筋肉もつくし」
榛名は阿部のすねに懐くのをやめて、ようやく顔をあげる。
「ムキムキになんの、お前」
「それを目指します。今のまんまじゃ、やっぱ自分でも頼りねえって思うし」
「俺より背え高くなったりすんの」
「まだまだ成長期だし、全然ありえねえってことはないでしょ。つーか、アンタのこと見下ろしたらすげー気持ち良さそうっすね」
出来るだけ不敵に、ふてぶてしく聞こえるようにそう言うと、榛名は、にかっと破顔した。あ、この顔だ、と阿部は思う。一番好きな顔。見るだけで、ざあっと胸の中を風が駆け抜けるような笑顔だった。
「お前、ナッマイキ!」
大きな両手が阿部の髪の毛をわしゃわしゃと混ぜ返す。
「言っとくけど、俺だって成長期バリバリ続行中だかんな! そう簡単に抜けると思うなよ!」
「あー、まあどこまで元希さんが大きくなるか、見ててあげますよ」
「おう! あと、どんだけかっこよくなるかも、見とけ!」
まあ今でもかっこいいけどな、俺! などと浮かれた調子でしゃべる榛名に、はいはいと返しながら、阿部は笑った。
その顔が、普段はほとんど見せることのない、とびきり柔らかい笑顔になっていることに、阿部は気づいていない。目にした榛名だけが、うわあ、と心の中で快哉を叫んでいた。
「よっしゃ、じゃあ続きすっか!」
すっかり気分の良くなった榛名がそう言うと、阿部は意外そうな表情を浮かべて榛名を見返した。
「え、するんすか」
「はあ!? おっま、やるにきまってんじゃねーか!」
ここまでやっといてやめるとかありえねーだろ! と、榛名はわあっとがなり立てた。
「いや、だって、なんかもうそういうムードじゃないでしょ、これ」
ムード、という言葉に榛名の表情が変わった。
そうなのだ。がさつで荒っぽい雰囲気で、ムードなんて気にもかけないように見えて、実はそういうところにちょっと拘ってしまうところのある男なのだった。ただのいい格好しいなのかも知れない。
けれども、阿部の解釈はそれとは少し違っていて、つまり、意外と純情なのだな、というのが榛名の恋愛に対しての感想だった。
榛名はあー、とか、うー、とか唸ったあと、意を決したように阿部の両肩を掴んだ。
「わかった。じゃー、今からタカヤのこと、その気にさせる」
ゆっくりと榛名の顔が近づいてくる。お互い意地になったように視線をそらさず、まばたきさえも堪えて相手の目を見つめた。
鼻先が触れる、榛名の髪の毛がさらりと阿部の額をくすぐる。
ようやく唇が触れる段になって、榛名が、タカヤ、大好き、などというものだから、阿部は思わず笑ってしまった。
好きと口にする瞬間の、少し照れたような、焦れったいような、うれしいような榛名の可愛さときたら、どうかしている、と阿部は思う。こうして付き合うことがなければ、知らなかったままの一面だろう。
榛名の舌が入り込んできて、呼吸を奪われながら、阿部は、本当に、今日も明日も目が離せない、と満足そうな笑みを浮かべた。