二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

愛らしい纏足

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
秋丸が最初に違和感を覚えたのは、とりあえず飯でも、ということで近くのファミリーレストランに入った時だった。
 それまでであれば、榛名はそれこそ子どものように我先にと店内へと歩みを進めて、ここオレの席! などと言ってどかりと腰を下ろすのが常だった。
 それが、受付の手前まで来た所で立ち止まり、ぼんやりしている。
 おかしなこともあるものだ、それともあの榛名であってもさすがにプロ三年目を迎えようという時期になれば落ち着くものなのだろうか。
 しかし、秋丸の目にはその榛名の姿は、大人としての落ち着きを身につけたというよりも、まるで手を引かれるのを待っている子どものように映った。
 しばらく待ったところでで、ウェイトレスが現れて二人を空いた席へと促す。鍛え上げられた榛名の体には、二人掛けのソファでさえ窮屈に見えた。
 二軍の所属とはいえ、プロ野球選手が来るような店ではないように思うが、榛名は先月ようやく寮を出たばかりで、あまり懐に余裕がないということだった。
 それもそのはずで、成人男子二人が生活するだけのスペースのある部屋、二人分の家具、二人分の引越しとなれば、なかなか馬鹿にならない出費になるのだろう。
「で、どうなの」
 メニューをパラパラとめくりながら秋丸がそう問いかけると、榛名は気の抜けた声を返した。
「念願の同居生活の感想は、って聞いてんの」
 その言葉を聞くなり、榛名の顔がぱあっと明るくなる。こぼれるような笑みとはこんな顔のことを言うのだろう。
 榛名が、高校時代から付き合い続けていた相手を口説いて口説いて口説き倒して、ようやく同居を承諾させたのは少し前のことである。
 この件に関しては、それこそ相手が高校を卒業した時から話を持ちかけて、延々と断られ続けてきただけに、喜びも大きいようだった。
 実際、当時の榛名はまだファームでの育成に入ったばかりで、寮を出られるような状況ではなかったのだが、いつか出られたらその時は、という仮定の話にも彼は頷かなかった。
 今回、彼が首を縦に振ったのも、今度のキャンプから榛名が一軍に帯同させてもらうことが決まり、来期での昇格の可能性が濃厚になったから、という理由なのだそうだ。
「もう、すっげー、らぶらぶ」
 とろける甘さを隠しもせずに、榛名はそう言った。恋に満たされている者独特の浮ついた空気がもわっと広がって、むせかえりそうだ、と秋丸は思う。
「あんだけ一緒に住むの断ってたくせにさあー、タカヤちょーやさしいの。元希さん元希さんつって何でもやってくれっし」
「あー、そう」
 独り身の秋丸にとっては、友人の惚気など毒でしかない。思わず平坦な声になりながら、適当に相づちを打つ。
「うーん、パスタは昨日食べたんだよねえ。やっぱり、和定食かな」
 一通り見終わったメニューを閉じてそう言ったあと、秋丸は待った。じっと目の前の男を見つめる。しかし、榛名はその視線にきょとんとした表情を返すだけたった。
「お前」
「あ?」
「お前、何にすんの」
 言われて初めて気がついた、というように、榛名はテーブルの真ん中に手を伸ばしてメニューを取った。けれども、おざなりに何ページかめくったあと、すぐに放りなげてしまう。
「俺も、おんなじ」
「は?」
「お前と同じのでいー」
 秋丸はまた先ほどと似たような違和感を覚えた。榛名は、こんな男だっただろうか?
 どちらかといえば、真っ先にメニューに手を伸ばして、あれやこれやと散々騒ぎ立ててからこれ! と選ぶような、そんなタイプだった気がする。
「一応、ここにカロリーとかも書いてあるみたいだから」
 確認しなくていいのか、と促すと、榛名はおー、と頷いてちらりと視線を走らせた。アスリートにとって、食事への拘りは基本中の基本のはずだ。
 榛名だってそのはずで、数字はあまり得意ではないが、カロリーの計算だのなんだのに関しては驚くほど素早く、綿密だったように記憶している。
「ま、これなら大丈夫だろ」
「そう?」
「最近こーゆーの、全部タカヤがやってくれっから、なんか忘れてた」
 秋丸は、それを聞いて一瞬言葉に詰まった。
「……お前、タカヤ君に頼りすぎ」
「ちげえって! タカヤの方が、好きでやってんだって」
「はいはい。じゃあ、頼むよ」
 店員を呼んでオーダーを告げる。
 その間、榛名はどこかぼんやりした表情で窓の外を見ていた。その顔を見ながら、秋丸の脳裏に不意に彼の声がよみがえった。

――俺のことを見ていない時の元希さんが、好きなんです。
 彼、榛名の恋人である阿部隆也は、いつかそう言っていた。多分、秋丸はその理由を尋ねたのだと思う。
 なぜなら、そのすぐあとに聞いた言葉と彼の表情が焼きついたように頭に残っているからだ。
――だって、こっちを向いたら、そんなの際限がないでしょう。
 際限がなく、欲しくなるでしょう、と言って阿部は笑っていたのだった。

 そう言いながらも、阿部は榛名との同居を拒んでいた。きっと、彼なりの拘りがあるのだろう、と秋丸は思っていた。もしくは、その求めすぎてしまうことを恐れているか。
 榛名のいっそ無邪気にも見える熱烈な好意とは反対に、阿部の態度は冷たくさえ見えた。けれども、その冷たさの下でどんな思いが醸造されているかなど、他人には知りようもないのだ。
 タカヤと一緒に住めることになった! あいつ、やっと、うんって言った!
 はしゃいだ声でそう報告してきた榛名に、おめでとうと返しながら、秋丸は阿部のことを考えていた。
 一体、何が彼を頷かせたのだろう? 何を彼は覚悟したのだろう。
 堪えきれなくなって、秋丸は、つい、阿部に聞いてしまった。呼び出しに応じて姿を現した彼は、いつもと変わらない様子だった。
 浮かれきった榛名が何度も何度も電話をかけてきたり、メールを送ってくるのとはまるで対照的だ。
 しばらく当たり障りのない世間話をしたあと、秋丸はえいとばかりに本題を切り出した。
「それで、榛名との件だけど、いいの?」
 阿部は軽く首をかしげた。どちらかというと年齢の割に落ち着いた雰囲気のある彼ではあるが、そういう仕草をすると少しだけ子どもっぽくも見える。
「いいって、何が」
「や、これまで大分渋ってたみたいだからさ、同居するの」
 そこまで言うと、阿部は、ああ、と息を吐いて頷いた。
「まあ、別れなければいつかはこうするだろうとは、思ってましたし」
「あ、そうなんだ」
「あとはタイミングっつうか、区切りですよね。元希さんが一軍昇格したらってのは、なんとなく考えてました」
 へえ、と思わず秋丸の口からは意外な返答に息が漏れる。
 傍から見ていると、榛名ばかりが一緒に暮らしたがっているように見えたが、阿部の方もそれなりに乗り気だったらしい。
 なんだかんだいって、うまくいってるみたいじゃないか、と秋丸が安心しかけたところで、阿部が口を開いた。
「それよりも、秋丸さん。俺じゃなくて、元希さんに聞いた方がいいんじゃないですか?」
「え?」
「本当にいいのかって。聞いた方がいいですよ」
 阿部は笑っていた。うれしそうにも、悲しそうにも見える、不思議な笑みだった。
作品名:愛らしい纏足 作家名:玉木 たまえ